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確執と告知

 なるほど、と。松山製鋼の所有するという秘密格納庫の内部を見て、マフツは舌を巻いた。


 ロボットを整備するために造られたのだろう、比較的新しいつくりのハンガーデッキ。ロボットと、その搭乗者の健康状態(バイタル)をモニタリングし、あるいはその他の電子情報を整理するための計器類。そして、十メートルを超える程度の≪ラシェミ≫を映すほどに巨大な鏡――――。


 この格納庫には、鏡界でロボットを運用するために必要十分な設備が整っている。一見するだけで、マフツはその事実を確かに認識していた。



「……凄まじいな」

「凄まじい、と表現するか。まあ、構わないけれどね」



 凄まじいと表現したのは、なにもこの格納庫の様相だけではない。

 何よりも、これだけの設備を整えた灯里の執念にこそ、マフツは凄絶さを感じていた。



「……あのぅ。何で、ここに連れてきたんですか?」

「話をするためであり、交渉するためであり……と言ったところかな」

「交渉じゃと……?」



 怪訝そうに、マフツは眉を(ひそ)める。

 彼女のその表情は、灯里の言葉など一切信じていないということを雄弁に物語っていた。



「既に交渉も何もあったものではないわ。貴様から攻撃を受けたこと、儂は忘れておらんぞ。今も事実上拘束しておるようなものじゃろうが」

「その件に関しては謝ろう。申し訳なかった」

「口先だけの謝罪にどれほどの意味がある」

「口だけと理解しているのならありがたい」

「ちょ、ちょっと……」



 ――――これは、駄目だ。


 輝は、二人の様子を見て確信を得た。今のこの状況では、この二人はまともに会話もできはしない、と。


 マフツは灯里のことを根底から信用していないし、灯里もそれを理解していてなお煽っているフシがある。

 唯一、中立的な立ち位置でいることができているのは輝だけだ。もっとも、それ自体もあくまで灯里が輝のことを比較的甘く見ていて、マフツが輝にある程度入れ込んでいるという前提があってのことではあるが。



「ど……どうしよう……」



 果たして、どうしようもないというのが現状である。


 輝が何を言おうとも、マフツには人生経験が少ないからと言って返されるだろう。灯里には、のらりくらりとした態度で受け流されるだろう。



「私が何を言ったところで白々しく聞こえるだけだ。理解しているとも」

「理解しておるなら早いところ解放せんか」

「そういうわけにはいかない。頼みたいことがある――――」

「た、頼みですか?」



 半ば、灯里の言葉に被せるような形で話に割り込んでいく輝。

 マフツは露骨に顔をしかめて見せたが、割り込んだのが輝と知るや、仕方ないとばかりに溜息をついた。



「……なに、簡単なことだ。私の戦いに手を貸してほしい――それだけの話だよ」

「貴様の私怨に付き合う余裕など無いわ、(たわ)け」

「ジャバウォックを全滅させるという最終目標は同じだろう? なら、協力はできなくとも共同戦線を張ることくらいはできるはずだ。違うかな?」

「後ろから撃ってきそうな者と共同戦線じゃと?」

「奴らに負けてしまえば人類がどうなるかも分からないと言うのに後ろから撃つほど狂ってはいないつもりだがね」

「あわわ……」



 どこまで行っても、この二人の意見は平行線だ。

 再び口論を始める二人を見て、輝は改めてそれを感じ取った。


 ジャバウォックとの戦闘直後という致命的な状況で襲ってきたことを思えば、それも無理らしからぬことではあるが。



「輝くん。君はどう思う?」

「え、ぼ、僕ですか……?」

「答えずともよい。その価値もありはせんわ」

「それは流石にひどいよ……」

「フン」



 その頑なな意思を示すが如く、マフツは灯里を視界から外すようにそっぽを向いた。



「えと……僕は、協力した方が、効率は良いと思います……」

「むぅ……」

「ということらしいが、どうだ?」

「当てつけか貴様」



 輝は、二人の目線の間に火花が散るのを幻視した。


 この二人の相性は致命的に悪い。少なくとも、マフツが灯里を信用するに足るものが無ければ協力体制など敷きようがない。

 しかし、当の輝でさえ灯里の言葉に対して心底から信用し切れていない現状、彼女が灯里の言葉を受け入れるのには無理があると言えた。



「ま、君の了承を得ようと得まいとどちらでもいい。輝くん。君には少し、検査を受けてもらいたい」

「検査ですか……?」

「またよからぬことを考えておらんじゃろうな」

「……そこまで疑われるか」



 いや、致し方ない――と、灯里は溜息をついた。


 彼女自身も、先に起こした自分の行為について理解しているのだろう。いくら利益を守るためとは言ってもやりすぎたと。



「本当にただの検査だ。なんなら君も一緒に来るといい」

「……無論じゃ」

「では」



 少し待て、と告げ、灯里は付近に設置してある内線電話を手に取った。

 その合間に、マフツは輝のすぐ傍へと駆け寄り、静かに耳打ちする。



「……隙を見て逃げるぞ」

「え!?」

「声が大きい。鏡の中に入れば鏡界へ行ける。あとは他の脱出点(ゼロポイント)を探し当てて再びこちらへ戻ればよい」

「けど……」

「こういった手合いは、他人に取り入ってあわよくば(テイ)よく使ってやろうと思っておるだけじゃ」

「…………」



 冷たく囁き、マフツは灯里が電話を終えるよりも早く輝から離れていく。


 輝は、こうまでマフツが冷たい態度を取っていることに、底知れない恐怖を感じていた。それは、何よりも彼女が輝の窮地を救ってくれた――言うなれば、一種の英雄(ヒロイン)とも呼ぶべき存在だったからだろう。

 そのマフツが冷然と悪し様に他人を罵るというのは、輝にとっては未知数極まりない経験であった。



「さて」



 内線電話を終えた灯里が、再び輝たちの前に戻ってくる。



「これから医務室に向かう。なに、大したことは無い。ただの――――検査だからね」




 * * *




「本当にただの検査をするやつがあるか!!」

「何言ってるのマフツ……」



 数分後。

 医務室で採血を終えた輝に、マフツは荒れた様子で叫びを上げた。



「ただの検査と言ったのだから検査だけに決まっているだろう」

「いやっ……貴さ……ええいッ!」



 彼女の想定が何かという点はともかくとして、何かしらの想定が外れたのだろう。マフツの顔は羞恥に赤く染まっていた。


 輝自身もまた、採血程度で灯里の頼みが終わるとは思ってもいなかったが、真実それ以上のことをしようとしない様子に若干の安心を覚えていた。



「私がしたかったのは単なる遺伝子検査だよ。染色体、タンパク質、病態……医学的な観点から『異能者』を調べたいのさ」

「それって、どれだけ時間がかかるんですか?」

「さて。ドクターが結果を持ってきてくれればすぐだが―――――ああ、来たね」



 と、灯里は医務室の奥から出てくる人影に視線を向ける。



「紹介しよう。我が社の兼任医師で技術者の天野謙一(あまのけんいち)だ」

「……ドクターという表現はどうにかならんのかね、社長」



 灯里に促されて現れる男は、ひどく不健康そうな顔色をした優男だった。

 実年齢を想像し辛い目元の(くま)。伸ばし放題の黒髪に、よれよれの白衣。一見すると、うだつの上がらない理系の学生か何か――といった風体である。

 訝しげに、マフツは天野へ視線を送る。


 本当に彼は医師なのだろうか? そもそも兼任するというのはどういうことか? 疑問が彼女の中に浮かんでは消えていった。



「ま……そういうわけで、天野だ。どうぞヨロシク」

「…………」

「は、はぁ……」



 天野が言葉を進めていくに伴ってマフツの表情が更に険しくなったのを見て、輝は怯えるように身を縮めた。


 灯里のみならず、その周囲の人間も信じてはいないのだろう。その目は、天野に対する明確な猜疑心を映している。



「何でも構わんがね、社長。この視線はどうにかならなかったのか?」

「すまない、私のミスだ。いやまさか、≪ラシェミ≫を複製されるとは思わなかったのでね、思わず襲撃してしまったよ」



 はっはっは、と、感情の込められていない棒読み気味の笑いが灯里の口から漏れる。

 天野を含め三人が三人ともに、その笑みに対してげんなりとした様子で視線を交わした。


 ――――こいつ、どうにかしろよ、と。



「……苦労しているようじゃな」

「互いにな」

「…………」



 奇妙な連帯感が生まれたことを、輝は安堵していいのか不安に思っていいのか分からなくなっていた。


 少なくとも、灯里のように無条件に敵視して疑いを持つよりはよほど良いにせよ。



「……ともかく、結果だけを先に告知させてもらうとしよう。そこの……何と呼べばいいかね?」

「ひ、輝です」

「輝。結論から言おう」



 告げるべきか告げざるべきかを決めかねたのか、天野は一瞬躊躇するように視線を泳がし――しかし、一つ決意したように、告げた。




「――――君は"ジャバウォック"だ」




 ――――と。

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