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入口と出口

「――――殺しはしないさ。貴女も、それからそちらの君も」



 鏡界の荒野を歩いていく最中、灯里は二人にそんなことを告げた。


 それは輝とマフツの二人を安心させるためか、あるいは、二人を安心させることで情報を引き出そうとしているか――いずれにせよ、マフツは彼女の言葉を一切信用してはいなかった。


 その理由は、周囲を複数機の≪ラシェミ≫に囲まれているからという以上に、灯里が所有していた大口径の拳銃によるところが大きい。

 日本では法律上、銃器の所有には制限が設けられている。許可を受けているものがあるとすれば、狩猟用の空気銃や警察機関の拳銃が精々と言ったところだろう。


 加えて言うなら、彼女はその扱いに熟達していた。ある意味で「殺す」技術に長けているとも言えるその異常さは――先程その理由を聞いていたとはいえ――マフツに警戒心を抱かせるには十分だった。



「どうじゃろうな」

「…………」



 一方、輝に怒りは無い。

 怒りは無いが、輝はどうしようもなく意気消沈していた。先の包囲が無ければ、輝について灯里に問いかけることができただろうからだ。



「輝、そう気を落とすな」

「うん……」



 励ますように告げるが、マフツの目にも輝が落ち込んでいることは明らかだ。

 元より、この日四度目の戦闘を終えた直後なのだ。肉体的な疲労もあるだろうが、何より精神的な疲労が蓄積している。


 このまま灯里が何も話さないとなると、余計に精神的に消耗してしまうことだろう、とマフツは推測していた。



「おい貴様。輝のことを知っておるならせめて何か喋らんか」

「ん? ……ああ、すまない。先程の話の続きだな」

「…………」



 静かに、輝は頷いた。

 それを見て、灯里はどこか優しげな様子で語りかける。



「そうだな。キミがもしジャバウォックであり、私の敵だというなら、私は先程の時点で同化吸収されているだろう。だから、キミが人間(わたし)の敵ではないことは確かだ」

「……そう、ですか」



 その言葉を聞いて一つ、輝は安堵の溜息をついた。



「ま、儂はずっと敵じゃと思っておらなんだがな」



 灯里を責めるように、マフツはぶっきらぼうな言葉を放った。


 輝には、少なくとも数年間は人間社会に適合して生きてきた事実がある。その実情は異常と言うほか無いが、それでも確かな「生活」の色をマフツは感じていた。であるからこそ、マフツは輝のことを敵と見做すことはどうしてもできなかったのだ。



「それは貴女がそう判断する根拠を知っているからだろう? 残念ながら私はそれを知らない。貴女のことも、見知らぬ他人でしかない。それで判断などできるはずも無いよ」

「フン……」

「ふ、二人とも、喧嘩は……」

「ただの小競り合いさ。気にすることは無い」

「争いになればまず勝つのは儂じゃがな」

「この状況でそういうことを言っちゃうのかな?」

「この状況『でも』じゃ(たわ)け。誰も死なぬようにするためにわざわざ抵抗せずにおいてやっとるんじゃ。感謝せよ」



 周囲を見回しながら、マフツは自信満々にそう告げた。


 彼女にとってその言葉は事実であり、真実だ。≪ラシェミ≫の武装は火炎放射器に限られている。格闘戦も可能だが、そのいずれにしてもマフツの反応速度には届かず、瞬時に四肢と火炎放射器の噴射口を斬り潰されてしまうことだろう。



「……結構に自信家じゃないか」

「儂は事実を言っているだけじゃ」



 マフツも相応の実力を備えているが、その技術も絶対のものではない。

 剣の持つ熱量を間近で受けた場合は命に関わることもありうるし、剣の切っ先が目標とズレれば搭乗者も真っ二つになりかねない。

 数人の命が失われることを前提にすれば、マフツ自身は無傷のままでこの場を乗り切ることは可能だ。


 だが、"守護者"としてはそれを許すわけにはいかなかった。

 もっとも、灯里はそれを理解などしてはいない。


 ――――という一方、輝はおろおろと二人の間を行き来するしかできなかった。



「……ともあれ、私は貴女と争う気は無い。今はそうするメリットが無いからね。あの≪ラシェミ≫が実物でない以上、当社の利益という点についても問題が無いわけだ」

「ほう。では、これからどうするのじゃ?」

「一度元の世界に戻るさ。話はそれから。私個人としても気になることが山ほどあるからね」



 と。灯里は輝の方に視線を向けた。



「……?」



 当然、輝にはその視線の理由を推測などできない。そもそもを言うならば、灯里の≪ラシェミ≫に土を付けたのは他ならぬ輝だからだ。

 最終的にはマフツと協力した末の決着だとはいえ、灯里の敗北に輝が関わっていることは紛れも無い事実である。本来なら、怒りを抱かれていても仕方がないのだ。

 だと言うのに、戦闘が終わってからというもの、彼女が輝に向ける視線は徹頭徹尾優しげなものだ。


 輝は、どうしても違和感が隠しきれなかった。



「あの、何ですか?」

「いや。松山という苗字という話だったからね。久しぶりに家族と会うような感覚になったんだ。気にしないでほしい」

「赤の他人じゃろう!?」

「そうだな。赤の他人だ」



 代償行為とも言うな――と、灯里は自嘲するように呟く。


 どれだけ割り切ろうとも、家族を失った悲しみというものは容易に癒えるものではない。

 もっとも、その悲哀を理解できるほど「家族」というものを、輝も――マフツも、家族というものに詳しくはなかったが。



「……さて。そろそろだ」

「……ようやくか。それで、儂らをどこへ連れてきたかったんじゃ?」

「見れば分かる。この()だ。落ちるなよ」

「下……」



 その指の指し示す先に、「それ」はあった。

 百メートル四方に四角くくりぬかれた、深い――深い空洞。



「何じゃ!?」

「……格納庫?」

「ここから出撃するという意味では、似たようなものだが――少し違う」

「ゼロポイントじゃと!?」

「ぜ……? いや、脱出口だが……」

「ゼロポイントじゃ!」

「呼び方はどうでもいいんじゃあないかな……」



 少なくとも、その場所がマフツの知る、「鏡界から脱出するための地点」であることは確かである。

 その呼び名については輝も知っていたが、やはり、マフツの口からその言葉を聞くことについては違和感を持っていた。



「……その古風な話し方に横文字は違和感を禁じ得ないな」

「これでも英語検定の準一級くらいは持っておるぞ」

「それもびっくりだよ」

「ちなみに某テストは八百点も超えておるぞ」

「貴女はどこを目指しているのかな?」



 和服に加えて、超能力によって刀を鏡像として現出するマフツに似合わないのは確かだろう。輝も、灯里の言葉に強く頷いた。


 彼女の所持するスマートフォンについてもそうだが、基本的にマフツは彼女自身のスタイルを保ったままに現代社会に迎合してみせている。

 もっとも、それが致命的なほどに違和感を生じさせているのだが。



「……ともかく」



 頭を抱えながら、灯里は周囲を囲う≪ラシェミ≫の搭乗者へと通信を飛ばしていく。



「ここから降りれば元の世界に戻ることができる。そこ(・・)が我が社の格納庫だ」

「……成程、ゼロポイントの出口と鏡界への入口を直接繋いでおるのか」

「そういうことだ」



 出口と入口が同一ならば、当然、行き来の便は良い。


 マフツもその事実は十分に理解していた。マフツ単独であれば鏡界への行き来は自由にできるが、輝がいるとそうはいかない。

 マフツが輝と共に戦うことを決めた以上、どこかに拠点を設ける必要があると理解はしていたが、これもある意味では良い例だ。



「――――ようこそ、松山製鋼の秘密格納庫へ。まずは君たちの来訪を歓迎しよう」

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