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鋼鐵と漆黒

ロボットものですが、本格的なロボットの登場は少し後になります。



 荒野に、一筋の激流が(はし)る。

 黒く。黒く。黒く――ただ只管(ひたすら)に黒い、漆黒の奔流だ。

 熾烈にして、苛烈。峻烈にして、猛烈。そこに、本流も支流もありはしない。

 ただ、それは在るだけで――蠢き、進み行くだけで、「流れ」となる。


 その傍らに、影があった。

 巨大な、鋼鉄の残骸を足場代わりに立つ、一人の少女である。

 銀の瞳。肩口で切り揃えられ、太陽を模した意匠の(かんざし)で彩られた濡羽色(ぬればいろ)の髪。着用している衣服は和装に近いものの、少女の役割(・・)のために動きやすくするための加工が、随所に施されていた。



「……怪物めが」



 眼下に黒い流れを見下ろし、忌々しげに吐き捨てる。

 それ(・・)は、生物にとって決して相容れないモノだった。それは、世界にとって到底容認できぬモノだった。

 進路上に存在するあらゆる全てを食らい、取り込み、己の肉とするその生物(・・)は、あらゆる生物種にとっての天敵である。

 有機体であるならば、一切の例外は無い。その漆黒の流体に飲み込まれれば、欠片も残さず融解し、消える。それは、そういう存在だった。

 しかし、それ自体は怪物の本質ではない。言うなれば、そのような性質は副産物に過ぎない。


 ――――自己保存の怪物(・・・・・・・)


 少女は、黒い流体をそのように呼称していた。

 まっとうな方法ではそれを滅することは叶わず、超常の力をもってしてもなお、それを消し去ることはできない。

 一時的に滅ぼしたように見えたとしても、それは見かけだけのことだ。いずれ、怪物は何処(いづこ)からか再び訪れる。



「やはり――これでは足りんか」



 少女は、足元に転がる鉄クズを恨めしげに――しかし、憐れむように見つめた。

 流体の怪物に僅かでも抗うためには、特別な素質が必要だ。その素質を持つ者も、今日(こんにち)までの戦いで幾人も死んだ。生き残ることのできた少女は運が良く――何より、優れた能力を有していた。

 唯一対抗できるものがあるとするならば、それは根本的に「有機体でない」ものである。


 例えば戦車。例えば戦闘機。例えば戦艦。強大な戦闘能力を有する鋼鉄の塊ならば、彼らに対抗できる、そのはずだった。

 事実、彼女の踏みしめる残骸もそれ(・・)だった。各国において正式に採用されているような、主力戦車――その砲撃をもってしても、その破壊的な進撃をもってしても、それでもなお足りない、と少女は唇を噛む。

 流体の怪物を僅かにでも押し留めるには、もっと強い、あるいは、もっと別種の力が必要だった。



「……知恵か、力か。いや……その両方か……」



 ただの力では、滅することはできない。

 知恵があっても、それを実現させる方法が無ければまるきり無意味だ。


 いずれ怪物は少女の存在に気付き、流体の怪物はその矛先を変えるだろう。その前に、早急にこの場を離れる必要がある。

 いかに「守護者(・・・)」と言えど、あの流体に捉えられればどうなるかは分からない。

 死んだ者もあった。生き残りはしたが、狂い果てた者もあった。しかし、いずれもその結末として、命を絶たれたことには変わりなかった。

 だが、唯一縋ることのできる希望はある。


 ――あれはあちら(・・・)に来ることはできん。


 その事実こそが少女にとっての絶対の優位性(アドバンテージ)だった。僅かな転機に崩されうるほどに儚く、脆く――それでも縋りつかなければ一切の勝機が無い、蜘蛛の糸だった。

 いずれは覆されるかもしれない。しかし、それは今ではない。少なくとも、そうならないために努力できることはあった。

 身を翻し、走り行く。その身は一歩ごとに光の粒子と化し――数秒と待たずにこの世界(・・・・)から消えて、失せる。

 そして、その後を追うようにして鋼の残骸もまた、光の粒子とその身を転じて、消えていく。


 いつしか、この場に残るものは漆黒の流体、ただそれだけとなっていた。

 誰一人、何一つとしてそれを咎める者も嘆く者もいない。


 ――――もはや、そのようなことができる者は、「この世界」にはいないのだから。

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