初遭遇
謝ってしっかりとハグをして、律と仲直りした。
ちなみに、翼は律にお説教されている間にいつの間にか消えていた。
律が怒りながらもきちんと消したのだろう、本当にしっかりしている。
そうして、やっとミゼへ向かって歩き始めた。……のだが。
『ユズカ、そっちじゃないよ』
「えぇっ」
……どうやら方向が違ったらしい。
後ろが崖で、まっすぐ前に進めばいいだけなのに、と律に呆れられながら、方向転換をして今度こそミゼへ向かって歩き始めた。
「律、1日じゃ着かないんだよね?」
「あぁ、ナルはそう言ってる」
「じゃあ、今日は野宿?」
「そうなるな、まぁアイテムボックスに色々入ってたし、問題ないと思うけど」
律はさっきアイテムボックスの中をきちんと確認していたらしい。
野宿は初めてだが、見張りとかしなくていいのだろうか。
律にそのへんはどうするのか聞いてみると、
「ナルとリトは寝なくても平気だから、夜の見張りはやってくれるらしいよ」
とのことだった。
見張っている途中で寝ちゃいそうだ、と思っていたので思わぬ幸運である。
リト達ありがとう。
「それにしても、魔物が大量発生してる、ってわりには、まだ一匹も見てないな」
「そんなこと言ってるとでてきそう……」
フラグがたちそうだからやめて、と思った次の瞬間、比較的近くで獣っぽい雄叫びが聞こえた。
………フラグが簡単にたちすぎでしょ!
それっぽいこと言った途端でて来るなんて!!
なんだか先が思いやられる。
「もう、律~~!」
「え、俺のせい?!」
『ユズカ、一応武器出しておいて』
「分かった!」
木々に囲まれているので、遠くまで見渡せないため、周囲を警戒しながら耳をすましてみると、武器がぶつかるような音や怒鳴り声、先程の雄叫びも聞こえた。
「り、律、多分向こうで戦ってるよ!どうする?」
「近くまで行ってみて、困ってそうなら助っ人しよう。さっきリトがこの辺の魔物なら大抵負けないって言ってたし」
「そうだね、じゃあ行ってみよう!」
とりあえず様子を見るために、行ってみることにする。
森の中を走るために、律が身体強化の魔法をかけてくれる。
《大地に吹く風よ、我が身に纏う疾風と化せ
――――――"纏風"》
私の周りに風が吹く。
ふっと身体が軽くなった感じがして、すごく動きやすい。
これなら木の上でも走れそうだ。
「わ、身体が軽い!」
「これで森の中でも十分動けるだろ。よし、じゃあ行こう!」
『危なかったらフォローする』
「律、リト、ナルも、怪我したら私の方に来てね!」
「分かった」
音がする方に向かって走る。森のなかとは思えないほど速度がでて、思ったより早く到着した。
木に登って上から状況を確認する。
少し開けた細い道になっているその場所は、30匹くらいの魔物に囲まれていた。
そして、その中心には、馬車。
馬車なんて初めて見たけれど、多分馬車だ。
馬が牽いているし。
馬は護衛?らしき人がふたりで守っているけど、足を怪我しているようだ。
石などを投げられたりしているので、それが当たってしまったんだと思う。
馬車は、もうふたりが守っている。
そのうちの一人は服装の雰囲気が他の3人と少し違う。
少し不思議だけどまぁいいか。石を投げている魔物を鑑定してみる。
《鑑定》
~~~~~~~~~~
ゴブリン:Fランクモンスター
弱いが、その見た目は見る者の不快感を誘う。
繁殖のため、基本的に女を狙う。
数が多いので、群れになると倒しきるのが困難になる。
~~~~~~~~~~
「柚華、あれ、ゴブリンだ」
「みたいだね……。数が多くて困ってるのかな?」
「馬とかを守りながらだから、余計かもな」
「助っ人した方がいいね」
「あぁ、行こう!」
剣を握りながら木から飛び降り、馬車の方へ向かっているゴブリンを後ろから斬り捨てる。
身体強化しているからか、ゴブリンが1発で倒れたのに驚きながら、次のゴブリンを斬る。
そこでようやく、ゴブリン達は私に気づいたらしい。
ゴブリンが3匹ほど、一斉に私に襲いかかってきた。
試しに魔法を使ってみようと思う。
詠唱している暇はないので詠唱破棄でだけど。
《―――――"水斬"》
水の刃が3つ作り出された。
……おぉーすごい、イメージ通りだ。
ゴブリンへ放つと、3匹ともにきれいに命中し、地に倒れた。
律の方はどうだろうと見てみると、4匹を相手に剣を一振りしただけで倒していた。
すごいね。剣の初心者とは思えない。この分なら心配ないだろう。
「馬車の方は……」
護衛っぽい人たちの方はどうかと思ったが、こちらも数に苦戦していただけだったらしく、次々に倒していたので、もうすぐ終わるだろうと思う。
私も、残るゴブリン達を次々に斬っていく。
やがて、最後の一匹になった。
私の前に来たので、剣を振り下ろして倒した。
「柚華、怪我は?」
「大丈夫!律は?」
「大丈夫だ」
どうやら律にも怪我はなさそうだ。
私たちは襲われていた馬車の方へ行く。
「大丈夫でしたか?」
「あ!助っ人ありがとうね!助かったわ!」
「あいつら弱いけど数が多くて手こずってたから助かった、ありがとう!」
「いえ、偶然通りかかっただけなので」
「しかしお嬢ちゃん達、何でこんなところに?」
「あぁ、俺たちはミゼに向かう途中だったんです」
「ミゼへ?俺たちもだ。なぁ、ソニアの旦那!」
「サミ、旦那はやめてくれないか……うん、そうだよ。自己紹介が遅れてしまったね、私はソニア。商人をしているんだ」
「俺はサミ。ミゼへの移動の間の護衛を引き受けたCランク冒険者で、Dランクパーティー"業火の槍"のリーダーだ」
「メンバーでDランク冒険者のニケよ!」
「同じくカイだ」
「えぇっ、ソニアさん商人さんだったんですか!」
「普通に戦ってましたよね」
「うん、私は若い頃冒険者もやってたからね、腕にはそこそこ自信があるんだ」
「護衛対象に戦われる俺らの気持ちがわかるか?お嬢ちゃん」
「た、大変ですね……」
「ふふ、じっとしていられなくてね。それより、君たちの名前は?」
「なるほど。俺は律です。よろしくお願いします」
「私は柚華です!よろしくお願いします!」
「ふむ、ユズカとリツか。覚えたよ」
なんと、服装が違うと思ったら商人さんだったらしい。
薄い金色の長めの髪を後ろでひとくくりにして前に流している。
たれ目がちな翡翠色の瞳を柔らかく細めて笑いながら、ソニアさんは向こうの方にあるカスヌという街からこちらに来たのだと教えてくれた。
それだけでなく、同じ場所を目指しているということで、一緒に行かないかと誘ってくれたのだ。
私たちだけよりも、土地勘もあって経験も豊富なソニアさん達と一緒の方がなにかと助かることも多いだろう。
そう思って、そのお誘いにありがたく乗ることにした。
「これからよろしくお願いします、みなさん!」
「よろしくお願いします」
「うん、よろしくお願いします、ユズカ、リツ」
「おう、よろしくな!」
「よろしくね」
「よろしくな」
それから、私たちがソニアさんの馬車に乗る、乗らないでちょっと議論があったけれど、最終的にはソニアさん達のお言葉に甘えて、乗らせてもらうことになった。
ただでさえお世話になるのに申し訳ない。
そんな風に思っていると、怪我をしていた馬のことを思い出した。
「あの、馬のやみんなの怪我を治してもいいですか?馬車に乗せてもらうんだから、それくらいはしたいです!」
「良いけれど、ユズカはツァオベリーなのかい?」
「ツァオベリー?」
「魔法を使える者って意味だよ」
「あぁ、それなら私はそのツァオベリー?ってやつですね」
「ツァオベリーって珍しいんですか?」
「うーん、珍しいというほどでもないけれど、冒険者に重宝されるのは確かだね」
「私もツァオベリーだけれど、火と土の適性だから、治癒はできないの。治癒ができる人は余計に重宝されるわね。ユズカはかわいいし」
「あはは、ありがとうございます!……それじゃ、治しますね」
私は話しながら移動し、怪我をしているみんなと馬の方に手を向けて詠唱を始める。
《清らかなる水よ、傷ついた者を癒す力を我に
―――――"癒しの水"》
掌から出てくる淡く光る水がいくつかの流れに別れて、馬やみんなの周りに浮かび、傷の周りをゆっくりと回っていく。
みんな身体の力が少し抜けてリラックスしているし、馬も気持ち良さそうに目を細めている。
水が消える頃にはみんなの傷は跡形もなく消えていた。
「綺麗ね……」
「あぁ……水属性の治癒は何度か見たことがあるが、こんな綺麗なのは初めて見たな」
「疲れがとれたぞ」
「柚華、お疲れ様」
「ありがとう、リツ!うまくいって良かった」
「お疲れ、ユズカ。なんだか体の調子が良くなったように思うよ。ここまで魔法を使いこなせていれば、街ではあちらこちらから引っ張りだこだろうね」
「あぁ、俺たちのパーティーに欲しいくらいだ」
みんなに褒められて、少し照れる。恥ずかしい。
でも、喜んでもらえて良かったと思う。
治癒も終わったので、大量のゴブリンの死体の処理にかかる。
ひとところに集めて、剥ぎ取りをするらしい。
冒険者として当たり前のことらしいけれど、私たちは知らないので教えてもらいながら行う。
剥ぎ取りが終わったら、そのままそこに置いていくらしい。
本来なら燃やすらしいけれど、ここは森なのでそれはしないらしい。
「あの、ソニアさん」
「なんだい、リツ」
「ナルが、ゴブリンを弔うと言っていますが、いいでしょうか?」
「え、いいけれど……」
「ありがとうございます。じゃ、ナル」
律の肩に乗るために小さくなっていたナルは、肩から降りると本来の大きさに戻り、ゴブリンの死体の山の前に行った。
そして、ナルが一声、『きゅうっ!』と鳴くと、ゴブリン達が白い炎に包まれた。
なんだかその炎は神聖なもののようで、自然とみんな口をつぐみ、静かになる。
炎が消えた時、そこにはもう何も残ってはいなかった。
(リト、今のは何?)
『"弔いの聖火"だよ。火属性の魔法で、人間だと使える人は限られる魔法だね。精霊は、ひとつしか属性が使えない代わりに、とても強力なんだ。まぁでも、ユズカとリツも得意属性は精霊と同じくらい使えるけれどね』
(どうして弔いをしたの?)
『魔物が持っている魔力は他の魔物の餌になるから、なるべく死体を残さない方がいいんだ』
(なるほど)
弔いを終えたナルは、律の方へ走って戻り、小さくなってから律の肩へ空を駆けて登った。
その様子を呆然と見ていたソニアさん達は、ナルが律の肩の上で落ち着いてから、やっと我に返ったらしい。
「え、リツ、今のは……というか、そのナルっていうのはまさか、精霊……なのかい……?」
「……あぁ、言っていませんでしたね。はい、ナルは火の精霊で、柚華の肩に乗っているのは、闇の精霊のリト。ナルは俺の、リトは柚華の守護精霊です」
「「「「えぇぇぇぇぇっ?!」」」」
「「?!」」
絶叫のような驚き方にこっちがびっくりした。
そりゃシェリだって精霊が守護についているのは珍しいって言ってたけど、ここまで驚かれることなのか。
……ナルとリトってすごいんだね。
「つ、つまり、君たちはふたりそろって精霊が守護についているってことかい?!」
「え、えぇ、そういうことですね」
「"アメリア"なんて、初めて見たな……」
「精霊って本当に存在してるのね!触ってもいいかしら?」
(リト、いい?)
『いいよ』
「良いみたいですよ!」
「わぁ、ふわふわしてるのね……かわいい!」
「ひとりだけでも珍しいのに、ふたりそろってなんて……」
「あー、双子だからですかね?」
「え、双子だったの?!」
「……とにかく、先へ進もう。明るいうちに、少しでも進んでおきたいからね」
「あ、あぁ……分かったよ、ソニアの旦那」
「だから旦那はやめてくれと……」
もうなんか、みんな混乱している。
ソニアさんが私たちの困惑を察したのか、混乱を鎮めてくれた。
先へ進むと言ったので、私たちは馬車に乗り込み、"業火の槍"のみんなは馬車の周りを周囲を警戒しながら歩き進んでいく。
ちなみに、馬車の御者の人は、怖がって戦えないので馬車の中に乗せられ、耳をふさいで震えながら戦闘が終わるのを待っていたらしく、終わっても合図がなかったので出てこられなかったらしい。
「怖かったんですよ!」と涙目で怒っていたが、よくそれで御者が務まるな、と不思議に思う。
魔物と出会ったとき、御者は外にいるので、いつでも馬車の中に避難できるとは限らないんじゃないだろうか。
その辺を聞いたら、今回が初めての旅なのだと答えが帰ってきた。
戦いの心得はあるのだが、魔物を見たのが初めてで、頭が真っ白になってしまったらしい。
これから慣れていかないといけない、と真っ青な顔で言った彼を、陰ながら応援したいと思う。
頑張れ、御者の人。
……あ、名前、イサっていうんですね。
魔物とも、この世界の人とも初遭遇です。
精霊たちにものすごく驚き、感動しているのを見て、柚華たちは混乱中。
ソニアさんは頼りになります。
そして、頑張れ、御者の人!
次は、ソニアからの忠告です。