ソニアさんのご帰還
ギルドからお屋敷に帰ってくると、ラックさんが出迎えてくれた。
ソニアさんはもう帰ってきたのかどうかラックさんに聞くと、まだだという返事が返ってきたので先に着替えに行こうか迷う。
そうしたらそんな私の迷いを察したのか、ラックさんが柔らかく笑った。
「旦那様はすぐにお帰りになられると思いますよ。こちらでお待ちになられてはいかがでしょうか。すれ違いになってしまってはいけませんので」
「分かりました!それならここで待ちます!」
えぇ、と微笑んだラックさんが、顔を上げて見透かすように扉の向こうを見た後、すっと動いて玄関の扉を内側に開き、扉の外に向けてぴったり45度の美しい礼をした。
その一連の動作があまりにも無駄のない自然な動きで、一瞬見惚れて何をしているんだろう?なんて考えてしまった。
どう考えても帰ってきたってことだよね。
ラックさんが開いた扉の向こうを見てみれば、当然のようにソニアさんがそこに立っていた。
「ソニアさん、お帰りなさい!」
「お帰りなさい、ソニアさん」
「「ソニア様、お帰りなさいませ」」
「ただいま、ユズカ、リツ。リンとナナも」
「旦那様、お帰りなさいませ。昼食の準備は既に整っておりますが、如何なさいますか?」
「あぁ、ラック。それなら着替えが済んだら昼食にしようか。ユズカたちは昼食は済んでいるかい?」
「いえ、まだです!今帰ってきたところだったので」
「そう、じゃあ一緒に食べられるね。ユズカたちも着替える必要があるみたいだし、一旦解散しようか」
ソニアさんのその言葉で私たちは部屋に戻り、ソニアさんを待たせないように猛スピードで着替えを終わらせ、律とリンに合流して食堂へ急ぐ。
食堂の前に着くと、ソニアさんが歩いてくるのが見えた。
「みんな揃っているみたいだね。それじゃあ座ろうか」
そう言ってソニアさんが椅子に座り、私と律も座る。
リンとナナはいつも通りに私たちの背後に立ち、ラックさんはいつのまにかいなくなっていた。
「ソニアさん、お仕事お疲れ様でした!」
「うん、ありがとうユズカ。仕事が多くて帰るのが遅くなってしまったから、なんだか家が久しぶりに感じるよ」
雑談をしながら昼食が出てくるのを待つ。
そうしたら昼食はすぐに出てきて、いつも通りリンとナナが私たちの給仕をし、いつのまにか戻ってきていたラックさんがソニアさんの給仕をする。
毎回思うけど、リンとナナとも一緒に食べたいのに、私たちの給仕をしないといけないせいで一緒に食べられない。
自分でやるのは行儀が悪いから出来るわけないし、他の人に代わってもらって……というのは他の人にも仕事があるからダメ。
うーん、ままならないものですなー。
「ユズカ、リツ。ラックからこの2日くらいギルドに行っていたと聞いたよ。どんなことをしたんだい?」
「あ、ギルドマスターさんから魔法と武器の基礎的な使い方を教えてもらいました!」
「剣を持っての動き方の基礎を初めて習ったので、良い経験でした」
「うん、基礎は大事だよね。でも、前に見た時のリツとユズカは魔法は自由自在だったし、剣もある程度基礎が出来ていたと思うけれど」
「あれは感覚で動いてただけですからね~。きちんと習ったのは初めてで、動きを知識として知れたので良かったです!」
……こんな感じでこの2日間であったことを色々話しながら昼食を食べ進めると、あっという間に食べ終わってしまった。
まだまだ話したいことはいっぱい残ってるけど、ソニアさんに淹れる紅茶の準備をしなくちゃ!
「……ユズカ?どこへ行くんだい?」
あれー?
ラックさんの真似をして気配を消して食堂を出ようとしたのに、ソニアさんに見つかってしまった。
まだまだラックさんには遠く及ばないね……頑張ろう!
……ん?
なんだか目指すものがおかしいような……い、いや、冒険者にも必要なスキルなはずだし、問題ないよね!……たぶん!
まぁ、見つかったのだから開き直ってしまおう。
「ふふ、ソニアさん、楽しみにしてて下さいね!じゃあ準備してきます!」
「準備……?」
不思議そうな顔をするソニアさんと苦笑している律たちに笑顔を向けてから、私は厨房へ向かう。
そこには、既に必要なものを準備し終わって待機しているラックさんがいた。
……さっきまでソニアさんの給仕をしていたのに、いつ準備したんだろう?
そう思いながらも、昨日教わった手順通りに温度や時間に細心の注意を払いながら、心を込めて紅茶を淹れる。
「……今までで最高の出来ですね。旦那様もお喜びになられるでしょう」
紅茶の色味や香り、温度などを確かめ、満足そうな微笑みを浮かべてラックさんがそう言ってくれた。
うん、自分でもかなり良い出来だと思う。
ソニアさんだけじゃなくて律やリン、ナナの分も淹れたけど……律たちは昨日の練習で飲み飽きてるかも。
ま、まぁ昨日よりも美味しいはずだからいいよね!
シェフさんの作ってくれた焼き菓子も用意して、準備完了だ。
よーし、ソニアさんのところに持っていこう!
「お待たせしました!ソニアさん、どうぞ!」
「え?ユズカが紅茶を淹れてくれたのかい?」
「はい!お仕事から帰ってきたらソニアさんが疲れてるんじゃないかと思って、昨日ラックさんに淹れ方を教えてもらったんです!」
「ありがとう、ユズカ。その気持ちだけでも疲れはとれそうだけれど、せっかくだからいただこうか」
そう言って、ソニアさんはゆったりとした動きで紅茶のカップを口へと運ぶ。
そして、嬉しそうに微笑んで「美味しいよ、ありがとう」と言ってくれた。
喜んでくれたみたいで私も嬉しいなぁ。
律たちも「昨日より美味しい」と言いながらきちんと飲んでくれたので、律たちの分も淹れて良かったと思う。
その後は雑談タイムに移っていった。
「ソニアさん、ナナが珍しい魔法を使えるようになったんですよ!ね、ナナ?」
「そうなんです!ソニア様、植物魔法というものをご存じですか?」
私が植物魔法の事を思い出してソニアさんに報告すると、ナナがすごく嬉しそうに問い掛ける。
問われたソニアさんは「植物魔法……?」と記憶を探るように顎に手を当て、少しの間考えてから何か思い出したように答えた。
「昔本でそういう魔法があるというのを見たような気がするよ。でも、実際に使える人は見たことがないのだけれど……もしかして、使えるようになったのは植物魔法なのかい?」
「そうなんです!ユズカにそういう魔法があるって聞いて、ふたりで挑戦してみたんですけど、失敗しちゃって。それを見てたリンとリツも協力してくれて、やっと完成させることができたんですよ!」
「ナナは植物魔法の扱いがすごく上手なんです!……実際に見せた方が早いかな?ナナ、ソニアさんに見せてあげたら?」
「あっ、そうだねユズカ!ソニア様、私の掌をよく見ていてくださいね!」
ナナは両手をソニアさんの方に向けて差し出し、掌を上にして器のようにする。
そして、ソニアさんに見せるために丁寧に作ろうと思ったのか、詠唱して魔法を発動させるみたいだ。
《広大なる大地よ、清らかなる水よ、混じりて1輪の花を我が手に―――――"贈り花"》
言い終わると同時に、ナナの掌にうっすらと光る水が湧き出て、掌の上で植物の芽の形になり、そのままするする育って蕾となり、あっという間に花を咲かせた。
光が薄くなって消えていくのと同時に、水から1輪の瑞々しく咲く白いバラへと変化する。
魔法で作られたからなのかナナがそうイメージしたからなのか、白バラは夜露が太陽の光を受けたかのようにキラキラと光っていた。
んー、確か白バラの花言葉のひとつに「reverence(深い尊敬)」っていうのがあったはず。
ナナがソニアさんに贈るにはぴったりの花だね!
「ソニア様、お受け取りください!」
「綺麗なバラだね。ありがとう、ナナ。……本当に植物魔法が使えてしまうなんて驚いたけれど、ナナの成長が見えて嬉しいよ」
ソニアさんに褒められて、ナナはとても嬉しそうだ。
満面の笑みでソニアさんに「ソニア様に喜んでいただけるなんて光栄です!」と言っている。
リンはそんなナナを少し羨ましそうに見ていた。
……リンも褒めて欲しいならソニアさんに出来るようになったことを報告すれば良いのに。
……リンがしないなら私が代わりにしちゃおうかな?
「ソニアさん、リンも闇魔法を使いこなせるように頑張ってるんですよ!」
私が勝手にリンのこともソニアさんに報告しようとすると、リンが少し焦ったように「僕のことは良いよ、ユズカ」と制止し、私の口を手で塞いできた。
良くない、と返そうと思ってもごもご言っていると、ソニアさんがリンに向かって「良かったら聞かせてくれないか、リン?」と悪戯っぽく言った。
リンがソニアさんの言葉に嫌と言えるはずもなく、「う……」と言葉を詰まらせ、しばらく視線を彷徨わせてから、観念したように「……はい」と応え、私の口から手を外した。
「……ソニア様、闇魔法は一般に、他の属性と比べて使い勝手が良くないと言われるのはご存じかと思います。今回、リトやユズカの話を聞いて闇魔法がそう言われている理由が分かりました。その理由は、闇魔法の使い手が『闇』を操れていないことです」
ソニアさんに向き直ってそう言ったリンは、右手に『闇』、左手に『陰』の球を創り出し、ソニアさんに見せる。
『闇』と『陰』を実際に比較しながら、私やリトが教えた内容や自分の考察をソニアさんにも話していった。
ソニアさんは興味深そうに何度か頷きながらリンの話を聞き、リンの話が終わると少し考えながら「なるほど……」と言った。
リンと私がそんなソニアさんの様子を見ていると、静かに聞いていた律が口を開いた。
「リン。シェリの話だと、確か闇魔法は次元にも干渉できたはずだぞ。使いこなせるようになれば、指定した場所だけを次元から切り取って隔離したり、転移したりなんてことが出来るようになるかもしれない。俺たちも練習したりどんな魔法を使うか考えたりしないといけないし、一緒に頑張ろう」
「そうそう!頑張ろうね!」
「うん、一緒に頑張ろう、ふたりとも。ナナもね」
「リンもとてもよく考えて努力したみたいだね。リンがしてくれた闇魔法に関する話は初めて聞いたし、非常に興味深かったよ」
思考に沈んでいたソニアさんはいつの間にか復活したらしい。
褒められたリンが照れくさそうに、けれど嬉しそうに笑うのを見て、やっぱりリンのこともソニアさんに報告して正解だったなーと思った。
魔法の話を一通り終え、話題は武器選択に移っていく。
「結局、私は今まで通り剣、律は大剣、ナナは弓、リンはレイピアとナイフをメインの武器に決めたんです!私と律が前衛、ナナとリンが後衛……あれ、リンは遊撃かな?」
「一応後衛で良いんじゃないか?多分戦ってる時はそんなの忘れてるだろうし。それにリンの戦い方は遊撃とも少し違うだろ」
「そうだね、リツ。リンの特技を活かすならばロイバーの役割が1番良いだろう」
「ロイバー?」
ロイバーって何だろう、と私が頭にはてなを浮かべていると、それを感じ取ったのか、ソニアさんが「リツとユズカはまだ知らなかったみたいだね」と言って説明してくれた。
ロイバーの主な仕事は罠の解除、魔物の情報提供、索敵、隠密などで、前衛にも後衛にもなれるらしい。
RPGとか小説でいう盗賊、シーフ、アサシンを混ぜたような役割だと教えてくれた。
……この場合の盗賊って物を盗む人じゃなくて、鍵開けとかダンジョンの罠の解除とか索敵とかを得意とする人のことを言うんだって。
アサシンも、暗殺者として人を殺すわけではなく、暗殺者のようなスキルを持っていて、それを使って戦う人のことを言うらしい。
盗賊、シーフ、アサシンという物騒な言葉を聞いて愕然としていたら、ため息を吐いた律がその説明まで丁寧にしてくれました。
「うん、リンは手先も器用だし罠とか魔物とかの知識量もかなりあるから、ロイバーにはぴったりだと思うよ!私は純粋に後衛だし、パーティーとしては割とバランスが良いんじゃないかな?」
「そうだね、ナナ。簡単な依頼を受けて連携を確認してみないとまだ分からないけど、基本の形はこれで良いと思うよ」
これからのことに思いを馳せ、楽しそうに和やかな会話をする私たちを、ソニアさんは穏やかに微笑んで見守っていた。
そして、少しだけ視線をそらし、私たちには気づかれないくらいに小さく……本当に小さくため息を吐き、一瞬だけ憂いの表情を浮かべ、すぐに視線を戻して再び穏やかな表情を浮かべる。
ソニアさんのその表情の変化に、私たちは誰ひとり気づいてはいなかった。
ソニアさんが帰ってきました。
今思いましたがソニアさん、愛されすぎです(笑)
リンとナナはソニアさんに褒められてご満悦。
柚華は紅茶を喜んでもらえて嬉しいけど、地味にラックさんに褒められたことも嬉しかったみたいです。
次は初依頼です。




