女神との出会い
光に呑み込まれた私たちが視界を取り戻したとき、あたりは見慣れた住宅街ではなかった。
足元が水の鏡のようになっていて、どこまでも続く星空が上にも下にもあるような、ひどく幻想的で美しい景色が広がっていた。
「うわぁ……すごい……!」
「すごいな、これは……」
あまりにも現実味のない美しい光景に目を奪われ、あの光は何だったのかとか、ここはどこだとか、そういった疑問を一瞬忘れる。
そうしてしばらくぼーっと景色を眺めていると、背後から堪えきれないといった感じの笑い声が聞こえてきた。
「?!」
振り返ると、そこにひとりの女性が立っていた。
……驚いた。背後からいきなり声をかけられたのもそうだが、それよりも、振り返った先にいた女性の存在感と、その美貌に。
しっとりと濡れた切れ長の目は優しげに細められ、瞳は澄んだ空を思わせる青。
すっと通った鼻すじに、シャープな輪郭。
腰まで届く金色のサラサラなストレートの髪はハーフアップにされ、服は真っ白で柔らかそうなドレス。
肌は白く、傷跡ひとつないたおやかな手は、口元にあてられ、形のいい薔薇色の唇を隠している。
神秘的なまでに整ったその容姿は、女神を思わせる。
呆けたように女性を見つめる私たちに、おかしくてたまらないといった風に上品に笑っている。
「ふふふ、いつまで眺めているの?」
「っ、あ、あの……」
「……あぁ、自己紹介がまだだったわね。初めまして、私はシェリ。サナトクリアという世界を創った女神。よろしくね」
あぁ、やっぱり。サナトクリアとはどこなのか分からないが、思った通りこの女性は女神だった。
しかし、まだまだ疑問はたくさん残っている。
「あの、シェリ…さん?ここは、どこなのでしょうか?」
「それと、あの光は何だったんでしょう?俺達は、家に帰る途中だったはずなのに……」
「シェリでいいわ。ひとつずつ説明するわね。ここは、時空と時空の狭間。そうね、神が世界を観測する場所……というのが分かりやすいかしら?ここで、私たちは世界を観測し、必要ならば手を貸す……要するに、世界を管理しているの」
「管理センターのようなもの……ということですか」
「えぇ、その認識でいいわ。次に、あの光、というのは、あなた達……ユズカとリツをここに呼び出した時の光のことだと思うけれど。円形で、記号とか文字が書かれていたでしょう?」
「はい、その光のことだと思います」
「あれは、さっきも言った通り、あなた達をここに呼び出すためのものなの。あなた達を呼び出したのには、理由があるわ」
……私と律は女神に呼び出されたらしい。
どうして名前を知っているんだろうと少し思ったが、女神なら知っていてもおかしくないのかもしれないと納得した。
けれど、世界を管理するだのなんだのを聞いた時点で、私はもう頭が混乱してくる。
混乱しているが、弟が話を聞く邪魔をしてはいけないと思っているので、騒ぎはしない。
けれど、頭を使うことは基本的に弟にポイである。
律もそれがわかっているので、できるだけ冷静に情報を集めようと頑張っている。
さすが律、頼りになる。律と一緒で良かった。
「理由とは、どんな?」
「長くなるけれど、いいかしら?」
「いいです」
「ありがとう。実は――――――」
話し始めてからずっと淡く微笑んでいたシェリの顔が曇った。
シェリが先ほど言っていた通り、"サナトクリア"というのはシェリが創った世界で、今、問題が起きているらしい。
サナトクリアには、魔法が存在し、魔法には属性が6つある。
その属性は、火、水、風、土、光、闇である。
そして、サナトクリアに存在する大陸は6つ。
サイトリー大陸、ナーミル大陸、トネーン大陸、クシャント大陸、リネーノ大陸、アシネム大陸である。
各大陸には、世界を支えるとても大きな精霊樹がある。
精霊樹は大陸ごとに異なる属性を持っており、サイトリー大陸は火の、ナーミル大陸は水の、トネーン大陸は風の、クシャント大陸は土の、リネーノ大陸は光の、アシネム大陸は闇の属性を持っている。
精霊樹の周りは聖域と呼ばれ、結界に囲まれているため、外から見ることはできず、入ることも容易ではない。
聖域には精霊がいるとのことだ。
精霊は、たまに気に入った人間に守護としてついていくらしい。
精霊が守護としてついている者はとても珍しく、アメリアと呼ばれる。
アメリアだけが、聖域に入ることができるのだという。
各大陸には、国がいくつかあり、街があるらしい。
国同士は時々戦争を起こしたりもするが、ここ50年ほどは大きな戦争もなく、平和らしい。
けれど、それは、戦争をするほどの余裕がないからだともいえる。
最近、魔物が大量発生しているらしい。
普段ならば原因が分かっていて、大抵少し放っておけば治まるのでたいしたことではないのだが、今回はその原因が分からないのだ。
大陸間の移動は船だが、海にも魔物が生息し、その魔物が増えてきたため、ここ最近は大陸間の移動もあまりできない状態らしい。
シェリはサナトクリアを創ったとき、干渉しすぎるのは良くないから、と自身に制約を課したらしい。
その制約のせいで自身が直接助けることはできず、手助け程度しかできないらしい。
そのため、友人である地球の神に頼んで地球から人間を選ばせてもらい、選んだのが私たちだった、というわけだ。
それで、私たちをサナトクリアに送って、原因を探ってもらいたいらしい。
サナトクリアの人間に力を与えてなんとかできなかったのか、と弟が聞くと、サナトクリアの人間に力を与えるのには条件があるのだと答えられた。
……まぁ、気に入った人間にばかりどんどん力を与えるようなことがあれば問題だろう。
神に気に入られれば、何の努力もしなくて良くなってしまう。
ちなみに、私はこのとき考えることを放棄していたので後で律に分かりやすく解説してもらった。
「……というわけなの」
「……なるほど。事情は分かりました。けれど、聞きたいことがいくつかあります」
「何かしら?答えられる範囲なら、何でも答えるわ。それと、敬語は使わないでいいのよ?こちらが頼んでいる立場なのだから」
「……分かった。もとの世界には、帰れるのか?
その間の時間は進むか?母さんと父さんにまた会えるか?
もしも、途中で命を落としてしまった場合は?
それと、サナトクリアの人間には力を与えるのに条件があるのだと言っていたが、俺たちには何か力をくれるということか?」
「そうね。もとの世界には、それらが終わって希望するなら帰してあげられるわ。
時間は連れてきた時間に帰すから問題ないし、そのときは歳も今の年齢に戻すから、お母様とお父様にも会えるでしょう。
命を落としてしまった場合は、転生させることもできるし、もとの世界に今の姿で戻すこともできるわ。
その時に希望を聞くという形にしましょうか。それと力に関しては、もちろん与えるわ。後で希望も聞きましょう。……これでいいかしら?」
「そっか。あぁ、安心した。それなら俺は頼みを引き受けようと思う。……柚華は?」
「……良くわからないけど、困ってるんだよね?なら、引き受けるよ!」
「ありがとう……!本当に、とてもうれしいわ!」
シェリが本当に嬉しそうに笑う。
こんなに一生懸命なシェリに頼られて、断れる人間が一体どれくらいいるだろうか。
こうして、私たち姉弟はシェリの頼みを引き受けることとなった。
私はあんまり理解していなかったが、律が引き受けたのと、困っているらしいという情報から、引き受けることを決めたのだった。……まぁ、異世界に興味があったのも事実だけれど。
「そうと決まれば、早速ユズカとリツに与える力を決めましょう」
「うーん……どんなのがあるの?」
「魔法に関するものとか?」
「そうね……。ふたりは魔力量はサナトクリアでは驚かれるくらいの量を元々持っているのよね……」
「そうなの?」
「具体的にどのくらい?」
「うーん……おおよそサナトクリアにある国のトップの宮廷魔術師2人分くらいね。魔力を増やす訓練をすればもっと伸びると思うけれど」
「おぉ……良くわかんないけどすごい!」
「それと、属性ね。ふたりとも、生まれた世界が違うせいか魔力に属性がついていないから、属性の適性をあげることができるわ。
全ての属性の適性をあげるけれど、適性があるだけでは使えないの。
でも、1番得意な属性をどれにするか決めてくれれば、その属性は最初から使えるようにしてあげられるわ」
「属性はたしか、6つあるんだったよな?」
「えぇ。火、水、風、土、光、闇の6つよ。
火はそのままあらゆる火に関する魔法で攻撃力特化な属性ね。
水はあらゆる水に関する魔法で治癒もできるし氷とかも使えるわね。
風は風に関する魔法で風で敵を切ったり、身体強化とかも使えるわ。
土は大地に関する魔法で、土で壁を作ったり、水と合わせると木を使ったりもできるわね。
光はそうね……光に関する魔法で、攻撃もできるけれど、水よりも更に治癒に特化しているわね。
闇は影を使ったりとか、次元を切り取ったりとか、闇に関する魔法ね。
今ざっと例をあげたけれど、魔法に大事なのはイメージする力よ。
詠唱は、イメージを固めるためのもの。例の他にもたくさんの使い方があるわ。
得意属性は普通の属性より少ない魔力で使えるから、慎重に選んでね」
「うぅーん……迷うなぁ……」
「俺は決めた」
「えぇっ?!律はやい!」
「リツは何にするの?」
「俺は風にする」
「あら、どうして?」
「火と迷ったけど、魔物がいるなら戦うだろ?魔力が少なくてすむなら長い時間使いそうな身体強化ができる風がいい」
「なるほど~」
「いい判断ね、リツ」
「柚華はどうする?」
「んー……水にしようかな!」
「ユズカ、どうして?」
「戦うなら治癒ができた方がいいと思って。不意打ちとかできそうな闇と迷ったけど、水の方がいいかな」
「それなら、光も治癒ができるけれど……?」
「水って飲み水にもできるでしょ?色々と使い勝手が良さそうだから」
「そう、とてもいいと思うわ、ユズカ。じゃあ、その属性を得意属性としてふたりに与えるけれど、いいかしら?」
「うん!」
「いいよ」
シェリの掌の上に赤、水、緑、茶、金、銀の6つの色の光が出てきた。水色がひときわ強く光っている。
シェリがその手を私に向けると、その光が私の体に吸い込まれた。なんだか体がぽかぽかする。
シェリはもう一度6つ光をだし、今度は緑がひときわ強く光っているそれらがのっている掌を、律に向けた。
律の体にも同じように吸い込まれていく。
「さぁ、どう?得意属性は使い方が分かるでしょう?」
「……本当だ」
「すごい!たのしい~」
律が小さな竜巻を掌の上に出しながら答える。
私も水の球を掌の上に出してみた。
本当に呼吸をするように使えるのがおもしろくて、変形させて遊んでいると、シェリが話を再開した。
「それと、あなたたちが生活するのに困らないように、万能言語とアイテムボックス、鑑定、祈りの4つのスキルをあげる。
万能言語はどんな言葉でも理解できるし、話せるし書けるようになるスキルよ。
アイテムボックスはいつでもどこでも自由に収納ができるスキル。
鑑定は情報が知りたいものを鑑定って言いながら見つめると、その情報が得られるスキル。
祈りは私と連絡がとれるスキルって考えてくれればいいわ。
何か分かったりしたら連絡してね」
「へぇ、便利そうだな。この世界にはレベルとかあるのか?」
「いえ、レベルはないわ。鑑定すると、魔力とかのステータスが数値として出るけれど」
「なるほど。ありがとう、こんなにいろいろしてくれて」
「ふふ、お礼を言うのはまだはやいわ、リツ。もうひとつ、贈り物があるの」
「え、なになにー?」
「ユズカ、あなたさっき得意属性を選んだ時に闇属性と迷ったって言ったわね?」
「うん、言った!」
「だから、闇属性の精霊を守護につけるわ」
「えっ!本当?!ありがとうシェリ!」
「えぇ。リツは火属性と迷ったって言っていたから、火属性の精霊を守護につけるわね」
「ありがとう、シェリ!」
にっこりと微笑んだシェリがゆったりと手を振ると、黒い毛並みの猫の精霊と、赤茶色の毛並みのキツネの精霊が出てきた。かわいい。
2匹ともくりくりとしたつぶらな瞳をこちらに向けてくる。かわいい。
黒い猫の精霊は私の方に、赤茶色のキツネの精霊は律の方に行って、体をすり寄せてくる。かわいい。
やばい。私、さっきからかわいいしか言ってない。
「あら、すぐになついたわね」
「かわいい!」
「かわいいな!」
「名前をつけてあげて。それで契約ができるわ」
「んー……じゃあ黒猫ちゃんは、リト!」
「柚華、はやいな……じゃ、俺はナルにする!」
『よろしく、ユズカ。僕の名前はリトだ』
「しゃ、しゃべれるの?!」
『精霊は契約すると契約した者とだけ念話が出来るようになるんだ』
「そうなんだ……。あーもう、リトがかわいすぎる!」
「柚華、ナルもかわいいぞ!2匹ともかわいい!」
私達はふたりして全力で2匹をもふもふする。毛並みはふわふわしていて、ずっと触っていたくなる。
幸せってこういうことをいうんだと思う。
こうして、かわいい精霊達との契約が成立した。
美しい女神様出てきました。
女神様のお話はサナトクリアの現状や諸々の説明でした。
お願いされたのは魔物の大量発生の原因調査。
精霊たちと一緒に頑張っていきます。
次は、サナトクリアです。