プロローグ
優しい春の日差しが差し込む朝。
そろそろ学生は起きて着替えをし、朝食でも食べているであろう時間だ。
そんな時間に水瀬柚華は――――まだ寝ていた。
「んー……。パフェ…ドーナツー……うふふ~」
……にこにこと笑っている。幸せそうで何よりだ。
だが、そろそろ起きないと学校に遅刻する時間ではないだろうか。
そのうちに、階段を上がって2階の柚華の部屋に向かってくる足音が聞こえる。
「柚華!そろそろ起きないと遅刻するぞ!」
弟――水瀬律が起こしに来た。ゆさゆさと肩を揺さぶりながら声をかけている。
それでも起きないので、布団を引きはがす。
「柚華!ほら、起きろ!!」
「んー……ん?はっ!おはよう律!今何時?!」
「8時」
「やばい!着替えなきゃ!起こしてくれてありがとう律!」
「はいはい、朝食は母さんが作ってくれたから」
「やったぁ!急ぐ!」
律の口から出た「朝食」の言葉に、完全に目が覚めたらしい。
一切無駄のない動きで着替えを済ませ、下の階のリビングへ向かう。
「おはようお母さん!」
「おはよう柚華、さっさと食べちゃいなさい」
「はーい!」
朝食は醤油のかかった目玉焼きひとつにウインナー2本、味噌汁とご飯に野菜ジュースである。
けっこうボリュームがあるが、柚華は時間がなくてもきっちりと食べる。
それなのに遅刻はしないのは、律が食べる時間を逆算して間に合うギリギリに起こしているからだろう。
律は既に食べ終わっている。
――――そう。この一連の流れは、水瀬家の毎朝の光景なのである。
ちなみに、父親はすでに出勤している。
かわいい娘に朝会うことができないのを寂しく思っているが、柚華は知らない。
「いってきまーす!」
「いってきます」
「いってらっしゃい、今日も頑張ってね」
優しい母親が毎日こうして見送って、「頑張ってね」と言ってくれる。
毎日中身の違うお弁当を作ってくれる。
それだけで、毎日今日も頑張ろう、と思えるのだ。
ふたりは、そんな優しい母親が大好きである。
もちろん、今も会社で頑張ってくれている父親も大好きだ。
「律、今日も頑張ろうね!」
「ああ」
ーーーーーーーーーー
学校に着いた。言っていなかったが、水瀬姉弟は二人ともがかなり美形である。
整った目鼻立ち、色素の薄いサラサラの髪。
二人ともスポーツが得意なだけあってほどよい筋肉がついているが無駄な肉のついていないすらりとしたスタイル。
姉は肩の下あたりまで伸ばした髪を下ろしている。
弟は襟足が首にちょっとかかるくらいの少し長めの髪だ。
セットしなくてもサラサラなので、たまに女の子に妬まれている。
そんな姉弟が毎朝ふたり一緒に登校してくるのだ、目立たないわけがない。
「おはよう、水瀬姉弟!」
「おはよう!」
「おはよう」
学校に着いた瞬間から、挨拶の声がひっきりなしだ。
柚華も律も、人見知りせず知らない子がいたら話しかけに行くタイプなので、友達が多いのだ。
「じゃあね、律!また放課後!」
「ああ」
柚華の教室の方が下駄箱から近いので、そこで別れる。
柚華は教室に入り、親友ふたりの姿を探す。
「あっ、おはよう、柚華!」
「おはよ!」
「おはよう、ふたりとも!」
朝のホームルームが始まるまでの時間、親友ふたりととりとめのないことを話しながら過ごすのが日常だ。
「昨日ね、テレビで―――」
「ホームルーム始めるぞー」
「あ、先生来た」
先生が来て、ホームルームが始まる。
基本的にホームルームは今日の予定の確認とか、提出物のお知らせとかなので、後で誰かに聞けば良いやーと右から左に聞き流す生徒が多い。
柚華もそのひとりだ。そのせいで、何度提出物を忘れそうになったことか。でも、直す気はさらさらないらしい。
「よーし、ホームルーム終わり!解散」
「1時間目数学だ~……寝ちゃう」
「寝たらダメでしょ、柚華……」
「この前のテスト赤点ギリギリだったんでしょ?」
「うぅっ!だって数学って難しいんだよ~」
「全くもう……次も勉強会やる?」
「やるー!!ありがとーー!!」
「しょーがないなー」
柚華は、数学が大の苦手のようだ。
もともと、勉強がそんなに好きではない上に内容も難しくなってきて、もうちんぷんかんぷんである。
そして、案の定数学の授業中に夢の世界に旅だった柚華は、数学の先生にたたき起こされることとなる。
「……水瀬。いい加減起きろ!」
「……ぅえっ?!起きてます!」
「嘘つけ、寝てただろう?」
「う……は、はい……。先生の声が子守唄に聞こえて……」
「はぁ……」
「す、すみません……」
「次からは気をつけろよー」
「分かりました!」
「……はぁ、全く。いつも返事だけは良いな……」
柚華のせいで先生は朝からお疲れ気味である。
反対に、朝から良く寝た柚華はとても元気だ。
柚華を毎回起こさなければならない先生が不憫でならない。
そんなことをしているうちに授業も終わり、お昼休みの時間である。
大好きな母親の作ってくれたお弁当を食べる時間は、柚華の至福のひとときである。
「あー、やっとお昼だぁー!」
「柚華はこのために学校来てるんだもんね?」
「その通り!あ~、おいし~!」
「柚華のお弁当、いつもかわいいし栄養とかのバランスも良くてすごいよね」
「うらやまし~」
「ふふん、お母さんは料理上手だからね!」
「何で柚華が自慢げなの……」
「柚華は?」
「う、最近お母さんに料理習ってるけど……」
「けど?」
「まだお母さんの味は出せないなぁ……。この美味しさはどうしたら出せるんだろう?」
「うーん、経験の差かな?」
「たぶんね~。だからもっと頑張る!」
「頑張れー」
「応援してる」
「上手くなったら柚華の手料理食べさせてね」
「もっちろん!」
楽しいお昼休みも終わり、午後の授業が始まる。
5時間目の授業は体育である。柚華の得意教科だ。
今日の体育はバスケのようだ。
特に小さい頃にやっていたというわけでもないのだが、持ち前の運動神経やセンスによってバスケ部の子たちと並んで活躍している。
運動神経の悪い子にとっては羨ましい限りである。
………あ、またレイアップシュートを決めた。
「おー、さっすが柚華」
「今日も活躍しておりますなー」
「柚華、ファイトー!」
「柚華ちゃん、いけー!」
「柚華ちゃん、かわいー!」
柚華は友達が多く、人気も高いため、応援の声も大きい。
………最後はちょっと違うような気もするけれど。
まぁでも、ひょいと跳んでパスカットをしたり、立ちふさがるディフェンス達をドリブルで次々に抜いていきシュートまで華麗に決める姿には、素直に感心するしかない。
「あー、今日も楽しかった!」
「お疲れさま」
「今日も柚華はかっこよかったよ」
「声援もいつものことながらすごかったしね~」
「ありがとう!ふたりもお疲れさま!」
「いやー、わたしらはテキトーにやってるからねー」
「そんなに疲れてない」
「も、もったいない……」
「柚華の活躍が見られれば満足だよ、うん」
「えぇー」
柚華は体育でたくさん動けて大満足のようだ。
けれど、体育に全力過ぎてその後の授業はうつらうつらとしてしまう。
6時間目など、ぽかぽかとひざしもあたたかく、お昼寝にちょうど良いのだ。
ぼーっとしている間に帰りのホームルームも終わり、みんな部活に行く準備をしたり、帰る準備をしたりしている。
「柚華、わたし今日部活だから行くね!」
「あ、わたしも今日部活だ!」
「あ、そーなんだ!頑張れー!」
「うん!じゃあね、柚華!」
「柚華、また明日ね~!」
「ばいばい、ふたりともまた明日ね!」
部活に行くふたりと別れ、柚華は帰りの支度をする。
今日は柚華の所属する陸上部は休みだし、遊ぶ予定もないので、早く帰ろうと思い、律に連絡する。
確か今日は律の入っている男子バスケ部も休みだったはずだ。
下駄箱にいる、と返事が来たので、下駄箱に向かうと、律が待っていた。
「今日は友達と遊ばないの?」
「律こそ」
「俺は今日友達と予定合わなかったから」
「私も今日は親友ふたりとも部活があるんだって」
「ふーん。じゃ帰ろうか」
「うん!」
ふたりで校門を出て、帰り道を歩く。
だんだんと日が長くなってきたので、4時はまだ昼のような明るさだ。
横断歩道をわたり、柚華と律の家のある住宅街に入る。
「ねぇ律、今日の夜ご飯は何かな?」
「んー……今日は朝母さん何も言ってなかったな……」
「そっか~、お母さんの料理は何でも美味しいから楽しみだな~」
「食べられないものないくせに」
「むぅ、それでもお母さんの料理は格別なの!」
「はいはい、まぁ分かるけどな」
「でしょ!」
そんな会話をしながらひとつ角を曲がったところで、突然、足元が虹色に光りだした。
姉弟は慌てて飛び退いたが、光は動きに合わせて動く。
何となくだが、円形で記号や文字のようなものがかかれているので、魔法陣ではないかと思う。
「え、な、なにこれ?!」
「うわぁっ!」
声をあげた次の瞬間、ひときわ強く輝いた光と共にふたりの姿は跡形もなく消え、あたりは何事もなかったかのように静まり返っていた。
こんにちは、fuluriです。
連載を始めるのはとても緊張するし、ちゃんと終わらせることができるかな?と不安もたくさんありますが、始めたからには最後まで、と思っています。
この小説を少しでも読んでくださった方、本当にありがとうございます!
これからもこまめに投稿出来るように頑張ります。
次は、女神との出会いです!