決断と告白
「出来ることなら、ラナは世界に出た方が良いんだろうね」
ライルはそうユリウスに言った。
検査もなんだかんだで最終段階まできていた。
あと二、三日もしたらライルは再び旅に出れるだろう。
「調律者として、か?」
「うん。この身体がいつまで持つかは分からないけれど……遺跡を回る役目を今度はラナがしなくてはいけないかもしれないからね」
「……………そうか…」
「あれ?結構悲しそうじゃないね?」
「覚悟はしていたから」
ユリウスは端末を動かす手を止めずに答える。
「俺は引き止めることは出来ないんだ」
「怖いから?」
「……………あぁ…貴方は視えているんだったな」
「うん」
ライルは遠く目を細める。
「あの子はね…ラナの姉的な存在だったんだよ」
「……………………え?」
「次の後継者が一人だけな訳ないじゃないか。何人かラナのような後継者はいたよ。でも、皆適応出来なくて死んだ。残ったのはラナと……その姉的存在の〝ラミア〟だけ」
「……………っ…⁉︎」
その名前に、ユリウスの顔は蒼白になった。
唇を血が滲む程に噛み締めて……泣くのを堪える。
「悲しまなくて良いよ。我々に取って死ぬことは何か意味がある訳ではないから。たまたま、正統後継者として不確定ながらも未来が視えていたラミアはその未来を選択しただけなんだ」
「……………」
「どうして急にって思ってる?それはそうだよ。だって……君とラナの未来はこのぼくにも視えないんだから」
「………………え?」
ユリウスは困惑した顔で彼を見た。
彼も困ったように苦笑していて。
「初めて、だよ。未確定、不安定……白い靄が掛かってる。だから……賭けてみたいんだ。君達の未来がどうなるのか?」
「………………」
「血の繋がりがなくったって父親には変わりない。お父さん、バッドエンドは認めないよ?ユリウス君」
サラリと爆弾を落とした人はかなり楽しそうで。
ユリウスは小さく溜息を漏らした……。
*****
「…………随分と静かになったね」
ラナは朝食中の空席を見て、小さく呟く。
マルク…清水はやることがあるからと、エヴァノヴァはこの時期はお墓参りがあるらしく三人揃って休暇中だ。
残るのはユリウスとレオン、ライルにラナの四人だった。
「まぁ、そういう日もあるだろ」
ユリウスはそう言ってスープを口に運ぶ。
どこか調子が良いように見えないのは、気の所為ではないと思う。
「ユリウス、抜けた三人分の仕事はどう分ける?」
「…………お前は自分の部署だけで良いよ」
「え⁉︎そんなの、忙しくないか⁉︎」
「大丈夫だ」
「…………………」
最近はユリウスの我儘を聞かなくなった気がする。
いや、やると言ったら言うことを聞かないのは確かなのだが…どことなく、上の空だった。
「…………」
でも、自分は何かをしてあげることは出来ない。
(…………話してくれなきゃ…なんて言って良いのかも分からないよ……)
ラナがユリウスを見つめると、彼はこちらに気づいて「あぁ…そうだ…」と呟く。
「ライルさんの検査はあと二、三にで終わる。ラナも準備をしておくと良い」
「……………え…?」
「ついて行くんだろう?」
言葉を失くした。
ついて行くと決めたのは自分だ。なのに……彼に言われると泣きそうなくらいに胸が苦しくなった。
「……………うん…」
絞り出すようなか細い声で頷く。
ユリウスは穏やかに微笑みながら、続ける。
「短い間だったが、良く働いてくれたな。ありがとう」
「…………………っ…」
不穏な空気を悟ったらしいレオンが明るい声で言う。
「まぁ‼︎まだ少し時間はあるんだから、労いの言葉はラナ達が旅立つ時でいいだろ〜‼︎」
「あぁ…そうだな。俺も早く旅立てるように検査を早めるよ」
それを聞いたライルは眉を潜める。
「ユリウス君には迷惑を掛けているからね。ゆっくりでも大丈夫だよ?」
「いや、大丈夫だ。これ以上、ここに引き止めていたら申し訳ないからな」
決断したのに…終わりが見えていることが悲しくて、ラナはどうしてこんな気持ちになるのか分からなかった。
(ちゃんと……決めたはずなのに…。)
食事後、ラナは一人で食器洗いをしていた。
呆然としながら、仕事の手を止めることなく食器を洗う。
「……………ラナ」
気づくと隣にライルが立っていた。
ラナは弱々しい笑顔を向ける。
「………あ…お父さん……どうしたの?」
「ラナは本当にこれで良いの?」
「………………え…?」
「後悔しない?」
「………………何を…」
ライルは悲しそうに顔を歪める。
「君達は似た者同士だね…本音を言い合えない、子供だ」
「…………………」
「なら、仕方ないね。これは父親のお節介だ」
ライルがそう呟くと、指をパチンッと鳴らした。
すると、ラナの足元に真っ黒な穴が現れる。
「なっ⁉︎」
「二人で話しておいで」
「お父さんっ……⁉︎」
ラナは落ち行く中…笑顔で手を振るライルの姿を見た……。
*****
「………………ん…」
目を開けると、そこは小さな森だった。
見たことがない…場所。
「…………ここは…」
『ラミアー‼︎早く来てよ‼︎』
『走ると危ないですよ、坊ちゃん‼︎』
森の小道の向こうから一人の男の子が走って来る。
銀の髪と瞳…幼くてもそれがユリウスだと分かった。
「………ユーリ…?」
ユリウスの後ろから追い掛けて来るのは、ラナに似たメイド姿の女性。
その人を、ラナは知っていた。
「……お姉ちゃん…⁉︎」
彼女はラナの姉…ラミアだった。
楽しそうに走るユリウスはラナに気づかずに、目の前を通り過ぎて行く。
ラミアも気づかない。
「…………これは…誰かの…記憶……?」
まるで誰かの記憶を体験しているような…感覚だった。
『もう…坊ちゃんったら。ご家族でのご公務を拒否なさって森へ遊びに来るんですから……』
『僕、面倒なこと嫌いだもーん‼︎でも、本当は公務について行く筈だったラミアがいてくれるから楽しいよ‼︎』
『あんなに引き止められたら残りますわよ』
楽しそうな二人を…ラナは呆然と見つめる。
次の瞬間ー……ジリッ……。
パァンッ‼︎
「⁉︎」
映像が無理矢理、早送りにされたようた揺らいで銃声が響いた。
『わぁっ⁉︎』
その音に反応して、森が騒がしくなる。
すると、二人の周りに黒いマントを被った集団が現れた。
『国王の息子だなっ……貴様を人質にさせてもらう‼︎』
『……なっ…‼︎』
『そうはさせませんっ‼︎』
ラミアが次々と敵を倒していくが……多勢に無勢。
どんどん押されていて……。
「お姉ちゃんっ‼︎」
ラナが助けようと手を伸ばしても、それに触れることさえ出来ない。
『ラミアっ……‼︎』
ユリウスが駆け寄ろうとしたその時。
『もらった…‼︎』
『坊ちゃんっ……‼︎』
幼い彼に向けられた凶弾。
………ジリッ……。
また、映像が揺らぐ。
そこにはユリウスを守るように…凶弾から防ぐようにラミアは手を広げていた。
「『………っ…‼︎』」
目の前で……大切な人が倒れていく。
それを見ていることしか出来ない。
『ウァァァァァァァァァァァァァァァァアっ⁉︎』
絶叫した彼の背中に大きな翼が生える。
その翼から放たれた羽が、刃となり黒マントの集団を貫く。
………ジリッ……。
惨たらしいその場所に、血塗れになったラミアと側で泣くユリウスの姿があった。
「………………あぁ……俺も人間じゃなかったんだな…」
振り向くとそこにはいつもの姿のユリウスがいた。
今までの世界がセピア色になって消えていく。
残された暗い空間で二人、向き合っていた。
「………ユーリ……」
「………あの日…ラミアを引き止めなかったら…」
「………え?」
「ラミアは死ななかったと思うんだ」
虚ろな瞳で呟くユリウスは…どこか危なげな雰囲気を出していた。
「俺は何も望まない。誰も引き止めない。ただ、そこにいるだけ。居場所を作っとくなんて…ただの自己満足なんだ」
「……………」
「そう言えば、帰って来たとしても本人の意思だ…と責任転嫁していただけなんだ」
ラナは一歩…また一歩と近づいて行く。
目の前にいる彼が……先程見た幼い頃と重なって見えた。
「怖いんだ。引き止めてしまうことで、またヤなことが起こるんじゃないかって。ラナを引き止めたって、俺の所為でラミアみたいなことになるんじゃないかって」
「………………泣かないで……」
「……泣いてないよ。泣く資格なんてない……俺は……俺は……」
子供みたいに怖がるこの人の…側にいたい。
支えてあげたい。
今まで考えないようにしていた…本当の気持ちが溢れそうになる。
「………俺が…死ねば良かったのに……」
「っっっ‼︎」
ドスッ……‼︎
「うぐっ⁉︎」
思わずラナは彼の腹に正拳突きしていた。
呻き声を上げて、吹っ飛んだユリウスを見てラナはハッと我に返る。
「ごめんっ…ユーリっ‼︎死なないでっ…‼︎」
「………うぐぅぅうっ……いてぇ……」
腹を抱えるユリウスは、取り敢えず無事そうだった。
多分、骨は折れてない筈。
多分…内出血は起きてるだろうけど。
自分が殺し掛けた罪悪感と戦いながら、ラナは無責任に責任転嫁した。
「……ユッ…ユーリが悪いんだからねっ⁉︎俺が死ねば良かったのになんて言うからっ…」
「…だっ…だからって正拳突きって……‼︎」
「我儘マイペース、他人の意見を聞かないユーリはどこへ行ったのっ‼︎」
「………⁉︎」
ラナはユリウスの側にしゃがみ込みながら、叫ぶ。
その眼には涙が浮かんでいた。
「………私は…死んだりしない…だから…いつもみたいに…こっちのことなんか考えないで……側にいろって言えば良いの……」
「………………」
「って言うか、ユーリはぜんっぜん我儘言わなくなったしっ‼︎マイペースじゃなくなったしっ‼︎あのエラそーなユーリはどうしたのっ⁉︎」
「はぁっ⁉︎」
何を言ってるかなんて、ラナにだって分からない。
でも、最初の時みたいに…悪戯っ子みたいに、笑ってれば良い。
苛立ちもしたけど……こんな風にさせるよりは全然良い。
「…………側にいろって…言ってよ……貴方が望むなら…私は貴方の側にいるから……」
「……………」
「って言うか…私が強いことはあの《地獄回廊》で理解済みでしょう?そう簡単に消えないわよ」
ムスッとしながら、ユリウスの顔面スレスレを殴る。
謎の空間なのに、バキッ…とヤバい音がした。
「………………は…ははっ……」
彼が困ったような笑みを浮かべる。
そして…とうとう決壊したように大笑いし出した。
「あははははっ‼︎お前、サイッコーだ…‼︎」
「………⁉︎」
「何その殺し文句……あははっ…あー…もう……敵わないなぁ……」
苦笑したユリウスは呻きながら起き上がる。
その目尻には…涙が浮かんでいて。
「側にいろ。拒否権は無し。お前は俺のメイド。以上」
柔らかく笑うユリウスに…ラナも笑い返す。
「………………うん……私は貴方のメイドだから…側にいる」
互いに微笑み合って……ユリウスが手を伸ばす。
ラナの頬に触れそうになった瞬間、「あ…でも…」とユリウスは呟いた。
「メイドだと手出し出来ないから恋人でもあってくれ」
「………………………は…?」
その言葉にラナは固まった。
(…………今…なんて……)
真剣な顔で頷くユリウスは、冗談を言ってる風でもなくて…ラナは本気で硬直する。
「流石に主人がメイドに手を出すのはアウトだろ。メイドでも恋人なら問題無い」
「……………えっ…ちょっ……」
「拒否権無しな。好きじゃなくてもこれから好きになってくれれば良い。うん、それが良い」
「こっちの意見は無視っ⁉︎」
ユリウスは不思議そうにしながら、ラナを押し倒す。
上から見つめられて、ラナは顔を赤くした。
「我儘マイペースでいろと言ったのはお前だぞ?だから……言う通りにしようと思って」
「ちょっと……こんな風になるなんて聞いてな……」
「もう煩い」
ラナの抗議は彼の唇に封じられる。
初めてのキスがこんな謎な展開、空間なんて…ムードも何も無いな……と思いつつも、これが自分達らしいか、と彼女は苦笑する。
「多分……あの《地獄回廊》で会った時から好きだ、ラナ」
ちょっと普通じゃ無いのを公開した時から好きだなんて…物好きだと思った。
「…………あんな時から好きなんて…変なの……」
「まぁ、一目惚れだ。どんな時だろうと関係無いよ、相手がお前なら」
なら、答えなくちゃいけない。
きっと……この胸の中にある感情は、メイドだからだけじゃ無い。
一人の女としての感情もあるのだから。
「……多分…私もあの瞬間から好きよ……ユーリ」
「………ふっ…お前も充分、変だ」
「意地悪」
唇を重ねて、想いを重ねる。
もう少ししたら…この空間から抜け出す話をしよう。
多分…ライルが仕向けたものだから……本人がどこかでこの状況を見ている気がしたけれど。




