翻弄する父親とレオンの姿
(メイドを…辞めるか……)
静かな夜ー…。
ラナは自室の窓から空に浮かぶ欠けた月を見つめていた。
「…………はぁ…」
父が帰って来たらメイドを辞める…それは当たり前のことだったのに……ずっとこの時間が続くと思っていた。
気づいたら…この場所の居心地が良くなっていた。
「………ちゃんと…分かってたのになぁ…」
何かしらの波乱はあったけれど…楽しくて。
ここの人達の元気に飲まれて笑って。
それがもう終わりとなると……なんとも言えない寂寥が胸に満ちる。
「………どうすれば…いいのかな…」
ラナは一人、静かに目を閉じた。
*****
その日は…とうとう訪れた。
ラナが一人思案していた日から数日、《銀翼館》を訪れた一人の男性がいた。
「すみません、こちらにラナ•グレイスがいると聞いたのですが?」
受付にいる男の役人に爽やかな笑みで問う彼は二十代前半ぐらいの容姿で…灰色の髪と瞳を持ち、ラナによく似ていた。
「失礼ですが…貴方は?」
「あぁ…ラナ•グレイスの家族です」
ニコリと微笑んで答えると、同性である役人でさえ顔を真っ赤にして駆けて行く。
暫くしてラナがやって来ると…そこにいた人物を見て、目を見開いた。
「おっ……」
「お、ラナ‼︎」
「お父さんっ⁉︎」
「たっだいま〜‼︎」
そう…その人こそラナの父親…ライル•グレイスだった……。
『………………』
住居館の広間で、幹部達は目の前に座るライルを見つめる。
「えっと…こちら父親のライル•グレイスです」
「初めまして。ラナがお世話になっております」
ニコリと微笑むライルは、ラナの父親とは思えない程に若くて。
ユリウスは楽しそうに彼に聞いた。
「特殊体質か何かなのか?」
「何がですか?」
「その若い身体だ」
「あー……どうなんですかね?」
「……………実験したいとか思ってないわよね?ユーリ…」
「………………」
「目を逸らさないで下さい、ユリウス様」
マルクが突っ込みを入れる。
確かに…昔から父は外見だけは若々しい。
「実験はともかく…取り敢えず、検査は必須だな」
ユリウスはワザとらしく話を変える。
人外に囚われていたのだから、精密検査を行うべきらしい。
それにライルは反論せず……直ぐに発つかと思っていたが、数日間は猶予が伸びた。
早速、ユリウス、双子、ライルの四人は検査のために退室する。
残されたラナとレオン、マルクはその場で黙った。
「ラナ」
「………ん…?」
「どうしたの?」
初めに口を開いたのはレオンだった。
心配そうな顔で聞いてくる彼に…ラナは乾いた笑みを浮かべた。
「………なんでもないよ…」
「嘘ですね。分かりやすい顔してます」
「………………」
ラナは落ち込んだ顔で苦笑すると、口を開いた。
「元々…メイドの仕事はお父さんが帰って来るまでだったから」
「そうなの?」
「うん。だから……」
「メイドを辞めることで悩んでるんですか?」
「………………」
ラナは考え込むように黙り込む。
暫くして…ゆっくりと首を振った。
「…………お父さんと一緒に……行こうと思ってるよ…でも……」
「ラナ」
レオンに呼ばれてそちらを向くと…彼は限りなく優しく…真剣な顔をしていた。
「ラナが後悔しない道を選んだ方がいいよ」
「………………え?」
「親を取るか、友を取るか……まぁ、友と言えるかどうかだけどね。でも、決めるのは結局ラナなんだ」
レオンの言葉はとても重みを帯びていて。
マルクも口を挟まずにそれを聞いていた。
「…………レオンも…選択したの…?」
「……………」
ラナの質問にレオンは儚い笑みを浮かべた。
「あの時…違う選択をしていたなら……そう思ったって過去は変わらない。後悔してるか…と言われたらオレは後悔してるんだろうね。だから…ラナには後悔しない道を選んで欲しいと思うよ」
そうとだけ言うと、レオンは「ごめん」と言って立ち去る。
残されたラナとマルクはその後ろ姿を見つめていた。
「…………レオンは…一体…何を選択したの……?」
ラナの呟きにマルクは険しい顔をする。
「………自分が言うのは…間違いだと思いますが……レオンは自分が選んだ選択の所為で生き残ったことを後悔している」
「………生き残った…?」
「これ以上は何も言えません。直接聞いてください」
マルクも「失礼します」と言って部屋から出て行く。
残されたラナはこれからのことを考えて…顔を歪ませる。
そして……レオンが言っていた選択の本当の意味が分かるのは…その日の夜のことだったー……。
*****
夕飯の時間になっても現れないレオンに、皆が不思議に思った頃…ラナが代表してレオンの部屋に訪れていた。
「レオン?」
部屋をノックしながら、声を掛けるが…返事はない。
扉の向こうに何かの気配がするから…いるとは思うのだが……。
(……もしかして…体調が悪いのかな…?)
ラナが不安に思いながら、取手に手を掛けたら……鍵が掛かっていなかったようで、簡単に開いた。
「………レオン…?」
「…………ラナ……⁉︎」
「…………えっ…⁉︎」
ラナはその先の光景に目を見開く。
そこにいたのは……茶色い毛並みを靡かせる……大きな狼だった。
先程の声が聞き間違えじゃなければ…その声はその狼が発していた。
そして……その声は…紛うことないレオンの声だった。
「………まさか…レオン…なの……?」
「…………っ…‼︎」
動揺を隠せない狼姿のレオンはじりじりと後退していく。
幹部達はこのことを知っているのか。
「………あーぁ……見られちゃった…オレの本当の姿……」
「………本当の…姿…⁉︎」
レオンが悲しそうに眉を顰めたのが分かった。
ラナは言葉を失くして…その続きを待つ。
「ラナにも話そうか……オレが選んだ選択の話を」
そうして……レオンの選択した時の…過去の話が始まるー………。