次なる波乱
『いやぁ…今回は人間風情に助けられたぜ』
ゲルダーがニタニタと笑いながら、足元に正座した子供姿のエルカルデの頭を叩く。
あの後……ゲルダーは子供姿で翼を出したままにしたエルカルデの首根っこを掴んだまま戻って来た。叩きのめして、人の姿を維持出来なくなったらしい。
そんなこんなで…《銀翼館》の応接間のソファに座った悪魔と対面するように、ラナとユリウスは向かいのソファに座ってその光景を見ていた。
「いや、こちらも助けて頂いたからな。利害の一致だ」
ユリウスは悪魔相手に引く気配もなく、悠然と構えている。
『まぁ、その女の父親は解放したらしいから安心しろよ』
ゲルダーはケラケラ笑いながら、ラナを見つめる。
ラナは静かに頭を下げた。
「………ありがとう…ございます…」
「その後、エルカルデとはどうするの?」
ラナが子供姿で正座するエルカルデを見て聞く。
『取り敢えず…遺跡に一緒に暮らすわ』
「はいっ⁉︎」
『そもそもの話…女が女を花嫁にしよーとしてんじゃねーよ、バカ天使』
「女っ⁉︎」
ゲルダーの言葉に二人は思いっきり狼狽する。
エルカルデはギリッと睨みつけた。
『僕は男だよっ‼︎』
『嘘つけ。オレ達に性別は関係ないだろ。つーか、天使は女寄りの悪魔は男寄りの身体つきだろーが』
『うぐっ……‼︎』
「ちょっと待って……」
ラナはプルプルと震えながら…天使と悪魔を見つめる。
「何……?私…女の人の…嫁になりそうだったの……?」
『僕は男だっ……』
『はいはい、黙れよー』
ラナの側でユリウスが口元を押さえる。しかし……それは我慢し切れずに……。
「………あははははははははははははははははっ……‼︎」」
「わ〜ら〜う〜なぁぁぁぁぁぁあっ‼︎」
『取り敢えず…まぁ、全ては丸く収まった感じだよな。んじゃ…オレらはこれで』
ゲルダーはエルカルデを担ぎ上げると窓を開けて足を掛ける。
『ありがとなぁ〜』
『い〜や〜だぁぁぁぁぁあっ‼︎』
そう言って笑いながら彼は空に羽ばたいて行く…。
「……………なんか…嵐のようだったなぁ〜…」
「もう来なくていいわ…」
ユリウスがクスクス笑いながらそう言う。
ラナは疲れたようにソファに深く腰掛ける。
「お疲れさん」
「うん……」
彼が優しく頭を撫でてくれて……ラナはそれを静かに受け入れた。
でも…ユリウスの顔は晴れないもので。ラナは首を傾げる。
「どうしたの?」
「…………ん…」
言いにくそうに口をモゴモゴさせてから…意を決したように口を開く。
「……………親父さんが帰って来るなら…ラナはメイドを辞めるのか?」
「………………………ぁ…」
初めからそういうつもりだった。
父が帰ってくるまで、一人で暮らしていけるために仕事をしていた。
だが…その父が帰ってくるなら、もうこの仕事を続ける理由もない。
「………そう…だね…」
二人の間に気まずい沈黙が漂う。
何かを言わなくてはいけないと思いながらも、〝何か〟を壊してしまうのが怖かった。
互いに口を聞こうとしたその瞬間ー。
トントン……部屋の扉をノックする音が響く。
ユリウスが返事をすると…そこに現れたのはいつものピンクのフリルエプロンに身を包んだマルクだった。
「ここにいましたか、ラナさん」
「………どうかした…?」
「夕飯で買ってきて欲しい材料があるんです」
「………えっと…」
ラナがユリウスを見ると、彼は少し弱々しく笑った。
「行っておいでよ」
ラナは頷いて、マルクと共に部屋を後にする。
隣で並んで歩くマルクは落ち込み気味のラナの様子に怪訝な顔をした。
「どうかしました?」
「……………ううん…」
答えようとしないラナにそれ以上聞くのは無駄と判断したのか、彼は本件を話す。
「今日は双子が〝魚の甘露煮〟をリクエストしたんです。なので、夕飯の材料を買ってくるがてら魚も買ってきて欲しいんですよ」
「うん……」
「一応、双子も一緒に行くらしいので。荷物持ちは安心を」
「……うん………」
生返事を繰り返すラナに、マルクは益々不安気な顔になる。
「本当に大丈夫ですか?」
「………………大丈夫だよ…」
困ったように笑うラナに、マルクは何かを言いたそうにして……口を閉ざす。
少しずつ《銀翼館》にいる人々の関係性は……カタチを変え始めていた……。
*****
右にエヴァ。左にノヴァ。
双子に挟まれながら、ラナは市場を回る。
「いやぁ〜ラナとお買い物なんて楽しいなぁ‼︎」
「………………うん…だね?」
「……………」
双子が何かを話していても、ラナは心ここに在らずの状態で聞き流していた。
先程から頭の中で渦巻くのは、仕事を辞めることについて。
それはつまり……《銀翼館》の皆と……ユリウスと別れるということで。
「………………ラナ…大丈夫…?」
ノヴァの心配そうな声に、ハッとして首を振った。
「大丈夫だよ…ごめん…」
今日は色んな人に大丈夫かと聞かれている。
気をしっかりしなくてはいけないと思っていても、落ち着かなかった。
「……………エヴァ…ノヴァ……?」
「「…………………え…?」」
その時、唐突に聞こえた声に双子が反応する。
目の前には……双子をより大人にしたかとような男性が目を丸くして立っていた。
その姿に……双子の顔に動揺が浮かぶ。
「あっ……あんたはっ…」
「…………なんで…」
震える声でそう呟く二人は……憎んでいるようで、悲しんでいるようで…複雑な瞳の色をしていた。
彼の顔も…凄まじく険しいものになって。
「……………ごめー…」
「謝ろうとしないでくれっっっ‼︎」
「………謝っても…何も変わらない」
男の謝罪を二人は即座に切り捨てた。
冷たいような……憐れむような瞳で、彼を見つめる。
「…………その…」
「行こう、ラナ」
「えっ⁉︎」
「…………行こう…」
手を引かれてその男の元から去る。
姿が見えなくなった頃、ラナは二人に聞いた。
「さっきの人は……」
「おれ達の父親」
「ええっ⁉︎」
「…………縁は…切れてる……」
ラナは一体どういうことかと、疑問を浮かべる。
その顔は二人に取って、ラナが先程の男性のことを〝気になっている〟と感じさせたようだ。
二人は立ち止まると……困ったように笑った。
「…………あいつに…会ったんなら……話さないと……ラナは…気になるよね……」
「……………無理には…」
「顔、分かりやすいよ?ラナ」
人混みから少し離れた川沿いにある草原の上に三人で座り……彼らは語り始める。
彼ら……エヴァとノヴァ……双子の出生の秘密をー……。




