天使に刃向かう者達
賑やかな音が響く街。明日はとうとう《銀翼祭》だった。
しかし……ラナは寝室で眠りについていた。
「………………起きて、ラナ」
夜の深い時間帯……誰かに身体を揺すられて目を覚ます。
ゆっくりと目を開けると、そこには…綺麗な青年がいた。
白銀色の髪が煌めいて、白銀色の瞳が優しくこちらを見つめる。
そう……彼は……。
「ラナ」
響く声音はとても甘くて。
ラナはゆっくりと微笑む。
「………エル君…」
一週間前の幼い子供の姿ではない。
今は完全に一人の青年となっていた。
エルは甘い笑みを浮かべながら、掠れた声で囁く。
「迎えに来たよ」
「……………うん…」
「綺麗な白銀に染まったね」
優しく髪を撫でられながら、ラナは頷く。
白銀色に染まった髪はエルと同じ色。
どうしてこの色に染まったのかという理由は分からなかったけれど、気にすることではない。
「早く行こうか。僕達の家に」
「うん……」
ラナは朦朧とした瞳で彼に手を伸ばす。
エルも手を伸ばして重ねようとした瞬間ー……。
『ラナっ‼︎』
幹部達がラナの部屋に押し入る。
エヴァとノヴァが片手に銃を構えて、エルに銃口を向ける。
「…………「ラナから離れろっ‼︎」」
銃弾を放とうとした瞬間、部屋に暴風が吹く。
皆が余りの風の強さに目を逸らすと…エルは窓の近辺に立っていた。
「……………お前は……」
ユリウスが彼の白銀色の髪と瞳を見る。
その顔は…凄まじく険しい顔だった。
「…………あぁ…〝あいつの子孫〟か……」
「…………とういうことは…貴方は…」
「生憎…君達が何を言おうが…僕はこの子を逃す気はない。明日は《銀翼祭》……ラナはもらって行くよ」
「それはダメだ」
ユリウスがハッキリと断る。
エルは険しい顔で…首を傾げる。
「何故?君が決めることじゃないだろう?」
「ラナは俺達のメイドだ。勝手に連れて行かれたら困る」
「まぁ、メイド以前にラナはオレ達《銀翼館》の仲間だしなぁ」
「仕事的事情もありますから、勝手に連れて行かないで欲しいものです」
ユリウスに賛同するようにレオンとマルクも言葉を繋げる。
エルは苦笑しながら目を細める。
「横暴だなぁ。メイドなんてそこかしこにいる。ラナに執着する必要はないだろう?」
「そっちこそラナに執着する必要はないだろう」
ユリウスの言葉に、エルの顔が真剣なものになる。
「あるよ」
本気を帯びたその声に、幹部達が目を見開く。
「ラナは僕のものだ。契約破棄は許されない」
「……………契約…?」
「そう……だから、ラナは僕の元に来る運命なんだよ」
エルはそう答えると柔らかな笑みを浮かべて、ラナを見つめる。
「明日…また迎えに来るよ、僕の花嫁」
「………エル…君…」
「またね」
再び容赦ない暴風が部屋に吹き荒れる。
暴風が落ち着いた頃には…そこにエルの姿はなかった。
「………厄介なことになりましたね…」
「これからどうすんだ?」
「取り敢えずは…ラナに掛かってる魔法を解く」
マルクとレオンに答えたユリウスは、ラナの両頬を両手で包んで、瞳と瞳を合わせた。
虚ろなラナの瞳。
ユリウスは苦虫を噛み潰したように険しい顔で…彼女を見つめる。
「《目覚めの力よ、惑われし魂を導き給え》」
ユリウスが魔法の言語を紡ぐ。
その言葉は光の粒子になってラナの身体に染み込んだ。
徐々に光を宿し始めるラナの瞳。
「…………ユー……リ………?」
「………おはよう…ラナ…」
「………あれ…私……寝てたんじゃ……?」
彼女の様子に他の四人は怪訝そうな顔をする。
ユリウスは全員を見渡すと、口を開いた。
「………一度…全員で話をしよう」
広間に集まった六人は、険しい顔で向き合っていた。
「さて…まずはラナにここ、《銀翼館》の真の存在理由を教えなくちゃいけないな」
ユリウスがそう口を開く。それに、ラナは静かに頷いた。
「《銀翼館》の本当の仕事は……ある遺跡の管理なんだ」
「………ある…遺跡…?」
「正確にはその遺跡に住むとある〝人物〟と言った方が良いかな」
「人が住んでるのっ⁉︎」
思わず突っ込んだラナに「違うぞ〜」とレオンが言う。
「住んでいるのは〝エルカルデ〟だ」
「………………は?」
レオンの言葉にラナは呆然の口を開く。
〝エルカルデ〟…この国の王族を守護した天使の名前。
「…………え…フィクションじゃないの…?」
「それがフィクションじゃないですよ。エルカルデが存在します。我々、《銀翼館》幹部達の真の仕事は…彼の管理をすることです」
「……………」
ラナはもう既に頭がついていかない。
頭を抱えながら、その話を聞いていた。
「エルカルデは無償で何かをしてくれる天使という訳じゃないんだよ。契約には必ず代償がつくんだ。その契約の代償で…ラナは連れて行かれそうになってるんだよね」
「でも、私は契約なんて交わしたことなんてないよっ⁉︎なんで連れて行かれなきゃいけないのっ⁉︎」
「…………その…白銀色の…髪……関係…あるよね…?……ある意味…マーキング…?」
エヴァとノヴァがラナの白銀色の髪を見つめる。
それに彼女は言葉を失くした。
それに追い打ちを掛けるようにユリウスが続ける。
「それに…ラナには洗脳魔法も掛かっていた。先程までラナ自身の意思があったかも怪しいし…エルカルデの言葉に違和感を感じなかっただろう」
「えっ⁉︎」
「その顔は本当に意識がなかった感じか」
ラナは「うぐっ…」と唸る。
「…………なんで……洗脳されてまで……連れて行かれなきゃいけないの………」
ラナは顔を顰めながら小さく呟く。
エル…エルカルデと会ったのは一週間前が初めてだ。
なのに、契約も何としたことはない。
(どうして……。)
「それ以前に…彼が《銀翼祭》前に遺跡から出ていることもおかしいです」
「……そうなの?」
「エルカルデは年に一回、《銀翼祭》の日だけ外に出るんだよ。かつての契約により年に一回しか外に出れないことになってるらしいよ。だから…《銀翼祭》の日じゃないのにエルカルデが外に出てるのはおかしいんだ」
マルクとエヴァがそう言うと、レオンが「もしかして…」と呟く。
「誰かが遺跡に侵入して契約をなしたから…この契約を成し遂げる間は年に一回という制約がないとか?」
「………………あ。」
ラナがハッとしながら口を押さえる。その顔がみるみる蒼白になっていった。
「…………何か……あるの……?」
ノヴァが首を傾げながら問う。彼女は遠い目をしながら…もごもごと呟いた。
「………その……父親が……」
「父親?」
「……………………」
ラナは苦面しながら、意を決した顔立ちで拳を握り締める。
「…………私の父親は…トレジャーハンターなの」
『………は?』
「……その…ここに来たのが……この付近にある遺跡探検で………」
『………………………』
全員がその場に固まる。
凄まじく気まずい沈黙が漂い……誰も口を開こうとしない。
「…………もしかして……ラナ父がエルカルデに会って…契約を交わし…ラナを代償に請求した…と?」
『…………………』
ユリウスが適当に仮定を立てる。
それがなんだか正解のような気がして…全員が渋顔になった。
「………あのロクでなしめっ……‼︎何やらかしたんだっ……‼︎」
「ラナ、落ち着けって〜」
荒れるラナをレオンが宥める。
ユリウスも大きな溜息を漏らすと、静かで冷たい顔になった。
「仕方ない……この案件は全員で当たるぞ。マルク、状況整理」
「はい」
ユリウスが端末を取り出し、操作をすると一人一人の前に画面が現れる。
「一、エルカルデは何かしらの契約によりラナさんを連れて行こうとしている。二、ラナさんは連れて行かれたくない。三、契約主は多分ラナさんのお父上。四、エルカルデは何かしらの接触を図るだろう。五、なんとか契約を破棄させる…つまり、ラナさんをエルカルデに連れて行かれないようにする」
「…これも全て…ラナがエルカルデについて行きたくない……花嫁になりたくないってのを前提にしてるんだが……それでいいか?」
ユリウスがそう言ってラナを見つめる。
彼女は真面目な顔で頷いた。
「花嫁なんかになりたい訳がない」
「……なら…やることは一つだ」
ユリウスが指を指して、不敵に微笑む。
「神だろうか天使だろうが…ラナを死守する」
こうして……天使対策死守作戦が開始されたのだったー……。