変化〜少しずつ変わり始める〜
幕間のようなものです
異変が起きたのはラナがエルに出会って翌日のことだった……。
「…………なぁ、ラナ」
「なぁに」
朝食の給仕をしていたラナは、ユリウスに声を掛けられて振り返る。
「……なんか…お前の髪、銀色が混じってきてないか……?」
「………………え?」
ユリウスに言われて、前髪を摘んで見る。
いつもと余り変わりがないように見えた。
しかし、他の幹部達もラナの髪を見て首を傾げる。
「うーん…元々が灰色だから…銀色が混じってきてるって言っても……」
「……………でも…言われれば……?」
「大丈夫かよ、ラナ‼︎ストレス⁉︎マルクの所為⁉︎」
「何故に僕の所為にするんですかっ‼︎」
ギャーギャー言い合っているが…ラナは軽く肩を竦めた。
「……きっと若白髪ってやつだよ」
「大変なら、少しぐらい手を抜いてもいいんだぞ?」
優しいユリウスの言葉に皆が頷く。
それに首を振ったのはラナ本人だった。
「大丈夫、仕事だもの。それに結構身体は頑丈なのよ?」
ラナはそう言って給仕に戻る。
しかし…ユリウスはそれを心配そうに見つめていて……。
それが異変の始まりであることに、皆は気づいていなかったー。
「やぁ、ラナ」
「………………え?」
幹部達が仕事で本館に向かった後…廊下の掃除をしていたラナに声を掛ける一人の男の子がいた。
「………エル…君…?」
「そうだよ?」
そこにいるのは昨日出会ったエルであるはずなのに…その姿は昨日と違う。
五歳児ぐらいの姿だったエルは…見るからに十歳以上の姿になっている。
ラナは意味が分からなくて瞬きを繰り返す。
「……なんで…」
普通、一夜でそんなに急成長をするものではない。
エルが普通の人間ではないことは、それで一目瞭然だった。
「なんで…と聞かれたら、僕がそういう存在だからとしか言えなんだけどね」
達観したような笑みを浮かべるエルはラナに近づき、その手を取って甲にキスをする。
「なっ…⁉︎」
ラナは狼狽する。
エルはそんな彼女に優しく微笑む。
「この世界には人が知らないだけで…未知なるものは沢山あるんだよ。ユリウス君が使ってる魔法も…未知なるものだよね」
「………………‼︎」
「だから…僕もそういうものだと認識してくれればいい。確かにここにはいるのだから」
エルの言葉は…まるで染み込むようにラナを納得させる。
いや、まるで一種の洗脳のようでもあって……。
「ラナ…いいかい?僕のことは誰にも言ってはいけないよ」
「………何故…?」
「ふふっ…二人の秘密という方が楽しいだろう?」
見た目は歳下なのに…言葉の端々に垣間見えるのは歳上のようで。
ラナの思考は…エルの言葉に奪われていく。
「……そうね……」
「君の話を聞かせてくれないか?」
エルが囁くように呟く。
ラナは少しぼーっとしながら、首を傾げる。
「私の…話……?」
「そう…どこで生まれて、どう生きてきて、どうしてここにいるのか。ラナのことを知りたいんだよ」
「………私は……」
ふとエルが険しい顔で廊下の先を見る。
そして…明らか様な落胆の溜息を吐くと、肩を竦めた。
「残念…続きはまた明日だね」
「……………え…?」
「人が来る。まぁ……これから沢山の時間があるんだ。これから沢山、知っていこう」
エルはそう言ってラナに抱きつく。
愛おしい人を抱き締めるような抱き方に…ラナは目を見開く。
「さぁ……目を閉じて、ラナ」
その声を聞いた瞬間…凄まじい眠気が襲ってくる。
起きなくてはならないと思っても…思考がまとまらない。
意識が霧散していく。
「………エル…く…ん……」
「また明日ね」
霞む視界にエルの甘やかな笑みだけが鮮明に残って……。
「………………ラナ…?」
「……………ぇ…?」
目の前にはいつの間にか心配そうに見つめるノヴァがいた。
「……………大丈夫…?ぼーっと…してたよ……?」
「……ごっ…ごめんなさい…大丈夫よ…」
ラナは今はなんだったのか……分からないまま困惑する。
エルはいつの間に消えたのか。
しかし、それを口にすることは叶わない。
「……………気をつけて……ね…?」
「………えぇ…」
不安気なノヴァはラナの頭を撫でて、去って行く。
ラナはキスをされた手の甲を見つめながら…考えを巡らすのだった……。
*****
夜が深まった頃…ノヴァはラナ以外の人を全員、広間に集めていた。
「どうしたんだよ、ノヴァ」
眠そうな顔でエヴァが聞く。
ノヴァは神妙な顔で皆を見回した。
「…………ラナに…妙な…気配が…くっついてる……」
「……………何…?」
ユリウスがそれを聞いて、顔を歪める。
他のメンバーもそれを聞いて険しい顔をした。
「霊的なものなのか?」
「レオン…まだ、そうとは決めつけられませんよ」
「……………多分…霊は霊でも……神聖な存在……」
『‼︎』
全員の顔が固まる。
ユリウスが恐る恐る口を開く……。
「………まさか…ラナが〝あいつ〟に見初められた訳じゃないよな……?」
その場にいる全員が思ったことだった。
ノヴァは弱々しく首を振る。
「……………分からない……姿は…見えない……警戒…してる……かも…」
「どちらにせよ…《銀翼祭》が近づいていたんです。何かしらの行動を取っている可能性もあるでしょう」
マルクがそう言う。
ユリウスは険しい顔でノヴァを見た。
「ノヴァは明日、仕事を休んでいいから〝あの場所〟に行ってくれ」
「………了解…」
「他のメンバーはなるべくラナを一人にしないように。下手をすれば連れて行かれる」
「りょーかい」
「分かった‼︎」
「心得ました」
ユリウスは立ち上がると全員を見る。
その顔は……凛と未来を見据えていた。
「《銀翼館》の本当の仕事を各自、こなすように」
全員が静かに頷く。
ラナには告げていない…《銀翼館》が存在する本当の理由。
本当の仕事内容。
それを告げることはまだ叶わない。
けれど……それに巻き込まれ始めている可能性があるラナを見捨てる訳にはいかなかった。
全員は……《銀翼祭》に向けて、警戒態勢を張るのだった………。