婚約者とメイドの花嫁(?)対決
「そもそもの話…なんで私は花嫁対決(?)なんてする羽目になってるの……?」
ラナはエヴァの部屋を掃除しつつ、今日は休みらしく、邪魔だからとベッドの上に追いやったその部屋の主に問う。
昨日……ユリウスの婚約者のチェルシーという子がいきなり花嫁対決(?)というものを申し込んできた。
昨日はチェルシーの勢いが強過ぎてその時は冷静に考えられなかったのだが…ユリウスの婚約者というの今考えると……苦い感情が胸に広がって、苦しい。
思わず顔が顰めっ面になる程度には。
そんなラナを見て、エヴァは困ったように答えた。
「チェルシー嬢って思い込みが激しいんだよね…ラナに対決を申し込んだのだって、ラナが女性でユリウス様の側にいるからって理由らしいし」
「それ以前に私、チェルシーさんのこと…知りもしないんだけど」
「取り敢えず…おれ達が全員、顔面蒼白になるくらいの個性的な女性だよねー」
「………………」
エヴァは乾いた笑みを浮かべる。ちょっとした憔悴感も溢れていた。
それを見たラナは…なんとなく、何があったのかを悟る。
「まぁ、どちらにせよチェルシー嬢は住居館に来れないし…住居館にいる時ぐらい、忘れなよ」
エヴァはそう言うと、バタンとベッドに倒れ込む。
確かに…ただの人間にはあの《地獄回廊》を渡って来ることは出来ないだろうから、住居館にいる限り…花嫁対決云々はない。
(というか…もう住居館から出なければ……)
面倒を回避しようと策を巡らせるが、そんなこと出来るはずもなく……。
ラナは本館の客室に泊まるチェルシーのことを考えると頭が痛くなる思いだった。
*****
「もう嫌だ、ボイコットする」
「……………え?」
ユリウスがムスッとしながらそう言ってきたのは…チェルシーが泊まっている本館の客室にカートで昼食を運んでいた時だった。
《地獄回廊》の真ん中で、ユリウスはラナが持つカートの手を離すと…腰に手を回して抱き締めた。
「っ⁉︎」
「もう嫌なんだよ、俺の部屋に帰って寝る」
「ちょっ…だからってなんで抱き締めるのっ……‼︎」
「抱きたかったから」
「ちょっとっ……‼︎」
真っ赤になりながら、彼を見上げると…彼は忌々しそうに顔を歪めていた。
「あの女…一々、仕事の邪魔しやがって……」
あの女というのがチェルシーのことだというのは、直ぐに分かってしまった。
ユリウスをここまで怒らせる人物なのだと…ラナは驚きを隠せない。
「でも…ユーリは《銀翼館》のリーダーでしょ?仕事を抜け出しちゃダメなんじゃ……」
「知るかよ。その仕事を邪魔されてるんだ…もうやってやらねぇ」
「…ユーリ……」
ラナが困った顔で彼を見上げると…ユリウスはムスッとした顔で数秒固まると…ニタリと微笑んだ。
「……じゃあ…メイドが俺の側にいてくれたら、やってやるよ」
「…………………はい?」
「うん、それがいい。ヤル気が出るし…お前が側にいるなら、仕事をやっていい」
名案だと言わんばかりの笑顔でそう言われて…ラナは瞬きを繰り返した。
自分が側にいるだけで仕事をするなんて…なんの意味があるのだろうか?
それに…ラナにだって昼食の給仕という仕事があるのだが…。
「私…チェルシー様のところに昼食を持ってかなきゃ……」
「俺よりチェルシーを優先するのか?」
「だって…仕事だし……」
不機嫌そうな声に、ラナが目を逸らす。
しかし……それが悪かった。
「……………いけない子だなぁ…」
「っ⁉︎」
耳元で囁かれた言葉に、ラナは息を飲む。
顔を背けていたから…彼が何をするのか反応出来なかった。
だから余計に…甘く耳に落とされた声は……魅惑の魔法のように…背筋をゾクッとさせた。
「お前は俺のものだろう…俺の言うこと…聞けよ……」
首筋を撫でながらそう言われて…ラナの思考が停止する。
ユリウスの言葉はダメだ。
人を駄目にする。
本当に魔法を使ってるのかもしれない…そう思ってしまう程に、骨抜きにされる。
「……ぁ……」
自分の喉から艶めいた声が漏れて、急いで手で覆って口を塞いだ。
「………………ふふっ…甘い声だな……お前の声は依存性がある……」
「………っ…‼︎」
「……甘い…砂糖菓子みたいだ……胸焼けしそう……」
それはユリウスの声の方だ。
そう言いたくても…口を開けない。
声を紡ぐ術さえ奪われてしまったみたいで……。
「すいませんねぇ〜…ちょいっと宜しいでしょうか?」
「「っ⁉︎」」
《地獄回廊》の入り口付近で、一人の青年がニヤニヤと笑いながら立っていた。
ラナはこんなところを見られた恥ずかしさで、真っ赤になる。
「ブレイン」
「こんちは、ユリウス様。うちの馬鹿お嬢が迷惑を掛けてすみませんね」
ブレインと呼ばれた彼は、手招きをする。
試練をクリアした者しか通れない通路だ。それは当たり前だろう。
「ユッ…ユーリ………離してっ…」
「えー?」
「早くっ……じゃないとユリウス様って呼ぶっ……‼︎」
やっと離してもらったラナは顔を真っ赤にしながら、カートを押して彼の元に向かう。
彼はにっこりと微笑んだ。
「初めまして。自分はブレイジングの弟のブレインと言います。主に勝手に先走られて、置いてかれたので…着いたのが、さっきで挨拶が遅れました。宜しく」
「………メイドのラナです…」
ブレインは観察するようにラナを上から下まで見つめる。
そんな視線に反応したのは、ユリウスだった。
「………なんだよ」
怪訝な顔でラナを守るように二人の間に入るユリウス。
「いやぁ?今回はお嬢が当たりな気も…」
「は?」
「いや…ユリウス様にお嬢への気持ちがない時点で関係ないか。ユリウス様はこの子が好きなんですか?」
「……………好き…?」
ラナは目を見開く。ユリウスも呆然としていた。
今、彼はなんと言った?
(ユーリが……私を好き………?)
「あ、その顔だと二人とも無自覚的な感じなんですね。あー…だから、今回はそんなにユリウス様がキレてる訳だ」
「……………俺が…キレてる…?」
「お嬢がユリウス様を邪魔しても、今まで無視してたじゃないですか。家具感覚で」
家具感覚なんて…かなり酷い扱いのはずだ。
「でも、今回はキレてボイコットまでしてるんでしょ?つまり〜…他の女以外が側にいたからでしょ」
ブレインはケラケラと笑う。
ラナとユリウスはただ、呆然としていた。
「でも…ユリウス様は王弟。この子はメイドさん。身分違いの恋ですぞ?大丈夫ですか?」
「…………えっと…」
ラナは困惑した声を漏らす。
一体、彼は何を言って……。
「この馬鹿がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ‼︎」
「うおっ⁉︎」
そんなブレインの身体が思いっきり後ろに傾く。
首を思いっきり引っ張られたらしい。
その後ろには鬼気迫る顔のエヴァがいた。
「うおっ…エヴァっち?」
「………この空気読めない系が…」
エヴァが耳元でコソコソ囁くと、彼は「マジでっ⁉︎」と驚いた顔をする。
そして…バツが悪そうに顔を顰めると、ラナの手からカートを取った。
「ごめん、今のはナシで」
「「え?」」
「いや…そこまで純粋だとは…」
「いーからとっとと、給仕に行け‼︎執事だろっ⁉︎」
「あ、そうだった……」
エヴァはこれ以上何かを言わせないようにカートを持たせてブレインを追い払った。
そして、二人に振り返るとワザとらしい咳をした。
「あのね…二人のことは二人で考えなきゃいけないと思うんだよね。だから…今の言葉は忘れて…ちゃんと二人で答えを見つけるんだよ?」
エヴァはそう言うと、「んじゃ、これで‼︎」とその場を立ち去る。
「………………」
「………………」
残された二人の間になんとも言えない沈黙が漂う。
〝好き〟…ということは恋愛感情ということだ。
(………好き…?)
ラナは顔を顰める。
この気持ちの正体が…よく分からない…。
「……………好き…な…はずがない…」
「…………え?」
その声は本当にユリウスの声だったのか?
聞いたことのない低い感情のない声に…ラナは振り返る。
「…………っ…⁉︎」
そこにいるユリウスは…何も映さない翳った瞳で…こちらを見据えていた。
「仕事に戻る」
ユリウスはそうとだけ言うと、直ぐに仕事に戻っていった。
ラナはそんな後ろ姿を…困惑した視線で見つめていた。
*****
「花嫁対決三本勝負よっ‼︎」
昼食を終えた頃…カートを片付けに来たラナに向かってチェルシーがそんなことを言う。
しかし、ラナは先程のユリウスの態度に気を取られていて…反応さえしなかった。
そんなラナの態度にチェルシーは癇癪を起こす。
「ちょっと聞いてるのっ⁉︎」
「………え…?」
指摘されて、自分がチェルシーの部屋に来ていることに気づいたラナは呆然と頷いた。
「調子、悪いんですか?」
「……………いえ…」
不安そうなブレインにも生返事で返す。
『……………好き…な…はずがない…』
頭の中でユリウスの言葉が渦を巻く。
チェルシーは反応の薄いラナにイラっとしながら、指を指す。
「一本目‼︎お料理対決‼︎」
「……住居館に…入れないのに……?」
「はっ……‼︎」
ラナの生返事の答えに、チェルシーは口元を押さえる。
住居館に入れないなら、対決以前の話だった。
チェルシーは誤魔化すように再び指を指す。
「二本目、お裁縫対決‼︎」
「……………裁縫出来るの…?」
「舐めないでっ‼︎」
ブレインが用意した裁縫セットとほつれた布で裁縫を始める。
ラナはパッパッとほつれを直す。
チェルシーは今だ、縫い終えていなかった。
「〜〜〜〜〜っ‼︎三本目、護身術対決‼︎」
そう叫んだ次の瞬間には、チェルシーは仰向けで寝そべっていた。
「っ⁉︎」
「………これでいいですか…」
ラナは痛みを与えずにチェルシーを転がした。
そのまま一礼すると、カートを手にその場を後にした。
花嫁対決なんて眼中になかった、ラナの心の中にあるのはユリウスのことばかりで。
ユリウスのあの冷たい顔が。
ユリウスの翳った瞳が。
ラナの心の中で……強く残っている。
(………ユーリ………)
ラナは不安を胸に…顔を歪めるー……。
何かが…動き出してしまった気がしたー…。




