少女は生活のためにメイドになった
新作になります
少しファンタジー(?)要素の強い作品かと思いますが…よろしくお願いします
昔、とある哀れな少女がいた。
彼女の名前はラナ•グレイス。長い灰色の髪に煌めく深青瞳。シンプルなシャツにロングスカートという服装だが…容姿だけで見ればとても美しい十八歳の少女だ。
そんな彼女が何故哀れかと?
その理由は……。
「………………なんなの…これ……」
シンプルながらも繊細な建物…《銀翼館》の廊下にて……目の前には沢山の弓矢の山が出来上がっていた。
その山は…今、丁度ラナが叩き落としたところだった。
「………………それでは…自分はこれで…」
「ちょっと待って。説明してって」
ラナはここまで案内した役人の首根っこを掴む。
「説明って言われましても……見たまんまですけれど…」
「じゃあ、なんで役所に完全なる侵入者防止用の罠が仕掛けられてるの」
「その…」
言葉を濁す役人にラナは頭を抱えたくなった。
そう……ここは《銀翼館》。
第二首都…別名、貿易都市コンポルトの役所のような場所だ。
ラナはこの場所に来てしまったことを後悔するしか出来ない。
何故、彼女が《銀翼館》にいるかと言うと……それは少し前のこと。
*****
「……………困った…」
貿易都市コンポルトの宿屋で、ラナは自分の財布と睨めっこをしていた。
トレジャーハンター……とかいう完全に自分の夢を追う職業の父親に幼少期から無理矢理付き合わされていた所為で、安定した居住に住んだことがない。
いつもどこかしらの国を旅をしながら暮らしていたのだが…旅をしていてもお金は掛かるもので……お金は夢では稼げないというのが現実だ。
しかし夢を追い続ける父親はコンポルトから出て、少し離れたところにある遺跡(?)に一人で冒険に向かっていて……いつ帰ってくるかも分からない状況だ。
『もし、父さん一人で冒険に出たら…自力で暮らして待っててくれ‼︎』
以前そう告げた父親は…その後、度々帰ってこなかった……。
「………住み込みで働けるところがないかな…」
ラナは呆れたように溜息を吐く。慣れてしまっているのが悲しいところだ。
そして…職探しのため、コンポルトの街に出たのだが……。
(……見つからない…)
そう都合良く仕事が見つかる訳でもなかった。
貿易都市と呼ばれるぐらいに活気ある街並み。仕事が多い分、仕事に来る人も多いようで…人を募集すると直ぐに埋まってしまうらしい。
(……女だからって…力仕事は受け入れてくれないしなぁ〜……)
幼い頃から父親に付き合わされて、遺跡巡りをしていた。
それなりに体力もあるし……その手の知識なども持ち合わせている。サバイバル技術もある。
しかし…外見から力仕事は無理だと判断されて、門前払いを食らっていた。
「……………はぁ…」
ラナは諦めて帰ろうとした時…とあるシンプルかつ豪奢な建物の前に貼られていたメイド募集の紙が目に入った。
「…………仕事⁉︎」
ラナはその紙に駆け寄って内容を読む。
「メイド募集……仕事内容は《銀翼館》の住居館でのメイド仕事(世話係や雑務など)…男女問わず……体力があり、多少のハプニングにも対応出来る人材募集……⁉︎」
ラナはこれだっ…と目を輝かせる。もしかしたら、既に募集し終わっているかもしれないが…行ってみる価値はある。
そう思った彼女はゆっくりとその建物に目を向ける。
「……採用してもらえるかは分からないけど……行ってみようっ…‼︎」
そして…《銀翼館》を訪れて、役人にメイド募集のことを話した瞬間に即採用になった。
驚いたのも束の間で…直ぐさま仕事先となる居住館に続く廊下に案内された。
長方形のカタチをした仕事をする本館と同じく長方形のカタチをした幹部達が住む住居館。
そこを繋ぐ廊下を渡ろうとした瞬間……弓矢が飛んで来て……冒頭に戻るのだった……。
*****
役人は言いにくそうに顔を背ける。
「その…ここに勤める幹部達が……その…ここに住み込みで勤めるならば……これぐらいは…と……」
「……どこのトラップオタクよっ……‼︎」
ラナは鋭い視線で廊下の先を睨む。
その廊下は…まだ五分の一も進んでいないのに、既に弓矢の山となる罠が仕掛けられていた。つまり…まだまだ沢山の罠が仕掛けられていることになる。
しかし…仕事場所は住居館だ。
ここで逃げる訳にはいかない。
「…………はぁ…」
ラナは溜息を吐くと軽く手足を解した。
「ねぇ、役人さん」
「……はい…?」
「私、何かあっても貴方のことは守れないから…自力でなんとかしてね?」
「……………えっ…?」
次の瞬間、ラナは走り出す。
何も考えず、危険を察知するために神経を尖らせる。
足元から感じる床の違和感と耳に入った何かの仕組みの音。
横に飛び、地に這うようにしゃがみ込む。さっきまでいた場所の床がガバッと開いて落とし穴が開き…頭があった位置では棒状の物が空を切った。
「ふっ……‼︎」
しゃがみ込んだ姿勢でクランチングスタートの要領で再び駆け出す。
「んなぁっ…⁉︎」
後ろで役人の悲鳴が聞こえたが、ラナは一切無視。
向こうの扉がついている周りの壁から無数の穴が現れる。
シュンッ‼︎無数の槍のようなものが飛んで来る。ラナは真ん中に寄るが、薄く頬を切る。しかしそれを無視して、勢い良く立ち幅跳びのように飛ぶ。するとその床から今度は中くらいの針が無数に現れた。
「舐めないでよっ……‼︎」
残り四分の一。
ラナの背後でカチリッ…と天井の開く音がした。走るスピードを緩めずに背後を一瞬見ると…そこには容赦ない大きな刃物があった。
最後の締めとばかりにラナを狙うように縦にスライドさせるつもりらしい。
「そんなのっ…」
ラナはギリッと歯を噛むと、走るスピードを上げる。刃物は遠心力で、初めはそんなにスピードがない。
(…だから…先に扉に辿り着く……っ‼︎)
後方からは徐々にスピードを上げた刃物が迫っていた。
「間に合えぇえぇぇぇぇえっ‼︎」
ラナが絶叫しながら扉に手を掛けた瞬間ー……。
「……はぁ…はぁ……」
ラナは荒い呼吸を整えるように息を吐く。
(……ギリギリセーフだった………)
転がり込むように住居館に飛び込み、寝転んだまま天井を見上げた。
煌びやかなシャンデリアが目についてムカついた。
「……………はろー」
「………?」
ラナの視界を覆ったのは銀色だった。
いや…銀髪と銀眼の美青年だ。初めて見たその綺麗なその姿に…ラナは目を瞬かせる。
「あんたが初めてだよ、アレをクリアしたの」
彼はブラウスにスラックスという格好の上から着ていた不思議な上着のポケットから何かを漁る。
「お、あったあった」
何かを出すと、ラナの頬に手を伸ばし…先程切った頬から流れていた血を拭った。
その血を何か細長い筒状の容器に入れて、蓋をする。
「血液登録しておくから、次からはさっきの廊下のトラップは発動しないと思うぞ」
「………………え……?」
彼の言葉にキョトンとする。
彼は思いっきりラナの腕を引っ張り、起き上がらせた。
「俺はユリウス。ここのボスだ」
「……じっ…自分でボスって言うの…⁉︎」
「だってそうだし。んじゃ…新しいメイドさん、宜しく」
ユリウスはニコリと微笑む。ラナはその笑顔を見て悟った。
この人は人の話を聞きつつ、その話を無視してそちらに強引に従わせるタイプだと。
「……………宜しく…お願いします……」
「あ、名前は?」
「今更⁉︎ラナですけどっ⁉︎」
「ねぇ、メイド。お茶入れて」
「無視なのっ⁉︎名前聞いといてっ⁉︎」
ラナはこんな主で大丈夫なのか…と不安になる一方だった。
ラナは至って普通でありたいのに…周りは容赦なく彼女を巻き込んでいく。
彼女が哀れな理由を皆様もお分かり頂けただろうか?
言うならば…彼女は完全なる受難体質なのだ。
今日、この日からラナのメイドとしての奮闘が始めるのだったー………。