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策士の采配

表向き日々はつつがなく流れていた。

変わった事といえば、毎日の朝の詮議での望月と阿南のやり取りが少なくなっていた。望月も阿南もどことなく心此処にあらずという風でお互いの言葉尻を捕らえる事もなく、そうなれば日々の詮議は諸所の部署の報告のみで終わるようになった。

平和なこの国に毎日討議を必要な事など実際大してなかったのだと隆清は思っていた。


「朝の詮議を少し変えようかと思う。」

歌合戦を申し伝えてから10日ほど経って、詮議を終え自室に戻った隆清は言った。

純人はいつものように隆清が脱ぎ捨てた羽織を畳みながら、静かに答えた。

「変える・・・ですか?」

「毎日行う必要はないのではないかと思うのだ。」

・・・確かに。毎日の詮議は今や半刻でも時間をもてあます。

幸いな事に国は変わることなく治められていて、それぞれの部署の報告も毎日同じだ。

確かに毎日必要はないのかもしれない。元々はただの日々の登城確認に過ぎないのだから。

「しかしながら毎日詮議を行わないとするとおそらく皆時間をもてあましてしまいましょう。」

その性格を物語るようにきっちりと畳み終えた羽織を脇に置くと、純人は隆清を見上げた。

「ほう・・・あの詮議は時間つぶしであったか。」

隆清が半ばあきれたように呟くと、純人が片眉をあげてたしなめるような表情を見せた。

・・・あながち間違いではないのだが。

「・・・冗談だ。」

純人の視線に気づいた隆清が気まずそうに告げると、その素直さに純人は心の中で微笑んで。

「まあ、私もそう思いますが。」

「・・・先程の顔はなんだ。」

不満そうな隆清の顔を見てにっこりと笑いながら純人は答えた。

「ひどいことを仰せになる、と思いまして。」

「そなたも同意したではないか。」

「口に出すか出さないかの違いでございます。」

「か、変わらないであろう。」

憮然とした顔で隆清がふてくされると、純人は澄ました顔で返した。

「変わります。」

完全にふてくされた様子で、何かをあきらめたのか隆清は文机の傍へどっかりと胡坐をかいた。

「もうよい。お前に口で敵うとは思わぬ。」

隆清が拗ねて見せるのはいつもの事であったので、純人は気にもかけない様子で真面目な顔に戻って。

「ところで、殿。朝の詮議を毎日行わないとすれば、皆は何をすればようございますか。」

「そんな事はそれぞれで考えれば良いではないか。」

まだ、若干拗ねた口ぶりで隆清は答えた。

確かにもっともである。もともと家臣たちは詮議に出るために存在しているわけではないのだ。

純人にしても詮議の時間が減れば、その分しなければならない仕事はたくさん存在していた。他の家臣たちもしようと思えば仕事はたくさんあるはずではあった。

「それにだ。」

隆清はわざとそっけない風に言い放った。

「顔ををあわせずにいれば、望月も阿南もわざわざ出向いてまで言い合いをせぬであろう。つまらぬ諍いで血が上って倒れられたりしても困る。」

そっけない中にも隠しきれていない、二人を思いやるような言葉の響きに純人は隆清を見つめた。

「・・・お優しいお心遣いにございますな。」

「べ、別にそれだけが理由ではないぞ。」

少しほほを紅潮させて隆清はまたそっぽを向いた。

家臣とはいえ、父のような歳の2人であるから隆清としても体を心配する気持ちも少なからずあるのだろう。何もそのように隠さなくてもよいのにと純人は思った。

「もちろんにございます。殿には他にもお考えがあってのことでございましょう。」

「む、無論だ。」

胸を張って、隆清は答えた。

「確かにお二方ともお若くはございませぬゆえ。特に望月様は血の上りやすい性質でいらっしゃいますから無駄な諍いは避けたほうがよろしいもしれませぬ。」

「純人もそう思うであろう?」

「はい。」

純人はにっこりと笑いながら続けた。

「しかしながら刺激がなさ過ぎて呆けておしまいにならなければよろしゅうございますがね。」

「ぼ、呆けるとなっ」

思わず素っ頓狂な声を上げ隆清は純人を振り向いた。純人はにっこりと笑いながらその視線を受け止めて。

「はい。あくまでそのような事もある、という事でございます。」

純人の優しげな笑顔の中にはきっと鬼が住まいしておるのであろう・・・隆清はそう思った。


「その代わりと言ってはなんだが、先日集めた者たちをまた呼び寄せたいのだ。」

奥女中が運んできた茶を一口含むと、隆清が言った。

「先日集めた・・・跡取り達をでございますか?」

「うむ。あれから8日ほどとなる。時間はまだまだあるとはいえ、動き出したものをそのままというわけにも行くまい。」

「城下はその噂でもちきりのようでございます。」

純人の耳にも城下の噂は届いていた。ある意味それほどに平和な毎日であるという証だとも思っていた。

「何と、人の噂とは早いものなのだな。」

城下に下りることのない隆清は目を見開いて驚いた。純人は真面目な表情を作って見せて。

「国中のものに知れてしまいましたゆえ、もう安易にやめる事もできませんよ。」

「・・・やめる気などないぞ。ただ・・。」

「なんでございます?」

見透かすような純人の視線に困った顔をして隆清は続けた。

「ただ・・・まだ何も決まっておらぬだけじゃ。」

・・・そうであろうと思っていた。昔から隆清様は思いつきの人であるから。

純人はそう思いながら、真面目な顔を崩さず隆清を見つめた。見つめられた隆清は不安な気持ちになる。

「なんじゃ、じろじろ見るでない。」

「殿のお言葉を待っておるのです。皆を集めてどうされるおつもりなのかと。まさかとは思いますが、とりあえず集めて・・・と思われているわけではございますまい。」

にっこり。鬼が隠れた笑顔を浮かべて。

「きっと何かお考えがあるのでしょうから。」

・・・意地悪の極みだ。隆清は返す言葉も見つからず小さな声で呟く。

「・・・鬼。」

「何か仰せになりましたか?」

済ました顔で純人が優しく問うと、隆清は視線をそらしてとぼけて見せた。

「なんでもない。」

「・・・まあ私が鬼かどうかはさしおいて。」

・・・聞こえておるのではないかっ。

隆清は心の中で愚痴てみたが、何とか言葉にはせずじろりと純人を睨むにとどめた。

そんな隆清に純人はもう一度にっこりと笑いかけて。

「全ての者達を集めても収拾がつきますまい。ほとんどの者は何ら用意すらしてはおらぬでしょうから。」

「まあ、そうであろうな。あせって探りを入れてくるのはそれぞれの父親ばかりじゃ。」

確かに。登城しても直接隆清に対面できる地位のあるもの達ではないが、純人の耳にも各家の子弟達の動きは聞こえてはこない。

「正直なところ、唄えといわれても何をして良いのやら、というところでございましょうが。」

先日武道場で会った将希を思い出しながら、純人は言った。

・・・そう言えば、自信家の若様はどうしているのやら。あれから武道場にも顔を見せてはいない様子だが。

「まあ、そうであろうな。わしもいきなり唄えといわれても困る。」

至極当たり前というように隆清が頷きながら答えた。

「・・・殿も困るような事を皆に課したと言う事ですか。」

・・・本当にこのお方は。思いつきでとんでもない事を言い出すのだから。

純人は半分苦笑しながら、ふと真面目な顔になり続けた。その顔には策士の色が浮かんでいた。

「さて・・・いかように進めましょうか。」








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