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愛らしき誤解

「今日はなんだか離れが騒がしい様子だけど、雅貴殿はお戻りなの?」

里戻り中の自室にあてがわれている客間から縁側に出た志乃は、いつもは誰もいない離れに人の声がするのに気づき女中のお春に尋ねた。

「はい先刻お戻りになられました。珍しくお客様もお越しでございます。」

「お客様?」

「はい、どちらのお家の方でございましょう。お可愛らしい・・・」

「お可愛らしい?」

可愛らしい方がおいでになっているという言葉が少し胸を締め付けたような気がしたが、志乃は喜ばしい事なのだと打ち消した。

「ええ。とてもお可愛らしい方と、知的な方とでございます。」

「え?お二人?」

・・・なんだ、心配しなくてもやっぱり父上の血を引いてるのね。雅貴ってば。

なんだかほっとしたような、でもどうして面白くない気持ちになってしまうのかわからないまま志乃は離れに向かっていた。

・・・お春はどちらのお家の方かなんて言っていたけれど、こんな時刻に殿方の部屋に来るなんてしっかりとしたお家のお嬢様だとは思えない。それもお二人だなんてはしたないわ。

志乃は自分が離れに向かうのは姉としての心配なのだと他の誰でもない自分に言いながら、廊下を渡り離れの障子に向かうと息を整えるようにひとつ大きく呼吸をした。

「お帰りなさいませ、雅貴殿。」

部屋の中でしていた声は、志乃が声を掛けるとぴたりと静まった。

「・・・姉上?」

少しいぶかしそうな雅貴の声がして、障子に近づいたのか雅貴の影が映った。

「ただいま戻りました。客人が居りますゆえに母屋にはご挨拶もいたしませず失礼いたしました。」

そう言いながら障子を少し開けた雅貴は、志乃よりもずっと背が高く肩越しにさえ中の様子は全くわからない。中にいるはずの客人は息を潜めているのか声もしなかった。

「いいえ。お邪魔をしてしまいましたね。お客様によろしくお伝えくださって。」

雅貴は志乃が立ったまま声を掛けたとは知らず、不用意に障子を開けてしまった事で思いがけず志乃の顔が近い事にたじろいでいた。

・・・あの香の香りが自分の胸元から立ちのぼってくる。

「邪魔などではございませんよ。ご心配なく。」

とっさに視線をそむけて答える雅貴を志乃は下から見上げるように見つめた。

・・・なんだかやましい事でもあるのかしら。

「あまり、母上を心配させないようになさいませ。」

「母上がご心配とは何ゆえに?」

志乃の真意がつかめずに雅貴は思わず訊ねた。

「なかなかお戻りにならないと母上も私も心配いたします。」

・・・貴女がいるから戻りたくないのだ。貴女はきっと気づかないだろうが。

無言でいる雅貴をどう思ったか志乃は少し声を潜め、少し顔を赤らめていった。

「その上、自室にお二方もお連れになって。」

「騒がしゅうございましたか。」

・・・いやだわ。なんだか私が聞き耳を立てているかのよう。

そう思うと志乃は更に赤くなってしまった。

「騒がしいというわけではございません。母屋にいれば離れの声はほとんど聞こえませぬから。」

どぎまぎしているのを目の前の雅貴に気づかれまいと、志乃は視線を伏せながら続けた。

「けれど、あまり遅くまでお引止めなさらないようになさいませ。お客様もお帰りが危のうございますでしょう。」

それだけ告げると部屋へ戻ろうと思っていた志乃は、次の雅貴の言葉に顔を見上げた。

「今宵は朝までと思うておりましたゆえに、ご心配には及びません。」

・・・朝まで?

朝までって・・・お泊りになるというの?

「お・・・お泊りになるのでしたらそのお支度が必要でございましょう。」

「かまいませぬ。眠くなったらその辺で休みましょうし。なんなら私の夜具でも使わせますから。」

今日はやけに客人を気にするな、と雅貴は思った。

夜道が危ないだとか、泊まりの支度だとか。どこの殿様をお迎えしてるわけじゃあるまいし。

「そ、その辺って。犬猫のようにおっしゃるものじゃございませんっ。それに殿方の夜具で休まれるなんて。」

真っ赤になった志乃を見て、やっと雅貴は姉の勘違いに気づいた。

はあん。どうして勘違いしたかわからんがもしかして客人を女だと思ってるのか。・・・面白い。

「お気遣いありがとうございます、姉上。しかしながら、疲れたらそのあたりで眠り込んでしまうのも一興かと。」

そして目を細め艶やかに笑顔になって。

「左様でございますな。寒いというのであれば私が一緒に休みましょうかね。」

「い、一緒に?!」

思わず志乃が声を上げると、雅貴は楽しくてたまらないというように。

「ええ・・・一緒にね。」

そしてくすくすと笑いながら、障子をもう少し開くと志乃が部屋の中を見れるよう体を斜めに外した。

「まあ、客人は男でございますゆえにそのあたりで休んでもかまいませぬでしょう?」

部屋の中では、志乃と同じように顔を赤くした二人の男が困ったように笑っていた。


「・・・殿方でございましたの・・・?」

唖然とした表情で志乃が呟くと、雅貴は右手で口許を覆って笑いを抑えながら答えた。

「さすがに私も自宅に女を連れ込んだりはいたしませぬ。それも二人も。」

「だって、お春が可愛らしい方というから・・・。」

「お春が。ふむ、可愛らしい・・・ああ。なるほど。可愛らしい・・・ね。」

雅貴はちらりと総吾を見ると意味深に笑った。

その笑顔はなんとも妖艶で、見られた総吾は更に赤くなる。

「確かに可愛らしいやねえ。」

「まっ雅貴様!俺かわいいは嫌ですっ!」

総吾が真っ赤になりながら抗議すると、雅貴は堪えきれずにくすくすと笑いをこぼした。

「だから可愛らしいというのだよ。まあ褒め言葉だから嫌がるな。」

「ほ、褒めてるんですか?」

「褒めている。お前は本当に愛らしい。」

「これって褒められてるのかなあ、ねえ和にい」

いきなり話を振られた和成は妖艶な雅貴の笑顔をみて、艶っぽいとはこういうことを言うのかと思っていた。

男の俺でも魅入られるような気がするのだ。女であれば尚更であろう。

「確かにお前はかわいいからな。何と言うか・・・子犬のようだ。」

「こ、子犬?!すでにもう人間ですらないじゃん、それ。」

総吾と和成の会話を笑いながら見ていた雅貴は、心置きなく笑えるこの時が堪らなく心地よかった。

・・・久方ぶりに笑っている、私は。

そんな雅貴の様子がどのように映ったのか。

「・・・まさか、雅貴。」

呆然とやり取りを見ていた志乃が口を開いた。

「まさかとは思いますがそなた・・・。」

「なんですか、姉上。」

志乃のほうを振り向くと、志乃は妙に真剣な表情で雅貴を見ていたが、視線が合うと同時にまた顔を赤くして視線をそらした。

「いえ、まさかね。でもそれならばいつまでも一人なのも合点がいくというもの・・・でも、そんな。」

「姉上何を一人でぶつぶつとおっしゃっておいでです。」

「でもそうだとしたら・・・私は理解して差し上げないと・・・。」

「姉上?」

障子に右手をかけたまま雅貴が少し身をかがめ志乃を覗き込むと、志乃は意を決したように視線を合わせた。

「雅貴、そなた・・・あの・・・そのような趣味が?」

訊ねられた雅貴は問われた事が解らず繰り返した。

「そのような趣味とは?」

すると志乃はとても言いにくそうに、だからかえって少し大きくなってしまった声で訊ねた。

「ですからあの・・・衆道の趣味があるのかと。」

「しゅ、衆道?!」

素っ頓狂な声をあげたのは総吾で、思わず驚いて和成も雅貴と志乃を見つめた。

問われた雅貴はさすがに驚いて目を見開いて固まっていたが、次の瞬間とうとう吹きだしてしまう。

「な、何を言い出すかと思えば。」

「そのように笑わずとも。」

「くっくっくっく。いや、失礼。けれど・・・如何にかわいいと言えども、さすがにその趣味はございませぬからご安心を。」

ひとしきり笑うと雅貴は、もう一度志乃を覗き込み。

「私が愛せるのは女だけですよ。例えば・・・姉上のような、ね。」

「雅貴っ。またそのような事を。」

とんでもない思い違いで羞恥に顔を染めうつむいてしまった志乃は気づいていなかったが。

「冗談ですよ、姉上。」

そう言った雅貴の目は先程と違い、けして笑えてはいないのを雅貴自身は気づいていた。


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