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繋がりゆく縁

「和成殿いらっしゃいますかあ」

書庫の一番奥で踏み台に腰掛け書物をめくっていた和成は、明るい総吾の声に顔を上げた。

おそらくここにいるのは俺一人だと思いつつも、他のものがいてはと思い言葉遣いを改めているのらしい。

少しは大人になっているのだなと和成は思った。

「奥にいるぞ。入ってこいよ。」

腰掛けたまま和成は声を掛けた。実際、踏み台の周りには書物が山のように積み重なっていて出て行くのは億劫だった。

「はーい。っと、なんだよこれ。入ってこいよはいいけどさあ。歩く場所もないじゃないか。」

ぶつぶつと愚痴りながら入ってくる総吾の声を聞きながら、和成は書物を閉じ、少し疲れた目を右手で押さえた。

「うえっ暗いし。まったく肝試しじゃないんだからさあ。」

「総吾、気をつけろよ足元。」

と、声を掛けると同時に。

「だいじょおぶ。って、うわっ。」

ばさばさっ。書物が崩れる音がした。

・・・転んだな。和成はため息をついて。

「大丈夫じゃなかったな。だから気をつけろよ、と。」

「・・・いてて。もう、よくこんなところに入り込んでるよね。んとに。」

・・・入り込んでるって、俺はこそ泥か。

思わず和成が苦笑を浮かべたその時。

「和にい、みっけ。」

ひょっこりと棚の間から総吾が顔を覗かせた。

・・・前言撤回。大人じゃなかった。

嬉しそうに笑う総吾の顔はかくれんぼをしている子供の顔だ。

「総吾、大事な書物破ったりしてないだろうな。」

「酷いなあ、和にい。俺より書物が破れてないかどうかのほうが心配なの?」

総吾が上半身だけを棚の向こうから覗かせたまま、口を尖らせた。

覗き込んでは見たものの、奥の通路の書物の重なり具合に立ち入るのは躊躇している様子である。

「お前が無事なのは顔を見れば判るだろ。此処の書物は貴重なものばかりなんだ。破られでもしたら大変だ。」

「ふうん。貴重なものって言う割には結構乱雑な置かれ方だよね。」

何百年も昔から本城家に受け継がれてきた歴史の本や、祭事の記録、兵法の本、漢詩の本などたくさんの書物が書庫であるこの蔵に収められている。しかしながら、総吾の言うとおりここ数年は管理する者もいないのか、ただ棚に収められ、はみ出たものは重ね置かれているのみである。

「本当にな。俺も此処に出入りするようになってから、少しずつ片付けてはいるのだが。」

手元の書物を棚に戻しながら和成が言うと、総吾は悪戯っぽく笑った。

「どうせあれでしょ。和にいの事だから、片付けようとして一冊手に取ると開いて読み始めちゃうんでしょ?」

まったく総吾の言うとおりである。

和成は書物を読むのが幼い時から大好きで、登城するようになってからは城の書庫に出入りできるのが嬉しくて入り浸るようになった。あまりにもの乱雑さに整理しようと始めたのだが、せめて種類別に分けようと内容の確認のために一冊開くと、どんどん引き入れられてしまい読みふけってしまうのだった。

「ほんとに、書を読むのが好きだよね。」

「お前の笛のようなものだ。お前だって笛を吹いていると時間を忘れてしまうだろ?」

和成が優しく問いかけると、総吾は納得したようでこくんと頷いた。

「そうだね。」

「だけど、ここの所寒いから風邪を引くなよ。」

昔からのなじみである和成は、総吾が屋敷にも戻らず川辺で笛を吹いているのを知っていた。

そしてもちろんその理由も。

「あ、そうだ。それで思い出した。俺、和にい誘いに来たんだよね。」

「・・・まさかとは思うが、この寒いのに川辺の稽古に付き合えとか?」

眉間に少ししわを寄せ困った様子で和成が尋ねると、総吾ははじけるように笑って。

「やだな、そんなに困んないでよ。」

「お前の笛を聞けるのはありがたいが、川辺はかなわん。」

「まあ、稽古っちゃあ稽古なんだけどさあ。寒くないから。」

総吾はそう言うとにっこり笑った。

「お前は寒くないかもしれんが、だな。」

笛を吹く事に没頭しているほうは寒さも感じないかもしれないが、俺は寒い。

「だって川辺じゃないもん。」

「川辺じゃない?」

「そう。だから和にいも一緒にいこ?」

・・・だからどこへ一緒に行けと言うのだ。和成は再びため息をついた。

もしかして武石様が総吾の笛をお許しになったとか?

「どこへ?お前の屋敷か?」

「何で俺の?」

総吾がぽかんとした顔で答えた。

「違うのか。じゃあどこへ?」

「違うよ。えーとね、雅貴様んとこ。」

・・・阿南家の雅貴様?

いきなり出てきた名前に、今度は和成のほうがぽかんとしてしまう。

どうして総吾が雅貴様のところへ?笛の稽古ではないのか?

「何故いきなり雅貴様の名前が出てきたんだ?」

「さっきから和にい質問してばっかりじゃん。」

「お前の話がわかんねえからだよ。お前雅貴様のところに何しに行くんだよ。」

「笛の稽古にって言ったじゃん。」

・・・そう言ってたね。たしかに。

「いや、だから笛の稽古に行くのが何で雅貴様のところなんだ。」

「俺ね、此処2日ほど雅貴様と朝まで一緒にいるんだ。」

あっさりと総吾は答えたのだが、いろいろ省略しすぎていて余計に和成は混乱した。

・・・朝まで一緒にいるってどういう意味だ?そこにどう笛の稽古がつながってるんだ?

「さっぱり意味が解らん。」

「なんでさ。雅貴様が俺の笛気に入ってくれて、なじみの店で吹かせてくれてんの。朝まで。」

・・・あ。そう言うことね。

和成はやっと少しつながった話に納得したとたん、一人で赤くなった。

何で俺赤くなってんだ。別に変な想像とかしてないぞ。

「・・・お前な。もうちょっと説明うまくなれよ。」

ため息混じりに和成が言うと、総吾は目を丸くして。

「え?俺の説明わかんない?」

「わかんねえよ。」

「そうかなあ。和にいがわかんないだけじゃないの?」

「おまえなあ。」

和成は一瞬声を上げかけたが、またあきらめたようにため息をついた。

「まあいい。で、どうして雅貴様に笛を聞かせる事になったんだ?」

「なんでって・・・成り行き?」

「成り行きってなんだよ。」

「なんとなくそうなっちゃったから。」

ぜんぜん説明になってない。和成はそう思ったが、その説明も先程のように要領の得ないものであろうと思うとそれ以上訊ねるのも諦めた。

「・・・んで、今日もそこに行くのか?雅貴様のなじみの店、だっけ。それで俺は何しに行くんだ?」

それでも誘いに来たぐらいだから、これくらいは解るだろうと訊ねたのだが。

総吾は小首をかしげて空を見るようにしながら、和成が半分予想していた答えを返した。

「んーと。わかんない。」

「・・・じゃあ、何で誘いに来たんだよ。」

「和にいが一緒でもいいって雅貴様が言ったし。和にいいたら楽しいなあと思ったから。」

全く、こいつは。

和成は総吾の素直さの毒気に当てられたような気持ちになって、苦笑を浮かべた。

「そうか。」


「おや。今日はそなたも一緒かえ。」

城の裏門では城壁にもたれるようにして雅貴が立っていた。和成と総吾が現れるとはんなりと笑った。

「ご一緒させていただいてもよろしゅうございますか。」

和成が頭を下げると、雅貴はちらりと和成に流し目をくれた。

「かまわねえよ。」

そして、くくっと笑った。

「心配せずともいたいけな笛の名手殿に悪い遊びなど教えてはおらぬゆえにな。」

「い、いえ、私はそのような事は。」

慌てて和成が取り成すように言うと、総吾が口を挟んだ。

「いたいけなって俺のことですか?なんだかまた子ども扱いされてる気がするなあ。」

そう言いながらまた少し拗ねた総吾を、雅貴は微笑を浮かべて見やった。

「まあ、良いではないか。そなたは純粋だと褒めているのだよ。」

「それに悪い遊びってなんですか?」

けして他意はなく素直に疑問を返す総吾に今度は和成が返した。

「それはお前は知らなくていいんだよ。」

「えー。なんでだよ和にい。」

「いいの。」

「和にいのけち。」

「けちってなあ。お前。」

そんな二人のやり取りを見ながらもう一度雅貴はくくくっと笑った。

「今宵は私の屋敷へ戻ろうか。ついてくるかえ。」

「あ、はーい。」

「はい。」

連れがいりゃあ屋敷に戻っても気がまぎれよう、と雅貴は思った。






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