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緋色の冬風

噂は国中に広まった。

平和な日々、それも収穫も終え冬支度を始めようかという毎日の中で、この度の大会は人々の格好の話の種となった。城内はもちろん、城下でも人々は前代未聞の勝負事の行方を話題にしていた。

大会に参加する家々の当主、すなわち跡取りの父親達はそれぞれの息子が持ち帰った内容に驚き、翌日から再開された詮議の中で隆清に真偽を詰め寄った。

もちろん、望月も息子同様唄の上手下手など何の関わりがあるかと隆清に訊ねたが、隆清は「そのうち判ろうぞ」と笑うだけだった。傍仕えの小諸純人にも訊ねてはみたが、静かに笑い「全ては殿のお考えでございます」とはぐらかされただけだった。

各々の家でも歌合戦に対する話題は続くものの、実際のところ何の対策も出来ずにいるといった様子でそれぞれ他の家の出方を伺っているような日々が過ぎていた。


・・・一体姉上はいつになったら嫁ぎ先へ帰るのやら。

城下を歩きながら雅貴は一人愚痴ていた。

数日いるだけかと思った志乃はもう5日にもなるというのに、まだ実家にいる。屋敷に帰れば、何のかんのと関わってくる志乃がいる。おかげで屋敷に戻ることも出来ずに毎日泊まり歩いているのだが、さすがに疲れがたまる。いつもの店にほとんどいるがさすがに毎日というわけにもいかず、だからといって行く充てがあるわけでもない。

決まった相手のところってえのも思いあたりゃしねえし。相手を決めるのも後々煩わしい。

たった一度泊まったからといって、責任取れるわけでもなし。・・・取れるような私ではないしな。

「早く帰ればいいものを。」

・・・もしくは私に関わってくれなければいい。ならばまだ、耐えられるというのに。

出来る限り志乃と顔を合わさないよう離れに篭もっていようとしているのに、気づいているのかいないのか、志乃は昔のように雅貴の元にやってきては話しかけ構おうとする。

その度に貼り付けた笑顔でかわしているのだが、雅貴自身も本当は気づいているのだ。

・・・志乃との時間を楽しんでいる自分に。

そんな時間はもう二度と手に入らぬと思っていたのに。とっくに諦めた筈だ。

もしくは私が拘りすぎているのか。

10年も経っても未だあの人に。あの・・・香りに。

雅貴はため息を一つ吐くと、自分に折り合いをつけるように呟いた。

「まあ、何事もなるようにしかなるまいて。」

それでも足は屋敷へは向かわず、ふらふらと城下を歩いていた。

まだ日は高い。かような時間では行き先は限られようというものだ。

それに・・・だ。

雅貴は手にした扇で口許を隠しながら自虐的な笑いを浮かべた。

此処のところ、どうもどこにいても視線を感じる。

城下で娘達に騒がれるのは慣れてはいたが、今はそれ以外に噂のせいでもあろう、人々に見られている気がする。

「全く、何かとうるさい世の中よ・・・と。」

扇の骨を指にかけるとゆっくりくるくると回しながら雅貴はいつもの店の前までやってきたが、閉まっている戸を叩くのははばかれた。

ただでさえ連日居ついている。この戸を叩けば開けて迎えてくれるのだろうが、つかの間の休息を取っているのであろう女将を心配させるのは気が引ける。

幸い初冬とはいえ、陽の暖かい昼下がりであった。

夕刻になれば冷えてくるのかもしれないが、と思いつつ雅貴は川岸へ降り少し上流へむかうと背の高い草むらの中ほどへごろりと仰向けに寝転んだ。

此処ならば誰も見咎めまい。

煙管を取り出してみたものの、火もつけず咥えると唇で弄びながら手持ち無沙汰に空を見上げる。

どこからか真紅に染まった紅葉がひらひらと現れて、傍らに放り投げた扇に落ちた。

「風流だねえ。」

雅貴はふっと笑うと扇に手を伸ばし、開いたまま胸元へ引き寄せた。

もうとっくに消え果ていたはずのあの香りが扇から立ち上るような気がして、雅貴は静かに目を閉じた。


笛の・・・音?

どれくらいの時間がたったのか、雅貴が目を開くとあたりは薄暗くなりかけていた。

「眠ってしまったか。」

思いがけず深く眠っていたようだったが、さすがに肌寒く雅貴は両手で己の肩を抱くようにしながら起き上がった。胸に乗せたままだった扇がはらりと落ちた。

雅貴は扇と煙管を拾い上げると懐に戻して、袴についた汚れをはたきながらゆっくりと立ち上がった。

久方ぶりに眠れた気がする。

こんなところのほうが良く眠れるって、どれだけ寂しい人間なのだ私は。

再び自虐的に笑った雅貴はそれでもすっきりとした思いになって、周りを見渡した。

笛の音が聞こえる。

更に少し上流に、月明かりに照らされて一人の男の姿が見えた。


総吾は一曲奏で終えるとそっと笛を口許から外した。

「ふう。」

「・・・いい音だ。」

誰かが居ると思ってなかった総吾は驚いて飛び上がった。

「え?うわっ!」

「・・・おっと。」

驚いて体制を崩した総吾の左腕をとっさに雅貴が掴んだ。

「すまぬ。そんなに驚くとは思わなかった。」

「雅貴様?い、いえすいません。集中してたのでいらっしゃるのに気づいてなくって。あーびっくりした。」

よほど驚いたのであろう両手で胸を押さえながら総吾は言った。

「・・・すまぬ。」

雅貴はくすくす笑いながら、なだめるように総吾の頭をぽんぽんっと叩いた。

21と言ったか。また先日のように拗ねるであろうから言わないが本当に純な子供のような男だ。

雅貴はそう思った。

「それにしてもそなた笛の名手であるのだな。」

総吾はびっくりしたような顔をして、そのまま恥ずかしげに笑うと。

「名手なんてとんでもないです!・・・でも笛が好きで。」

「好きか。なるほど。」

先日の笛の音もこの男の奏でたものだったのだろう。

「大した腕だ。」

雅貴が優しく微笑むと、総吾は極上の笑顔になった。

「本当ですかっ。俺めっちゃ嬉しいです。」

「私は世辞は言わないよ。いい音色だった。思わずその音に惹かれてくる程にね。」

それは嘘ではなかった。だんだんと日が落ちほの暗くなる中で、その音は、どんな人間が奏でているのだろうと雅貴の興味を引いた。気配を消したつもりはなかったが、夕闇に浮かび上がる総吾の姿に見入ってしまい声を掛けられなかったのだ。

「・・・ところでいつも此処で笛を吹いているのかえ?」

これからの季節に此処では寒かろうと訊ねたのだが、総吾は違う意味に取ったようだ。

「・・・うるさい、ですかね?一応周りに迷惑にならないように人気のないところを探したつもりなんですけど・・・。」

総吾は慌てて周りを見回した。

「ん?いやあ咎めようと思って訊ねたのではない。そろそろ冷えてきたので寒くはないかと思っただけだ。」

「あ。本当だもう暗くなってましたね。寒くは・・・いや、寒いですね。」

あははっと笑う総吾を見て雅貴もふっと笑った。

「寒さも感じないほどのめり込んでいたのかえ?」

「みたいです。今寒くなってきました。」

・・・子供というより子犬か?両手で自分の腕を抱えるようにしてぶるっと震えた総吾は子犬のようだ。

「屋敷へ戻るかい?」

雅貴は何気なく訊ねたが、総吾は少し悲しそうな顔をして首を横に振った。

「もう少し笛を吹いていたいので、まだ帰れません。」

「・・・ほう。此処でないと吹けないって事かえ?」

そう言われて総吾は悲しげに笑うと。

「・・・父が笛を吹いているの嫌うんです。俺、剣術も得意じゃないし頭もあんまり良くないから、笛ばっか吹いてるって叱られちゃうんですよ。」

総吾は手にしていた笛を見つめながら言った。

「笛、大好きなんですけどね。」

「たぶんそいつもお前さんのこと大好きだろうさね。」

雅貴が扇で総吾の手にある笛を指した。

「・・・え?」

「お前が大切に思う分だけ、そいつもお前さんの事好いているんだろうよ。現に。」

にっこりと艶やかに雅貴は微笑むと。

「そいつあ、いい声で鳴きやがる」

総吾は意味を理解できずにぽかんとしていたが、そのうち顔を真っ赤にした。

・・・ちょいとからかい過ぎたか。

「此処は寒い。まだ笛を吹こうってんなら一緒に来るかえ?」

雅貴はふわりと背を見せると下流のほうへ歩き出した。慌てて総吾も追いかける。

「は、はいっ。」

・・・今宵はこいつの笛を肴に呑むかねえ、と雅貴は微笑った。










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