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第漆話ー奇沙崎小学校七不思議ー

 

 「…以上が、現在流行している、奇沙崎(きさらぎ)小学校の七不思議です。」

 

 私がそう言うと、デスクに座っている編集長は、

 まんざらでもない笑みを浮かべた。

 

 「うん、いいじゃないの。んじゃ、夏の怪談企画は予定通りこれで行くか。」

 

 奇沙崎小学校七不思議…

 去年の暮れ辺りから、主にネット上を中心に流行り始めた噂だ。

 

 最初の発端は、

 某巨大掲示板のオカルトの話題を扱うコーナーに建てられたスレッドらしい。

 

 その後も、コピーアンドペーストーーいわゆるコピペーーの形で、

 不意に関係ないスレッドにも書き込まれるようになった。

 

 通常、この手の書き込みは単なる怪文章の嫌がらせと見なされるが、

 その内容が気にいられたのか、続いて

 個人ブログやSNSと言った場所でも次々と紹介され、

 今や怪談好きの間では一種のブームとなっている。


 そんな時、私の会社で、

 夏のこの時期に合わせた怪談特集の雑誌を出すことになり、

 その企画を任された私は、

 現在ブーム真っ盛りのこの七不思議を題材にすることを思い立ったのだ。

 

 「ただ、七不思議って言いながら六つしかないじゃないの。これ。」

 

 「よくある形式だと思いますよ。

  七不思議、と言いながら、七つ全てを知ると悪いことがあるからどうとか…、

  それで七と言いながら実際には六つしか話がなかったりするんです。」


 七不思議を全て知ると悪いことが起こる…だから七つ目は知ってはいけない…。

 百物語の、百話目を話すと怪異が起きるので、

 その一つ前の話でお開きにする、と言うやり方に相当する古典的な形式だ。


 もちろん、学校によっては、

 本当は話しちゃいけない七つ目の話、と称する話があったり、

 下手をすると、そんな「七つ目」がいくつもあって、結果的には七不思議が

 八不思議や九不思議になっているケースも当然のように存在するのだが…。


 「ううん…でも何となくパンチが弱いなぁ…内容も玉石交合って感じだし…。

  それに、ただネット上で流行ってる怪談をそのまま載せるってのも、

  脳が無さすぎるんじゃない?」

 

 編集長はそう言うと、何かを思い立ったのか、軽く手を叩くと、

 

 「そうだ、そのあるはずの無い、七つ目の話をテーマにするってのはどうだ。

  まず既存の話を紹介して、検証する。

  その後、隠された七つ目を暴く、ってストーリーだよ。」

 

 「なるほど、それは面白いかもしれませんね。

  確かに、七不思議は学校によってはされた七つ目があることがあります。

  それを捜す、と言うのはなかなか面白いかと。」

 

 「だろ。まあ、本当に無かったら無かったで、

  適当にそれらしい話をデッチ上げればいいしな。

  こんなふざけた企画で、捏造だの何だのと問題視する奴もいないだろう。」

 

 これで話は決まり…だ。

 私はさっそく資料を持って、デスクを後にする。

 

 「ああ、そうそう。

  一応この話の舞台の奇沙崎小学校が実在するかどうかも調べておけよ。

  万が一実在する学校だったら、校名をそのまんま使うのはちょいとマズい。

  無責任なネットとは違って、俺たちは責任ある報道機関なんだから。」

 

 つい今さっき、デッチ上げるだの何だの言っておいて、どの口が言うのやら。

 私はそう思って、ついつい苦笑してしまった。


 とりあえず、私は奇沙崎小学校が実在するかどうかを調べるため、

 都の教育委員会に問い合わせを行った。

 

 すると意外なことに、その学校は実在していたという。

 

 していた、と言うのは、その学校は十年以上前、

 少子化の影響で隣接する学校と合併ー事実上併合ーされ

 現在は存在しないのだと言う。


 これで校名問題はクリアね。

 

 私は、そのことに満足すると、続いて本題である七つ目の話を探し始めた。


 とりあえず、かつてあった奇沙崎小学校の卒業生達を捜し、

 片っ端から取材を申し込んだ。

 

 数日かけて、五十人近くの元在校生たちに取材した結果、

 分かったのは次の様なことだった。


 いわく、奇沙崎小学校は怪談話が盛んな校風で、

 七不思議も当然存在したこと、

 

 そして、今ネットで流行っている七不思議は

 大体において、当時実際にささやかれていた話だったという。

 

 だが、それだけの数の卒業生の中にも、リストにない七話目の話はおろか、

 既存の六つの話をすべて知っている人間はいなかった。

 

 彼らによると、ほとんどの元同級生たちも

 知っている話は大体、二つか三つぐらいだと言う。

 

 そしてなにより、既存の話は大なり小なり、

 元の噂をアレンジしているとのことだ。


 例えば「東端の階段」だと、

 内容はその階段を使うと女の子の幽霊に出会う、で終わりらしい。

 

 間違っても、階段から出られなかったり、

 自分のドッペルに出会う、なんて話ではなかったし、

 もしそんな話があれば、内容はそっちに移り変わっていただろうと言う。

 ただ単に幽霊に出会う、よりそっちの方が断然インパクトは強いだろうから。


 「トイレの由香里さん」にしてもそうだ。

 

 内容は、ネットで書かれている方法で、

 一番奥の個室を開けたら「由香里さん」に出会う、それだけ。

 一体どこから、包丁を持った男が出てきたのか分からないと

 ある卒業生は語った。


 そしてさらに腑に落ちないことは、取材した元生徒たちの誰一人として、

 「視えない生徒」の話を知っている者がいないことだ。


 とある女性の卒業生は、小さな頃からこの手の話が好きで、

 当時七不思議に興味を持ち、全学年の生徒や、

 先に卒業した姉とその友人、彼氏に至るまで聞き込みを行ったが、

 知っている話はそれ以外の五つだけで「視えない生徒」など

 聞いたこともなかったと言うのだ。


 それを聞いた私は一瞬ため息を付いたが、

 すぐに、別口からの調査が必要だな、と頭を切り替えた。


 晴れた昼の都内ーそこそこレトロな感じをただよわせる喫茶店の一席ー

 私の席の向かいにその老齢の女性は座っていた。

 

 「ええ、確かにそんな話はありましたわね。『視えない生徒』」

 

 彼女は、年齢と比較してずいぶんとキビキビした動作で注文を済ませると、

 テーブルの上に置かれたコーヒーを一口、口にふくんだ。


 「一部の先生方の間ではささやかれていましたよ。

  もうずいぶん昔の話に思えますわねぇ…。」


 奇沙崎小学校で、長年にわたって教頭を務めていた女性はそう言った。


 「先に申し上げたように、先生方の間ではそこそこ流行っておりましたよ。

  中には、教師たる者がくだらない話を子供みたいにしてるんじゃない!って、

  本気で怒っているような、昔気質の方もいましたけどねぇ。

  私はそんな風に、頭ごなしに否定はしませんよ。

  世の中、科学がいくら進んでも不思議なことは色々とありますから。」


 一息付いて、彼女はさらに続ける。


 「七不思議?もちろんその存在は当時から知っていましたよ。

  けれど、まさかこの話が七不思議の一つに含まれている、なんてことは

  実際にこの話を信じていた先生たちの中にもいないんじゃないですかねぇ。

  この話はあくまで、教師たちの間でささやかれる、

  独立した噂話だと言う認識でしたから。

  七不思議自体はどれだけ知っていたか、ですか?

  私自身は、あんまり生徒たちとふれあう機会がなかったので、

  ほとんど知りませんよ。

  それに、我が校は伝統的にその手の話には寛容でしたけど、

  それでも立場上、教師が積極的にその手の話題に首を突っ込むのは、

  はばかられますからねぇ。

  そりゃ、長年にわたって担任を任されていれば、一つか二つ、

  多ければ三つぐらいの話は聞いたこともある先生はいるでしょうけど、

  さすがに全部は…ねぇ。

  それに先ほど申し上げた『視えない生徒』の話にしても、

  どちらかと言えば、知っている先生よりも

  知らない先生の方がずっと多かったんですよ。

  私は役職上、先生方の私生活や噂をある程度

  把握している必要があったので、この通り存じてはいますけどね。」


 彼女から聞けた話はそれで全てだった。

 私は彼女に丁寧にお礼をすると、先に料金を支払って社に戻った。


 七つ目の話どころか、調べれば調べるほど

 おかしな疑問ばかりが湧き出てくる…。


 だが、とりあえず今までの話を合わせると、少なくともこれだけは分かる。


 …誰も七不思議を通しで知っている人間はいない…。


 もちろん、「視えない生徒」を知っている教師が、

 残った話を全て知っている元教え子と再会して七不思議の話をして…

 と言う可能性もあるにはあるが、そんな確率はどれぐらいなのだろうか。

 ほとんどありえないと言って良いだろう。


 しかも、その生徒か教師が、

 わざわざ手の込んだアレンジまでしてネットに書き込み…。


 そうだ。この話は最初ネットから始まっている。

 ここは原点に立ち返って、そこを調べてみよう。


 …最初に奇沙崎小学校七不思議のスレッドが建てられたのは、去年の暮れ。

 日付が変わった深夜だった。

 

 通常、この手のスレッドを建てた投稿者は、

 他のユーザーと色々やりとりをするものだが、

 この投稿者に限っては、六つの話を淡々と投稿するのみで、

 他人が何かを書き込んでも、一切反応を示さなかったようだ。


 そんな無反応な状態が続いたためか、

 そのスレッドは、もう一度日付を越す直前あたりに、

 過去ログ倉庫送りとなって、そのまま一覧から消えてしまった。


 その後は定期的にその話の一部が、誰かによってコピペされ、

 関係のないスレッドに書き込まれ、そのまま広まっていった…。


 ついでに検索サイトで奇沙崎小学校七不思議、と打ち込むも、

 出てくるのは、その元になった某巨大掲示板や、

 怪しげなオカルトサイト、個人ブログばかりだった。

 類似検索に、七話目、のワードが出現したので試しはしたが、

 結果は変わらない。

 

 ここまで調べて手がかり一つ見つけられないならしょうがない、

 編集長の言ったとおり、何かそれっぽい話をデッチ上げるか…。


 そう思いながら、何の気なしに次々と検索画面のページをめくって行く…。

 すでにオカルト系サイトはほとんど消え、

 面白みのない資料や、個人のツイッターが全てを占める中、

 ふと、それらとは毛色の違うサイトが表示された。


 それは、とある全国紙のウェブ版ニュースの見出しだった。


 『由香里さん殺害から十年 遺族と友人 悲しみ未だ癒えず』


 由香里さん…。

 思わずそのサイトをクリックしたが、

 既にその記事は期限切れで削除されていた。


 ただ、検索画面の下に残っている書き出しは、

 私の目を釘付けにするのに充分だった。


 『都内の奇沙崎小学校で十年前に、同じ学校に通う

  当時小学六年生の女子児童が殺害された事件は、発生から今日で

  十年目を迎えた。事件現場には、遺族や当時の友人達が集まり…』


 そこで書き出しは終わっている…。


 奇沙崎小学校…由香里…事件現場…。


 まさか…。

 私は居ても立ってもいられずデスクから立ち上がると、

 そのまま社内の資料室に向かった。


 資料室の片隅にある端末。

 電子情報として補完されている過去の新聞記事は大抵これで閲覧できる。


 やや震える指で、ゆっくりと、『奇沙崎小学校』と入力する。


 次の瞬間、ウィンドウ一面に昔の新聞記事の見出しが次々と表れる。


 『女児が校内の階段から落ちて死亡』 

 東京都内の奇沙崎小学校で…五年生の女子児童が…

 朝方通りかかった教師が発見…一昨日から家に帰らず…

 現場は校舎の東の外れにある階段…一昨日の夕方頃…

 足を滑らせてそのまま転落…

 

 『職員室で新任教師が自殺』

 奇沙崎小学校の職員室で…ノイローゼ気味?…

 精神的に不安定…同僚の教師が証言…


 『調理実習で起こった悲劇』

 奇沙崎小学校の家庭科室で…ホットケーキを作る調理実習中…

 三年生の男子児童の服にコンロの火が燃え移り…重度の火傷で重体…

 依然、予断を許さぬ状況…


 『調理実習で火傷の生徒死亡』

 悲しみに暮れる遺族…皮膚移植…懸命の治療実らず…学校の安全対策追及へ…


 『小学校図書室で男児が自殺』

 奇沙崎小学校の図書室で…カッターナイフを使って…現場は凄惨…イジメか…

 ノートに遺言らしきもの…学校は事実関係を調査中とコメント…


 『小学六年生の女児 屋外トイレ内で殺害される』

 奇沙崎小学校の敷地内にある屋外型トイレで…

 被害者は同じ学校に通う六年生の…由香里さん…

 包丁のような刃物で…付近では以前から不審な男性…

 現場近くに住む無職の男を逮捕…容疑を認める発言…

 覗いていたところを見られたため…口封じのため…殺害と供述…


 『学校の死角 小学二年男児 焼却炉で死亡』

 奇沙崎小学校の焼却炉で…かくれんぼをしていた同校の男児…焼却炉に隠れ…

 何らかの原因で意識が無く…火を付ける…明るくみんなの相談役だった…


 先ほどとは比べ物にならないほど指先が震え、

 記事を目で追うたびに、額から冷たい汗が滴り落ちてくる…。

 

 「あ~あ…、やっちゃったねえ…」

 「ダメですよ、七不思議は…」

 「知らなかったの?」

 「七不思議のですね」

 「七つ目の話はさぁ…」

 「知ったらダメなんだよぉ」 


 私の背後からはっきりとした声が聞こえた。

夏のホラー2015、締め切り当日でしたが何とか間に合いました(汗

初めての連載形式だったのでスムーズに操作できるか不安だったのですが何とかなりました。

今回は前二作に比べて、年少者でも読みやすいよう、なるだけ平易な文章を心がけたのですが、いかがだったでしょうか?


よろしければ感想&評価をよろしくお願い致します。

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