第肆話ー呪いの本ー
こんにちは。
今回は、僕の知っている
ーそして唯一信じているー七不思議の一つを紹介させていただきます。
僕は昔から読書が大好きでした。
ライターをしているお父さんの職業柄か、僕の家には
お父さんが買ってきた本が山のようにあって、
物心付いたころから、それに囲まれて育ちましたから…。
そのせいか、昔から友達を作って外で遊ぶことよりも、
部屋の中で本を読んで過ごすことが楽しかったのです。
小学校に上がってからもそんな有り様でしたから、
当然、仲の良い友達はできません。
ですから、休み時間中は、ほかの子のように校庭に出て遊んだり、
教室でおしゃべりをしたりすることも無く、
ずっと図書室にこもって読書をするのが、僕のいつもの日課でした。
そんな僕を、両親-特にお母さんは大変心配してくれていたようですが、
そもそも最初に言ったように、
僕は友達と遊ぶより本を読むほうがずっと好きなので、
それを辛いとか苦しいとか思ったりしたことはありませんでした。
それに図書室って言うのは、
六年間かけても読みきれないほどの本がありますからね。
僕のお小遣いや、お父さんにねだって買ってもらう分を合わせても、
とてもこれだけの量の本は揃えられないでしょう。
さて、そろそろ本題に入りますね。
その話を聞いたのは、
僕がいつも通り、昼休みに図書室で本を読んでいた時でした。
貸し出しカウンターの中にいた、
図書委員の女の子たちの話し声が聞こえてきました。
「ねえ、この図書室にあるって言うさ、呪いの本の話、本当なのかな?」
「それガチだって。こないだここの藤森先生に聞いたらさ、
『バカなこと言うんじゃありません』ってすっごい顔で怒られたもん。
普段あんなに優しい先生が、だよ。こういう噂って、
ウソだったら普通笑って否定するもんじゃない?
それがあんなに真剣になるってことは、逆に本当の話だからよ。」
それを聞いた時、この学校には七不思議の噂があったな…、
と言うことを、ふと思い出しました。
クラスで他の生徒たちが、
それについて話しているのを何度も聞いていましたし、
僕自身、その内のいくつかは知っています。
ですが、呪いの本、と言う噂は初耳です。
それも、多分この学校で一番図書室を利用している僕が知らない、
と言うのですから…。
ですが、その時は別にそんな事はあんまり気にしませんでした。
僕も結構怪談話は好きですけど、
他の子たちと同じように、真剣に信じたりはしていませんでしたから。
それからしばらく経ったある日の放課後、
図書室で何か本を借りて行こうと、棚を見回っていた時です。
偶然、今まで一度も目にした覚えの無い本を見つけました。
本…と言うよりはノートですかね?
それ自体は、近所の文房具屋で売っていそうな普通のノートですが、
何の授業に使っているものなのかも書かれていないし、
それどころか名前すら無いんです。
かと言って、新品、と言う訳では無さそうでした。
そのノートは何度も人の手が触れたようにちょっと薄汚れていましたし、
ページを繰り返しめくったような跡も付いていましたからね。
それに、そもそも伝記や古典小説が置かれているコーナーに、
何でそんな物が混じっているのかも分かりません。
誰かが間違えて置いたのかもしれない…。
そう思いながら、何気なくページをめくると、
子供の字で何かが書かれていました。
よくよく読んでみると、
それは授業のためのノートではなく、どうやら日記のような物でした。
『○月×日 今日、同じクラスのM君に校舎裏に呼び出されて殴られた。』
『○月△日 音楽の授業から戻ると、教科書がびりびりに破られていた。』
『○月□日 帰ろうとしたら、ぼくのクツがなかった。仕方なくはだしで帰った。』
ノートには持ち主が受けたらしい
陰湿なイジメの数々が事細かに書き込まれていました。
そのまま、ページを中ほどまでめくると、
今までとは変わって、たった一文だけこう書いてありました。
『毎日が辛い、死にたい』
でも、僕が本当におどろいたのは、次のページをめくった時です。
『死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい』
ただその言葉だけが、開いたページの余白に至るまでびっしりと、
細かい字で敷き詰められる様に書かれていたのです。
ですが、僕が本当におそろしさを感じたのは、その次のページでした。
『ぼくはしんだ いっしょにしんでよ』
それを見た瞬間、僕の背中に氷を入れられたような感覚が走って、
思わずそのノートを床に投げ捨てました。
…何なんだこのノートは…そもそもこのノートの持ち主は…
らちの明かない考えが、
僕の頭の中にぐるぐると浮かび上がってきていた、その時です。
広げられた状態で床に落ちていたそのノートから、
じわ…じわ…と、何やらどす黒いような赤いような液体が、
あふれ出るように床に広がっていくんです。
それは間違いなく…
それはゆっくりと僕の足元に近づいてきました…。
僕が後ずさると、誰かに背中が当たりました。
一瞬、心臓が止まりそうになり、恐る恐る振り返ると…。
…そこに居たのは、図書館の担当をしている藤森先生でした。
助かった…、僕が思わずほっと一息つくと、藤森先生が口を開きました。
「危なかったわね。あんまり遅くまでここにいちゃだめよ」
何だか冷たい口調の藤森先生の様子は、
いつものやさしい感じがまったく感じられないものでした。
そして、藤森先生の目線は、
僕ではなくその背後、あのノートに向けられていました…。
そう言えば…。
振り向いて床を見てみると、
そこにはどこにでもある古びたノートが一冊落ちているだけです。
さきほど見た、赤黒い液体はとっくに影も形もありませんでした…。
先生はその後、ノートを隣にある司書室に持って行くと、
その部屋の一番奥の棚の中にあった小さな金庫に入れて、鍵をかけました。
「このノートね、なぜかいつも図書室の本棚に紛れ込んじゃってるの。
ご家族の下に戻しても、捨ててもね。
一度、焼却炉に入れてすぐ燃やしたんだけど、
その時も戻ってきたわ。だからそれ以来、ここに保管してあるの。
毎日、あるかどうかチェックできるし、
ほかの生徒たちが間違って手に取ることもないでしょうから。」
そう説明する藤森先生の口調は、
すっかりいつものやさしいおばさんに戻っていました。
「ただ、どうしても時々、図書館の本棚に行っちゃうのよね。
やっぱり一番好きな場所にいたいんでしょうね…。」
最後に藤森先生は、
そう、何かに思いをはせるような表情でつぶやいたのです…。




