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第弐話ー視えない生徒ー

 これは、私が都内にある

奇沙崎(きさらぎ)小学校に新任教師として赴任したその年の話です。

 

 その時、私は二年生クラスの担任を任されていました。

 

 初めて小学校に上がる一年生相手には、

意外と教えなければならない事が多く、また、環境の変わる

 幼い子供達が相手と言う事で、色々と細かい配慮も必要になるらしいのです。

 

 その点、二年生ならある程度は学校に慣れてますし、

 低学年と言う事で、授業内容も簡単です。

 

 そう言う事情から、一年生教師である私がそのクラスの担任を任されました。


 最初は緊張していましたが、私のクラスにはイジメや

 モンスターペアレントと言った問題も無く、

 生徒達もみんな明るく元気な子達ばっかりで安心したのを憶えています。

 

 今から考えれば、学年担当が新人の私に配慮して、

 そう言うクラス分けをしてくれたんでしょうね。


 前置きが長くなってしまいました。

 

 そんな訳でしばらくして、

 私が教師と言う仕事にも慣れてきた頃、ある噂を耳にしたのです。

 

 その話を教えてくれたのは、赴任した当初から色々と私の世話をしてくれた、

 仲の良い同僚のベテラン教師でした。その話の内容はこうです。

 

 居ないはずの生徒が居ることがある…。


 自分の受け持つクラスで授業をしていると、

 なぜかいつもより生徒の数が多く感じる時がある…。

 

 最初はその程度の感覚的な違和感しかありませんが、

 日が進むにつれて、実際には居ないはずの生徒と

 仲良くおしゃべりをしていたり、

 なぜか授業中に指名したりするまでになるそうです。

 

 しかも、その居ないはずの生徒、に遭遇するのは、

 私の様な若い教師が多いのだとか…。


 私、これでも結構怖がりなんですよ、

 生徒達の前ではおくびにも出せませんけどね。

 

 その話はそこで終わりましたが、私の頭の中ではその話が、

 何だか言い知れない不安と共に残り続けていました…。

 

 それからしばらく経ってからのある朝のホームルームの際、

 欠席児童が一人居ました…と言うか、居た様な気がしたのです。

 

 気がする、と言うのは名簿を見ながら出欠を取った際、

 全員出席だったからです。

 

 疲れが溜まっているのかな…、とその時は思いました。

 同僚の先生から聞いたあの話は、あえて思い出さなかったのだと思います…。


 ただ、それからも時々、

 似た様な事が私の身に起こると、ちょっと偶然とは思えません。

 かと言って誰かに相談する事も出来ず、

 私は段々精神的な圧迫感に苦しめられるようになりました。

 

 そんな私を癒してくれたのが生徒達です。

 

 休み時間になると、授業の合間のほんのちょっとの休憩時間中にも、

 私の机に集まって来て、色々と話しかけて来てくれるんです。

 

 そのほとんどは他愛も無い話でしたが、

 私が前向きに頑張ろうと思うには充分すぎるほどでした。


 それでも、時々感じる本来の生徒数より多いと思う感覚は

 消えることはありませんでしたが…。

 

 それから更に日が経ったある日の放課後、

 私は職員室で一人残って、テストの採点をしていました。


 単調ながら、神経を使う作業をしている内に

 だんだん、頭の中がぼぉ~っとしてきました。

 

 ハッと気付くと、時計はすでに七時を回っていました。

 

 いけない…採点ミスをしているかも…。

 そう思って私は、もう一度、一からチェックをやり直しました。

 

 二度手間ですが、自分の責任なのですから仕方ありません。

 

 更にいくらか時間が経ちましたが、採点作業はまだ終わりません。

 

 その時です。ふと心の奥底で、妙な感覚が湧き上がるのを感じました。

 

 おかしい…、こんなに枚数多かったっけ…。

 

 次の瞬間、背後から私に向けられる

 はっきりとした視線と言うものを感じました。

 

 びっくりして振り向くと、そこに居たのは五、六人の、

 クラスの生徒達の中でも、特に私に親しくしてくれる子たちだったのです。


 何だ…びっくりした…。

 

 「あんたたち、こんな時間まで何やってんの、早く帰りなさい。」と言うと、

 その子たちは

 「先生が大変そうだからお手伝いにしに来ようかなって思ったんだ。」と、

 元気に答えます。

 

 私は「気持ちだけ受け取っておくね」と言って、

 子供たちを返そうとしました。

 

 ですが、その子たちは口々に

 「えぇ~お手伝いさせてよぉ~」「せっかくここまで来たのにさぁ~」

 「先生のイジワル~」「帰るとこなんかないよぉ~」と駄々をこねます。


 …え。帰る所が無いってどう言う…。


 私がそう思った時です。

 「えぇ~お手伝いさせてよぉ~」

 「せっかくここまで来たのにさぁ~」

 「先生のイジワル~」

 「帰るとこなんかないよぉ~」


 生徒たちが今さっきと同じ言葉を延々と繰り返し始めたんです。

 それと同時に、その子たちの表情が、

 まるで空気に溶けているかのようにぐにゃりと歪み始めました。


 あ…あ…。

 

 私が声も出せずに立ちすくんでいるのにお構いも無しに、その子達は、

 同じ言葉を繰り返しながらゆっくりと私に迫ってきています。

 

 やめてっ!


 私が心の中でそう叫んだ瞬間、突然職員室の戸が開きました。


 「先生、こんな時間まで残られてたんですか。

 今晩はもうここまでにして、そろそろ帰りなさい。」


 表れてそう言ったのは、以前私に

 「居ないはずの生徒」の話をしてくれた、あのベテランの先生でした。


 どうも彼女は、帰宅してから携帯を職員室に置いてきたのに気付き、

 それをたまたま取りに戻って来たらしいのです。


 助かった…え…じゃああの子達は…。


 ふと自分のデスクに視線を落とすと、

 採点途中の答案用紙が何枚もありました。


 何気なくその内の一枚に目を通すと、名前も、

 そして解答欄も白紙の答案が何枚もあったんです。

 

 そして、その白紙の答案用紙には、

 私が付けた採点だけが、はっきりと残されていました…。


 そんな私の様子に、何事かと疑問を持ったのでしょう。

 

 いつの間にか、同僚のあの先生が、

 私の後ろから私が採点した白紙の答案用紙を覗き込んでいました。

 その先生は、それを見るや

 何事かを理解した様にうなづくと、こう口を開きました。


 「先生も体験なさったのですね…

 私も二十年前、この学校に来た最初の年、同じことがありました。」

 

 その先生が言うにはーー学校と言うものには多かれ少なかれ、入学したけど、

 卒業できなかった子供たちが何人かは居る、と言うことでした。

 

 そう言った子供たちは、まだ自分がこの学校の生徒の一員だと思い、

 ざしきわらしのように、いつの間にか

 クラスに紛れ込んでくることがあるようなのです。


 そういう子たちは、とても良くなついてくれるから、先生もつい心を許して、

 知らず知らずのうちに、その存在を受け入れてしまうらしいのです。


 その日の帰り、私は校庭からふと、

 自分の受け持つクラスの教室を振り返りました。

 

 真っ暗な教室の窓の中では、

 あぁ…やっぱりあの子たちが、笑顔で私を見送ってくれています。

 

 「また明日ね」私はそう言って手を振り、家路に着きました…。

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