act2-25
『蛇』が引き起こした歴史的犯罪として飛空城による宣戦布告は、驚くべき速さで終息を迎えていた。それもそのはず、誰も彼もが自己保身に走って本気で『蛇』を打倒しようとも責任を追及しようともしなかったから。
だがこの一件で世界中は変革を余儀なくされた。
我が身可愛さが宗教や思想の違いを超えて全世界で急速に魔法士に対する差別を撤回していき、魔法士側も人間に対しての認識を入れ替えていった。そうしなければ命が奪われてしまう。潜在的恐怖によって支配された世界は、表面上は理想的な平和という仮面を貼り付けている。人々に笑顔が戻ったと言えるかもしれない。だがそれは所詮虚構であり、中身は空っぽのまま。
「本当、あんなことがあってまだ二週間しか経ってないっていうのに。人間ってやつはつくづく逞しいね」
事務所に戻った直後のことを思い出して白夜は背筋に悪寒を感じてしまう。命令無視に単独行動。始末書を何枚書かされたかわからない。既に記憶から悪夢として抹消されたのだと思う。
ホワイトクリスマス。
寒いと思えば粉雪がちらつき始めている中、両親のことを少しだけ思い出す。つい最近、大切な人を取り戻した人間を見ているので感傷に浸るなというほうが無理な話だ。もう一度あの奇跡を起こせればと考えなかったわけではない。だがあれは二度と成功しないだろう。魔力が足りないという問題を抜きにしても、あれは両者が両者を想い続けていたからこそ起きた奇跡。立て続けに起きてくれるはずがない。それに、既に白夜の中で両親は過去になってしまっている。
「あらあら、久しぶりですねぇ。皐月君、二週間ぶりぐらいですかね? そういえば今日はあなたの誕生日パーティーですものね。そのうち喜べるものじゃなくなると思いますけど」
皮肉混じりに声をかけられたので誰かと思って振り返ってみれば、その場所にはキャリーケースを引き摺っている遥と鬼灯の姿がある。まぁ、皮肉ぐらいは素直に受け止めておくべきだろう。彼らには二週間前大きな迷惑をかけてしまったのだから、当分頭が上がらない。
「美空、時間に余裕はあるか?」
「多少ありますけど?」
「なら少し時間をもらうぞ」
コートからタバコとライターを取り出して火をつけた鬼灯が遥をその場所に残して一人で隣までやってくる。暴言の一つでも浴びせられるのだと覚悟した白夜は身構えてしまうが、予想に反して鬼灯の手は自分の頭の上に乗せられている。
「皐月、よくやったな。お前たちが動いたからこそ、今の平和がある」
「皮肉、ですか?」
「正直な気持ちを口にしただけだが、お前は後悔しているようだな」
「後悔がない訳ないじゃないですかっ」
つい荒立って鬼灯の手を払ってしまう。特に慌てた素振りを見せない彼が非常に憎く思えてしょうがない。自分は救えなかった。もっといい方法があったはずだ。そう考えなかった日はない。それでもあの方法が自分に取れた最善策だった。それを褒められるということは自分を否定されることにつながってしまう。
「俺が出来たのは恐怖で人を抑えつけることだけ。本当の意味じゃ誰ひとり救っちゃいない。最低最悪な方法をとったんだ。これから先、どれだけ時間が経っても俺は俺を許すことなんてできねぇよ」
大声を張り上げ、感情が爆発してしまった白夜の瞳からは涙がこぼれ落ちる。間違っていたわけではない。それでもあの時の最善策が今も正しい方法だったとは思えない。自分は選ばなければならなかった。あの時の選択が正しいと思ってしまえば、自分が世界中にばらまいた呪いさえも正当化されてしまう。
「お前が自分を許せないというなら今はそれもいいだろう。自分の無力さを痛感したなら別の方法だって存在するかもしれない。見つかるかもしれない。足掻き続けろよ、皐月。そして見つけてみせろ」
「厳しすぎだろ、鬼灯先輩」
「それぐらいがお前たちにはちょうどいい。それと、お前が悔やんでいるのはあくまでも過程であって結果じゃない。少しでも楽になりたいと思うのなら、結果だけを受け入れてみろ。そうすれば少しは救われる」
最後にもう一度白夜の頭を撫でた鬼灯は遥と一緒に背中を向けて歩いていく。相変わらず厳しいながらも優しい人だと素直に思う。言葉は足りずとも伝わってくる。罪に押しつぶされるのではなく救った世界に目を向けろと彼は言っているのだ。まだ自分には可能性が残っていってくれたのだ。
「とりあえず、今の俺にできるのは今日を精一杯楽しむことぐらいか。はぁ、これだから人生ってやつは難しい。糞ゲー一歩手前なくせして喜べる瞬間が限りなく存在してやがるんだから。積みゲーにも出来やしねぇ。本当、いい意味でも悪い意味でも退屈とは無縁だな」
ようやく第一章が終了。
ここまで付き合ってくださった方々に感謝以外の言葉を作者は送れません。
次回の更新から第二章へと突入しますので、
しばらくお待ちください




