act2-24
『死者蘇生』が終わり、歓喜に打ち震えながら孫娘を抱きしめるグレゴリオと魔法士では決してたどり着けない頂きを見せつけられて愕然とするビブリオ。そんな二人から自分の視線を引き剥がし、白夜は玉座へと歩み寄ってその場所に腰を下ろす。未だ『絶対防御反射万華鏡』は解除しない。既に巻き込んでいるとはいえ、ここから先踏み込ませるつもりはない。
魔法で左目の部分だけかけた仮面を作り出して装着する。表情を隠すのと同じように心も悟られないように覆い尽くす。これから行う事は間違いなく悪。それを自覚しているから巻き込めない。始まりを作ってしまった責任を果たすためにも、この茶番劇の幕引きも自分で行わなくてはならない。逃げ出したいと心が悲鳴を上げる。別の方法がきっとあるはずだと悲痛な叫びを心が上げる。それを無視して自分の弱さを今だけ仮面で押さえ込む。
今から始めるのは恐怖劇。
探したところで見つかるのは全てバットエンド。望みは絶たれ、呪いを施すことによって救われる存在もある。予定はだいぶ狂っているが修正が不可能なわけではない。後は白夜が悪に徹することで終わりを世界につきつけることができる。
「はじめまして、終末へと向かう時間を如何お過ごしだろうか? 我が名は『蛇』。魔法士序列一位にしてこの世界に変革をもたらし、恐怖を刻む者だ」
今の自分の姿を白夜は投影魔法で全世界へと送り込む。
あるものは城の内部映像が映し出されたことによって自分たちが救われたのだと歓喜し、またあるものは自分たちは敗北したのだと絶望に苛まれる。だがそれは始まりに過ぎない。ここに希望があっていいはずがないと白夜は考えている。希望の芽はすべて摘み取り、憎しみを恐怖だけが残らなくては意味がない。
「我が配下であるグレゴリオに今回のことは一任していたのだが、あいつは温すぎると判断し、先程処断させてもらった。魔法士だけは救う? 甘すぎて怒りを通り越して逆に呆れてしまったよ。我は、我以外の全てを根絶やしにするためにこの城を作り上げたというのに、その考えをあいつは理解していなかった。だからこうして我自ら姿を見せる形をとった。断言しよう。我は全てを破壊する。生き残るのは我だけでいい。我以外の魔法士、人類全て等しく滅びろ」
救いや希望を自分の手で握りつぶす。彼らは自分たちは救われると願っている。自分から動くこともせず、自らが犯した罪に背を向けてなかったことにして、自分たちは被害者だからと声を揃えて口にすることだろう。そんなことはさせない。そんな都合のいい展開は先程までの救出劇でお腹いっぱいだ。
「グレゴリオの宣戦布告からちょうど二十二時間が経過した。人類側は結論が出ただろうか? 出ていようがいまいがどちらでもいい。よく聞け。この城には何名かの魔法士が我の目的を阻止しようと乗り込んできている。貴様らには希望だろう? だが、もう遅い。今からでは隕石を破壊することも、我を打倒するにも時間が足りない。完全なる詰み。我以外のすべての者たちの敗北が決定したのだ」
暗い愉悦で心を塗りつぶす。この場所で人間としての心は邪魔になる。人間であってはならない。魔法士であってもならない。全ての者から憎悪と畏怖を向けられる存在を演じきってこそ、ようやく幕を引くことができる。
「だが、流石の我もここまで一方的だとつまらない。暇つぶしにすらならない。だから貴様らに取引を持ちかけようと思う。応じるというのなら、隕石は我がどうにかしよう。なに、難しいことではない。貴様らが敗北を認めている今なら簡単すぎる。魔法士も人類も等しく家畜であることを認めろ。我以外が全て同価値であることを認めろ。たったそれだけだ。無論、この場限りではない。命ある限り永遠にだ。それが確約できるのであれば右手を空へと伸ばせ。我以外の全てが今のことを認めれば命だけは救ってやる。どうだ、認めるか? 魔法士は自分たちが劣等種と蔑んでいる人類と同格であることを。人類は被害者ヅラしている自分たちが加害者であるという事実を」
残り時間は少ない。一時間を切ってしまえば『蛇』にだって隕石をどうにかできる手段は失われてしまう。『原子崩壊』の制御システムが残っていればどうにか出来たかもしれないが、それは自分の意志で破壊している。自分にも逃げ場がなくなるように追い詰めるために。
次々と目の前に映し出されるカウント数が全体値に追いつこうと速度を跳ね上げていく。絶望に飲まれかけた者たちはそれが僅かであっても希望に手を伸ばさずにはいられない。そのために追い込んで希望も用意した。これがかの有名な蜘蛛の糸であることを『蛇』以外は知らない。希望なんて残すつもりは最初からない。
「どいつもこいつも浅ましいな。だが、ここまで望まれたのであれば叶えてやろう。しかしだ、その前に一つ重大なことを口にしておく。貴様らは救いに手を伸ばしたつもりだろうが、掴んだのは呪いだ」
カウント数が全体値と同じ数になったことを確認して『蛇』は玉座から立ち上がり、声を張り上げる。
「今、我は貴様らに呪いをかけた。口約束ではないと証明させるために。今後、我が認識している差別行為を貴様らが行った場合、貴様らの体は内側から弾け飛ぶ。貴様らは自分たちの意思で自分たちの体に爆弾を仕掛けたのだ。脅しだと勘違いしているものはそれでいい。試してみるといい」
早速『蛇』の言葉を信用しない者達が彼の望む行動をしてくれる。結果として、彼らの肉体は弾け飛び、原型をとどめないレベルで破壊される。これこそが彼の描いた終着点。誰もが認めないというのであれば認めざるを得ない状況を作り出し、首輪をはめてしまえばいい。決して外れることのない呪いという名の首輪を持って支配する。
「ご満足いただけたようで何よりだ。さて、今度は我が応える番だな」
言葉と共に『蛇』の姿がいきなり大気圏付近に出現する。それと同時に映し出されるのは赤熱化してもまだ巨大な原型を保っている隕石。その隕石が一瞬で幻のように消失する。
『超新星蒸発終焉』。
本来であれば超大型惑星が最後にもたらす強大な爆発を意味する。この魔法はそれを周囲に影響を及ぼさないように限定空間下で擬似的にこの現象を引き起こす。規模、威力、必要とされる魔力全てが現存する魔法士では到達できない領域。故にこの魔法は後に禁呪の最上位、『神呪』という名を贈られることとなる。
「最後に、我が与えた呪いを解呪する方法を教えておこう。我を殺すことだ。それ以外に解呪方法はない。この世界に潜む我を見つけて殺せ。それができれば貴様らは家畜から解放される。精々、我の暇つぶしに付き合え」
その言葉を残して姿を消した『蛇』を発見できたものはいても打倒できた者は後の歴史にも存在していない。だがこの瞬間を持って歴史上に『蛇』の名前は確かに記録された。一瞬とはいえ世界を征服し、憎悪と畏怖を人々の心に刻み込んだ魔王として。




