act2-22
禁呪。
魔法士達にとってこれを一つでも使用できるという時点で魔導の深淵に到達した意味合いを持つ最上級難易度魔法。その多くが殺傷能力に長けた攻撃魔法であり、使用制限がかけられているだけでなく単独で使用できないほどに膨大な魔力を必要とする。そしてこの禁呪において誰もが望みながらも到達すどころか研究することさえ魔法士連盟によって禁止されている魔法が三つだけ存在する。
『歴史改変』に『異世界接続」、そして『死者蘇生』。
この三つが禁止されている理由は単純に二つ。一つはそれ単体で世界バランスを崩してしまう危険性を孕んでいること。もう一つが代償行為によってその魔法を行使することによって多くのものが失われる可能性があること。それでもこの魔法は多くの魔法士に求められて止まない。
「この場所で今から俺は『死者蘇生』を行う。この事実が連盟の重鎮に知られたら俺は一生監獄で暮らす羽目になる。だから、バレないように力貸してくれねぇ?」
日常のわがままを口にするような口調でとんでもないことを口にする白夜。普段から彼の唐突な行動に慣れてしまっているブルーバードの面々はともかく、そのほかの魔法士達は開いた口が塞がらない。言い換えてしまえば彼は未だ連盟結成当初の時代でしか扱うことができなかった魔法を単独で行使できると断言しているようなもの。
「相変わらず無茶苦茶っすね。でも手伝うって言ってもどう手伝えばいいのか自分、全然見当もつかないんすけど?」
「俺が『死者蘇生』を行っている様子を連盟に見られたくない。爺さんや婆様あたりだったら確実に視点をここまで飛ばしてくる。だからそれを妨害して欲しい。具体的に言えば『観測不可な猫箱』で俺の周囲を覆ってくれ」
「自分、魔法の構築式も展開式もわかんないっす」
「僕もそんな高難易度魔法使えないよ? 正直言って無理」
「任せてと言えないところが歯痒いわね。そもそもそんな封印魔法指定を受けている魔法を使用できる人がここに居るの?」
『観測不可な猫箱』。
かの有名な哲学者が用いた実験から名前を取ったこの魔法は、一定空間を猫箱に指定することで世界から隔離する。内部空間で起こっている事態は内部にいるものにしか観測できず、時間の概念すら無視してしまう為、自分の研究を見られたくない魔法士が特に好んで修める魔法なのだが、この場所で頼りにしていた面々は揃って首を横に振っている。
「そっちの四人は?」
「僕の専門は魔法師戦闘だよ? 期待してくれるのは嬉しいけどご期待にはそえない」
「悪いがその分野は俺の専門外だ。力になれなくてすまない」
「私も序列二位と同じ戦闘系ですので申し訳ございません」
「妾とて力を貸してやりたいのは山々じゃが、あの魔法は難易度が高すぎて」
「全滅かよ」
期待が大きかったせいで白夜は大きく肩を落としてしまう。この場所にいる魔法士全員彼の望んでいる魔法を行使することができない。かと言って封印魔法と禁呪を同時に使用して満足のいく結果を得られる自信が彼にはない。それでも諦めることを嫌って何かいい方法がないかを模索するがどれもこれもが彼の脳内で自己論破されてしまう。
「何やら面白い話が聞こえたから覗いてみれば、差し支えなければ私が手を貸してあげようか?」
「漆原、さっきは世話になったなぁ」
そんな時玉座の間に現れたのは好奇心で瞳を輝かせたビブリオと、伊月に負わされた傷がどこにも見当たらないレイニーの二人。タイムリミットが迫ってきている状況での戦闘は極力避けたいが敵対している相手がこちら側の事情を汲んでくれるはずもない。白夜以外それぞれが緊張の渦に飲み込まれかけている中で、血気盛んなレイニーの頭をビブリオが後ろから思いっきり叩いたことで場が凍りつく。
「レイ、君は負けた。この場所での戦闘は避けなさい」
「なんでだよ? 今度は勝てるかもしれねぇだろ?」
「勝算も上積みもなしに挑むような馬鹿丸出しの生き方はやめろと言っている。それに、私の好奇心を満たしてくれる相手がすぐそばにいるんだ。私の邪魔をするのなら、まずは君から消すよ?」
早速突貫しようとするレイニーは恨めしそうにビブリオを睨みつけるが本人は柳に風といった感じで気にも留めていない。魔法士として完成している彼女は言葉通り自分の邪魔になると判断すれば血の繋がった妹であっても本当に排除することだろう。いい意味でも悪い意味でも彼女は個人でそれ以外を必要としていない。
「資料で見た顔だな。確か、ブルーメル姉妹だよな? そんで何を好んでこんな場所に来る必要があった?」
「ふふっ、自分でも可能性を考慮しておきながらこちら側から答えを引き出そうとする。慎重だね。一応この場所で君たちと敵対する意思はないと口にしておこう。既に勝敗は決して、この盤面を覆す手を私は用意していない」
口先では本心を隠して何とでも言える。序列十位の席に座り、虎視眈々と一桁台に座ることを狙っているビブリオ。彼女が得意とするのは悠斗の切り札である『贋作使用』と同じ再現魔法。再現魔法は一度自分が視認するか体験した魔法を模倣し、己の魔法へと昇華させるいわば魔法の窃盗。この場所にいる時点で今までの戦闘で使用された魔法を彼女が既に自分のものにしている可能性は多いにある。
「私は協力を申し出るために来たのだよ。君が望んでいる『観測不可な猫箱』を私は使用することができる」
「親切にどうも。素直に手助けして欲しいって言いたいところだけど、あんたの場合はそうじゃない。あんたの取り分はどこにある?」
「話が早くていいね、実に助かる。馬鹿ではないらしい君は既に私の欲しているものに見当がついているはずだ。それとも私の口から直接聞きたいかな?」
『全体防御反射万華鏡』が未だに解除されていないため、白夜以外は戦闘に今すぐ参加することができない。ビブリオの要求は誰だってわかっている。彼女は『死者蘇生』を見て自分のものにしたいのだ。誰もが欲し、手に入れることができずにいた禁呪を手にして更なる高みへ至り、魔法士としての完成を目指している。
「私は『死者蘇生』をこの目で見たい」
「成功するかどうかわからない魔法を見て何の意味がある?」
「君、それは勿体ぶっているのと同じ意味だよ? 自分が失敗する可能性を極限まで排除して魔法を行使するのが魔法士だ。安心したまえ、君は失敗しないさ。だってここで失敗したらグレゴリオ・ハーベントは確実に救われない」
残り時間は既に四時間を切っている。ここで時間をかけていられる余裕はどこにもない。だがビブリオの提案を飲んでしまえば確実に火種が残ってしまう。それだけでなく魔法を使用終了した直後、自分の命を狙われる危険だってある。そこまで考えてから白夜は大きく息を吐きだし、彼女の瞳を真っ向から見つめる。
「わかった。あんたとの取引に応じる。んで、見るのはあんた一人でいいのか?」
「当たり前じゃないか。誰かにこんな遭遇する確率が天文学的なものを見せられるはずがない。独占させてもらうよ」
「だったら中に入るのは俺とグレゴリオにあんた、後はそこの棺だ。手早く頼む」
「この状況下で冷静さを保つことができる時点で君は優秀だね。少なからず魔法だけでなく君個人にも興味が持てそうだ。今後の為にも名前を教えてもらって構わないかな?」
「魔法士序列一位『蛇』。あんた相手に名乗るのはこれだけだ」
名乗っただけだというのに心臓にナイフを添えられているような感覚がビブリオを襲う。必要以上に踏み込んでくればすぐにでも自分の命が奪われるという実感。それが彼女の心を更に興奮で高揚させる。人間としての感情を残しているくせに思考は完成された魔法士と同等。研究者である彼女の好奇心が刺激されないわけがない。彼女は今まさに未知の存在と遭遇している。
「私の心をここまでかきたてるとは、今度お茶でもご一緒したい気分だよ。勿論私のおごりだ。どうだろうか?」
「無駄口を叩くなよ、観客。日本には触らぬ神に祟りなしって言葉がある。好き好んで自分の命を縮めようとするな」
「釣れないところも好感が持てる。だがそうだね。今は目の前の奇跡を堪能させてもらうことにしよう。期待は裏切らないでくれよ?」




