act2-20
マルコと夜空が完全に匙を投げ、時間が事態を解決しくれることを望んでいた頃合いを見計らっていきなり声が降ってきた。
「随分とお楽しみのところ悪いけど、私に対して何かしら申し開きがあるのではないかしら? ねぇ、皐月君?」
映像と共に耳に響いてきた碧流の声で白夜は一瞬で現実に引き戻される。事態が事態だっただけに本部にいた碧流に事情を説明している時間はなかった。結果として無断でこの場所に突入しているため、どう言い訳していいものか悩んでしまう。思考回路をフル回転させてうまい言い訳を考えようとするが、次に聞こえた声で白夜だけでなくヨシュアと伊月の二人も顔面蒼白になってしまう。
「随分と楽しそうですね、皆さん。私達もそちらに向かっていいかしら?」
温和な表情を浮かべたショートカットの黒髪に藍色の瞳の女性が、身につけている灰色のスーツの胸ポケットに手を移動させながら言葉を口にすれば、恐怖という感情が光の速さでブルーバードの面々は呼び起こされてしまう。
「「「「美空先輩がどうして」」」」
「私だけではなく、朱里もいますよ? こちらは今事態の収拾に追われていますから。もっとも、魔法士の反乱なんて力任せに潰してしまえばそれで終わってしまいますけど」
女性の名前は美空遥。二年前までブルーバード魔法士事務所で実習を積み、現在は対魔法士機関である騎士団に所属している。その隣、赤みがかかった黒髪に瞳を閉ざすような位置に包帯を巻いている男性はつまらなそうにタバコの煙を燻らせ、背中越しに声を投げかけてきた。
「美空、言葉は大仰だが魔法士を殺すだけの簡単かつ直ぐに終わるような仕事だ。現状は俺一人で事足りる。書類作成をサボらないと約束するなら、騎士団の設備を使ってお前一人ぐらいすぐさま送り込んでやれるぞ?」
「それじゃあ、お願いしようかしらね」
「鬼灯先輩までいるのかよ。って、こっちはもう十分すぎる戦力がいるから大丈夫だって」
美空遥に朱里鬼灯。かつてブルーバード事務所に所属していた対魔法士で両者とも現在は騎士団の幹部に昇格している。事情は詳しく知らないが二人は碧流に大恩があるらしく、彼女から連絡があればすぐにでも駆けつけるぐらいの忠義心を持っている。今回もそれで一緒にいるのだろう。
「失礼、自己紹介が遅れました。私はそちらにいる四名が所属しているブルーバード魔法士事務所で所長を務めさせていただいている相原碧流です。序列二位、バルベリオス・アロンダイト殿に序列六位フェイ・ロンファ殿。序列八位、皐月夜空殿に序列十一位沖田神楽殿、此度はうちの所員へのご助力感謝いたします」
深々と頭を下げ、ずれてしまったメガネを定位置へと戻して碧流は続ける。
「現状、私共は反乱の鎮圧に動いております。が、そちらの状況をほとんど理解しておりません。事情をお聞かせ願えますか?」
「相原女史、手短にこちらも伝えよう。こちら側の損耗はなし。相手側は魔人をほぼ掃討され、残っている魔法士は宣戦布告を行ったグレゴリオ・ハーベントだけ。あとは消化試合に近い」
碧流の問いに答えたのは怯えている四人でも、なぜか視線をそらしている神楽でもなく夜空。
「相原先生、すみません。急ぎ確認したいことがあるので割り込ませてもらいます。一応弁明する時間は与えましょう。沖田長官、どうして我々に指示を出すことなくあなたがその場所にいらっしゃるのですか?」
遥の問いで全員の視線が一斉に神楽へと集中する。神楽がどんな立ち位置にいるか知らなかったとはいえ、この場所に何の説明もなしにいることは非常にまずい。弁明を受ける時間を用意していると口にはしているが、内心で遥は彼女の弁明を聞くつもりがない。糾弾して役職を放棄しなければならないところまで追い詰めるつもりでいる。
対魔法士機関は人類の存続を第一として動く魔法士たちで構成されているため、魔法士連盟と水面下で敵対している組織。彼らにあるのは苛烈なまでの正義感だけ。それが例え人類のためとわかっていた行動であっても組織の足並みを崩すような行動は許されるものではない。ましてや神楽はトップである長官の椅子に座っている。
「美空、長官には長官なりの考えがあってのことだろう。所謂末端である俺たちが問い詰める権限は持っていない。私情は控えろ」
「でもでも、朱里」
必死に食い下がろうとする遥だが、鬼灯は彼女に対して聞く耳を持っていない。それどころか神楽を庇っているようにすら見えてしまう。それが余計彼女は気に入らないのだろうが、当人は全く気にしていない。
「それで、だれかが消化試合と口にしていたが実際はどの程度かかりそうだ? 皐月、隕石の件も含めてどれだけ時間がかかるのか、予想でいいから口にしてみろ」
「おおよそ、あと五時間ぐらい」
「五時間か。今、隕石衝突まで残り六時間を切ったところだ。一応、親切心から聞いてやる。俺たち抜きで片をつけられるんだな?」
鬼灯はとある理由で両目を自分の意思で閉ざしている。そのせいで感情のほとんどが読み取れないのだが、問いかけに込められた重みは十分すぎるほど伝わってくる。ここで彼の気に入る答えを口にできなければ、彼らはすぐにでもどちらかがこの場所に乗り込んでくる。そうなればグレゴリオの真意を確かめることも救うことも白夜はできなくなってしまう。それだけは避けなければならない。
「万全を期すって意味では、この場所で先輩たちに助けを求めたほうがいいことは俺もわかってる。でもさ、それじゃいつまでたっても俺たちは守られてる子供のまんまで、自分たちじゃ何もできないって言ってるようなもんだ。出来るかどうかはわかんねぇし、わがままって言われたら反論できないけど、俺たちにやらせてほしい」
白夜の言葉を受け、碧流と遥は互いに視線を交錯させている。それを無視して口元に笑みを浮かべた鬼灯が言葉だけ残して通信を勝手に切断してしまう。
「だったら勝手にしろ。お前らはもう立派な大人だ。誰かに許可を求めなきゃ動けない能無しでもなければ、自分を持ってない歯車でもない。それで失敗したらそれが全てだ。お前らがやりたいようにやれ」
一方的に打ち切られてしまった会話のせいで、少しだけ自分を失ってしまっていた面々だったが直ぐに自分を取り戻して大きく息を吐き出す。
「これ、終わったら鬼灯先輩に菓子折り持って謝りにいかねぇとダメだろうな。多分、持って行って謝ったら謝ったらで怒られそうだけど」
「でしょうね。鬼灯先輩がいてくれて本当に助かったわ。美空先輩だけだったら乗り込んできて、全員殺し尽くして終わるパターン確定でしょうね」
「自分も付き合うっす。なんて言えばいいのかうまい言葉が出てこないっすけど、鬼灯先輩に感謝っす」
「だよねぇ。厳しいけど、本当に僕らのことを思ってくれてるから僕らの意思を尊重してくれてるんだから。今度会ったら肩でも揉んであげないとね」
同じ時間を過ごした四人は遥がどれほど怖い存在なのかと同時に、鬼灯がどれほど自分たちを心配してくれているか知っている。途中で通信を勝手に切れば二人にどれだけ叱責を受けるかなど彼が知らないはずがない。それでも自分たちを優先してくれたというのだから、その信頼に応えずには終われない。
「朱里鬼灯に美空遥。一応幹部会で何度か会ったことはありますが、あなたがたと面識があったとは。世間は狭いですね」
「ヴァーミリオンにスカイブルー。騎士団でも過激派で有名な二人と知り合いだったなんてさすがはシムだね」
「あれが騎士団ご自慢の双翼か。彼らにかかれば魔法士の反乱ぐらいどうってことはないだろうな」
直接面識がなかったマルコと夜空だって彼らの悪名は度々耳にしている。
騎士団に所属する魔法士は慈悲も容赦も無縁の存在で、一度組織ができと判断した存在は徹底して排除する。魔人なんて彼らと比べれば生易しい。魔法士でありながら魔法士を殺すことに特化した魔法士。そこで色の名前を与えられていることこそ鬼灯と遥が幹部であることの証明。
「さて、そんじゃまぁ、ゲンコツくれてやりに行きますか」




