act2-19
玉座の間に扉一つ隔てた場所に乗り込んできた仲間が若干一名増えているが、全員集合している様子を見て白夜は右手で頭をかく。今の自分の姿を見られたくなかったので敵と遭遇したら全員に逃げ回っていてくれと指示を出していたはずだが、彼の予想をいい意味で裏切って全員集合している。
「俺らで最後って、どんだけ早いんだよ。まぁ、全員無事でなによりだけど」
ため息混じりに口にするが、神楽と悠斗の背中で寝息を立てているレティシア以外は言葉を失っている。受け止める心の準備が出来ていない。目の前にいるのは確かに知っているはずの白夜のはずなのに、魔力の質や量が同一人物であると信じられないレベルで変化している。
「白夜、あなたその髪」
「ってまた増えてるし」
白夜の変化に戸惑いながら言葉を口にする伊月と、彼の後ろにいる神楽を発見して大きく肩を落としてしまうヨシュア。二人の質問に答えてあげたいのはやまやまだが、どう答えたらいいものか悩んでしまう。そんな彼の視界に入ってきたのは悠斗に担がれている状態のレティシア。
「悠斗、その子は?」
「この子は、フォーチューン一族の被害者っす」
「ああ、あの一族の。ってことは、やっぱりあれは誤植じゃなくって二人以上いたってことか。あんにゃろう、ふんだくってくせにいい加減な仕事しやがって」
情報屋から入手した情報に誤差が判明し、白夜は右手で頭を掻き毟ってしまう。そんな彼の次の言葉を待てず、悠斗は問いかけてしまう。彼は先程まで一緒に行動していた魔法士とは違うと願いを込めて。
「自分、この子をどうすればいいのかわかんないんす。命を救ったはいいけど、どうやればこの子を本当の意味で救えるのかわかんなくって。自分、どうすればいいっすか?」
「自分で答えを出せよ。俺が仮に助言したところで決めるのはお前。その子を救ったのもお前。だったら最後まで責任は持て。まぁ、俺が巻き込んじまった手前、お前がやりたいように動く分にはフォローはしてやるから」
そこで白夜は悠斗へと近づいてレティシアの寝顔を見つめる。悠斗と違って彼はフォーチューン一族について少なからず知っている。その知識に間違いがなければ少女は間違いなく体中を弄り回されているため、今のままでは日常生活を送ることさえできないだろう。
「それに、一人でも救えた時点で上出来だろ? その子は悠斗、お前だから救えたんだよ。他の奴らは諦めるだろうし、俺じゃ救えなかった。だからそんな顔して下向いてねぇで胸を張れ」
「白夜さん」
「とりあえず、落としどころとしてはこの件が終わったらフォーチューン一族の所在地に乗り込んで、あるだけ資料持ち出して対策練るってとこか。後回しでわりぃな」
「そんなことないっす。その言葉を聞けただけで十分すぎるっす」
瞳にたまってきた涙を強引に拭って、悠斗は顔を上げる。外見や魔力に変化があったとしても間違いなく彼は白夜だと確信が持てる。厄介事を抱え込む羽目になってしまった自分を排除するのではなく受け入れるだけでなく、その先まで考えてくれている。
「それで白夜、その女はどこの誰だ? 将来の妻である妾に包み隠さず口にしてみよ。妾とて狭量ではない故、言い訳ぐらいは聞いてやろう」
「そうだよ。こっちはこっちでいろいろ大変だったっていうのにどうしてまた増えてるんだよぉ。僕ひとりじゃ満足できないって言うの?」
「またこの場所で答えづらい質問を。こいつは沖田神楽、魔法士序列の十一位でどうにか説得してこっち側についてもらったんだからあんま邪険にすんな」
一応自分の知っている限りで神楽のことを説明した白夜だったが、次に彼女が発した言葉で状況が一瞬で変化してしまう。
「皆様、お初にお目にかかります。私は沖田神楽。ご紹介にもあった通り、今は同じ目的のもと動いておりますのでよろしくお願いいたします。別の意味でも夫の白夜さん共々よろしくお願いします。これぐらいですかね?」
「は? え? 言ってることがさっぱり全然わかんないんですけど?」
「白夜さんこそ何を驚いているんですか? 私と一緒に悩んでくれるのでしょう? それともそんな簡単に答えの出る問題だとでも?」
「近い近い近い近い。確かに一緒に悩むって言ったし、すぐに答えが出るものだとも思ってません。一旦落ち着いて離れようか? ねっ?」
どこからどう見ても修羅場にしか見えない。だがそれで逃がすほど神楽は甘くないので、当然、白夜が落ち着かせようと前に出した手を両方共自分の方へと引き寄せて胸に当てている。着物姿で着やせしているように思えたが、手に伝わってくる感触からかなりのものを隠していたことがわかってしまうがそれを楽しんでいるほど彼に余裕はない。汚物でも見るような冷たい視線を伊月から向けられ、ロンファは額の血管が今にもちぎれそうなほどこめかみをヒクつかせている。
「そんなのダメに決まってるでしょっ。白夜は僕の恋人なの。僕のなの」
神楽を両手で押し飛ばして白夜を彼女から奪還したヨシュアはすかさず、自分の唇を彼の唇に押し当てて自分のものだということをアピールする。当然、ロンファは怒りが頂点を超え、伊月は愛用の刀に手をかけるが、神楽は口元に手を当てて微笑ましく二人のことを見つめている。
「なるほど。では第一夫人の座は恋人であるあなたに譲りましょう。ですが、愛人の座は私に譲っていただきます」
「またわけのわからんことを」
「う~ん、僕と白夜の関係を認めた上で自分も加わりたいと。二番手って認識を忘れずにいてくれるなら、止めるのはちょっと野暮かな?」
「そこはそこで許容すんのかよ」
いい加減ツッコミもだるくなってきてしまった白夜が背中に柔らかな感触を感じて振り返ってみれば、いつの間に抱きついてきたのか、自分もそれなりのものは持っていると主張するように胸を押し付けてくる伊月がいた。
「あの、伊月さん? あなたは一体何をやっているのでしょうか?」
「何をやっているように見える?」
「え? それを俺が答えるの? この状態で?」
「おっぱい星人のあなたにはご褒美でしょ? 私、最近考えて結論に至ったのよ。やっぱりヨシュア相手じゃアピールの手段を変える必要があるって。私、結構頑張ってこの場所にたどり着いたのよ。だから、ご褒美が欲しいかな? なんて」
後ろから白夜の耳に甘噛みしてくる伊月の表情は分からない。だが前から抱きついているヨシュアの険しくなった表情を見れば大体の予想はつく。このままでは嬉しすぎる誘惑合戦が開始される。男である彼はこの誘惑を断ち切ることができずにいる。思わず生じたシチュエーションを自分の手で壊していいものか悩んでしまう。
「そうか、白夜は胸が大好きだと。ならば正妻として妾が一肌脱いでやるべきだな。夫を満足させるのも立派な妻としての努め故に」
「ここで乗ってくるのかよっ」
「ふふっ、揉む、吸う、感触を楽しむ。白夜、お主だけに許された特権だ。前後から微妙な脂肪に圧迫されてさぞ苦しかろう。妾のもとへ来るがよい」
白夜の右手を自分の胸の谷間でガッチリとロックして自分のもとへとロンファは引き寄せる。それを黙認するほど伊月とヨシュアが穏やかな性格をしているはずもなく、彼は押し付けられる感触で幸せを満喫してしまっている。しかも神楽は微笑ましそうに見守っているだけでなく自分も参戦するように左側から彼の手をとって胸を押し付け始めている。
もはや完全にカオスな空間。
いつもならここで悔しがった悠斗が壁を叩くか、発狂するかして場はしらけるのだが、レティシアを背負っている彼は背中の少女を気にしているふりして、見て見ぬふりしている。そうなればこの流れを断ち切る人物はこの場所にいない。
「夜空さん。僕が言うのもなんですが、シリアス、どこに消えちゃったんでしょうね?」
「俺にもわからない。先に進みたいのはやまやまだが、今あの場所に飛び込めば白夜はともかく、女性陣に殺されそうな気がする。とりあえず、収まるのを時間が許す限り待つことしかできないだろうな」




