act2-18
神楽を受け入れることで共に行動していた白夜だったが、設計図を所持しているにもかかわらず道に迷っていた。何度別のルートを通ったとしても必ず彼女と戦闘を繰り広げた部屋へと戻ってきてしまう二人。一旦、思考を纏めるために壁に背中を預けたのだが、なぜだか彼女は隣で密着している。
「これ、どっからどう考えても『螺旋回廊』だよなぁ。これどうやって解呪すりゃいいんだっけ?」
『螺旋回廊』。
視覚誘導系の催眠魔法であり、魔法の効果範囲内では視覚情報が強引に誘導されてしまうため、出口のない迷路をさまよい続ける羽目になってしまう。相手を目的の場所にたどり着かせないための時間稼ぎにはもってこいであり、逆を言えばこの先に目的の場所があることを示している。
「手を貸す代わりに聞かせてください。白夜さんはどうしてこの飛空城の構造にそんなに詳しいのですか? この飛空城は魔法士連盟が厳重に封印していた『魔法兵器』の一つ。序列一桁台であっても完全に把握している者はいないはずです。それなのに何故?」
「作成者本人だからですよね?」
第三者の声に神楽は瞬時に臨戦態勢に映るが、白夜は別段気にした様子もなく声の聞こえた方に視線を向ける。
「俺の代わりに答えてくれてどうもありがとう。んで、ようやく姿見せたってことは何かしら用件があるんだろ?」
漆黒のローブにピエロの仮面をつけた人物に対し、できるだけ皮肉っぽく白夜は問いかける。彼は第三者の存在に神楽と戦闘している時から気づいていた。戦闘に参加するわけでも、奇襲を仕掛けてくるわけでもなく、ただ観察している存在に気づいていながら放っておいた。
「失礼致しました、序列一位『蛇』殿。私、『裏切りの銀貨』に所属する魔法士で、名をフールと申します」
「『裏切りの銀貨』ねぇ。そいつがどうしてこんな場所に?」
『裏切りの銀貨』。
魔法士連盟に反旗を翻した犯罪魔法士集団であり、魔法士としての序列や階梯だけでなく名前さえも捨て去ってしまった者達。本拠地も構成人数すら把握できていないが、その戦闘能力は序列一桁台に並ぶとさえ言われている。
「どうもお困りのようでしたので、手を貸したほうがいいのではないかとお声をかけさせて頂いた次第です」
「親切にどうも。でも困ってるわけじゃないから早々に退散してくれねぇかな? じゃないと、すぐにでもバラバラにしたくなっちまう」
神楽を背中越しに庇うような形でフールと対峙し、白夜は目を細める。事前に碧流に頼んでいた案件、グレゴリオの宣戦布告にこの場面での登場。厳重に封印していたはずの飛空城の起動。様々な欠片が彼の頭の中で組み上がり、ひとつの結論を導き出してしまう。
「面識がないはずなのに、どうしてそこまで嫌われてしまったんですかねぇ?」
「他人様の迷惑にしかならねぇ連中だってことを自覚してないからだろ。顔も本題も隠したままの奴に好感を抱けって方が無理な相談だ」
表情は仮面に隠されていて分からない。それなのに仮面の下に隠されている顔が笑っていると判断できてしまうのは、フールが怖気を誘うように声を上げて笑い出したからだろう。
「ふふっ、やはりあの方の目に狂いはなかったということですね。参考までに、どの時点で気がつかれたかお聞かせ願えますか?」
「聞かれて素直に答えるとでも思ってる?」
彼らの会話に隠されている内容がわかっていない神楽は首を傾げるしかない。だがこの場所で時間を浪費している余裕はないと判断し、すぐにでも目の前の対象を葬ろうと動こうとしたところを白夜に手で制されてしまう。
「いい加減、こっちも暇じゃねぇし、お前の胸糞悪い声にも耐え切れない。用件だけ口にしてとっとと消えてくれ」
「『蛇』殿、私共のもとへいらっしゃいませんか? 貴方ほどの方であればすぐにでも副官に取り立てられるはずです。悪くない話だと思いますが?」
フールの提案を聞き、自分の結論が正しいものだと判断した白夜。こみ上げてくる怒りを押さえ込みながら冷静に相手の出方を伺うため、会話を切り出す。
「それはグレゴリオに見切りをつけたってことか?」
「ええ、おっしゃる通りです。やはり『死者蘇生』などという愚かしい禁呪を用いようとする魔法士は必要ありません。それに、グレゴリオなどと比べることすら失礼なほどの価値を貴方はお持ちだ」
グレゴリオの本当の目的が一体なんなのか。そのことを測りかねていた白夜だったが、フールの言葉で確信を持ってしまう。グレゴリオは間違いなく奪われたがわの人間。神楽と同じように大事な人間を奪われ、復讐に取り憑かれてしまった被害者。
「評価してくれるのは勝手だが、俺がそっち側に行くメリットってやつはどこにある?」
「そうですねぇ、具体的な話は首領であるあの方の了解を得てからになりますが。仮に貴方は我々の側に来た際、何を望まれますか?」
「質問に質問で返すなよ。でも俺は自分を安売りするつもりはないから、それ相応の代価は払う羽目になると思うぜ?」
白夜が口にする代価が一体どのようなものなのか分からないフールは、顎に手を当てて思考し始める。ここに居るのはあくまでグレゴリオが自分たちと共同歩調を取らなかった時のための保険。いくら目の前にいる魔法士が有望株でもこの程度のことで首領に連絡を取ることは自分の無能を証明することになってしまう。
「真っ先にもらうのはお前の命だけどな」
言葉と同時にフールの首が跳ね飛ぶ。それと同時に間欠泉のように血液が噴き出すかと思えば、なめらかな断面は火花を散らしているだけ。
「『遠隔操作』ですね。本人はこの場所にいると思いますか?」
「多分、いないだろうな。ああもう、面倒事ばっかり増えやがる。本当に勧善懲悪が存在するフィクションの世界が羨ましくって仕方ねぇよ」
フールが『遠隔操作』によって動かされている作り物だとは二人共思っていなかった。返答を自分ひとりで行い、神楽への警戒が薄くなった時に仕掛けることを手話で白夜は先ほど背中越しに指示していた。うろ覚えだったせいで自信はなかったのだが結果を見る限りうまく伝わってくれたらしい。
「それで、グレゴリオ卿に見切りをつけたとはどういうことですか?」
「十中八九、グレゴリオは自分の意図とは別に動かされちまった人間だろうな。おかしいとは思ったんだよ。この状況は正直言って出来すぎてやがるから。仮説でしかないけど『裏切りの銀貨』、もしくは第三者がグレゴリオを誘導したんだ。でも当初の目的と違った方向の事態が動いちまった」
「では、『裏切りの銀貨』ないし第三者の介入があると」
「そいつはないだろうな。この飛空城に侵入してこれるような奴らだって残り時間でどうにかできるかって言ったら五分五分だ。本当、流れに逆らえない自分がちっぽけな存在だって実感させられて嫌になってくる」
こうしていることだって自分で決めたはずなのに、誰かの手のひらの上で踊らされている感覚。筋書きを誰が作ったかは見当もつかないがここで歩みを止めるわけにはいかない。それが誰の望んだ結末なのか知らないまま動き続けるしかない。
「後半よくわかりませんが、これからどう動きますか? 私はあくまでもあなたに手を貸す側であって決定権を持っているのは白夜さん、あなたです」
「どう動くも何も、面倒事が増えただけでやることは最初っから何一つ変わっちゃいねぇよ。俺が八歳の時たどり着いた結論に今更ながらたどり着いちまったバカにげんこつ食らわして、かりそめの平和を継続させる。そっからはなんていうか、その場のノリ、かな?」
「随分とアバウトですね。アドリブで乗り切れるほど事態は簡単なものではなくなってしまっているはずです。まぁ、口先で丸め込むのか、それとも実力行使に出るのか。手を貸すと決めた以上は最後まで付き合いますが、失望はさせないでくださいね?」
「そこらへんは自信ねぇな」
そこで一度言葉を区切り、『螺旋回廊』を解呪した白夜はようやく見えた目的の場所を睨みつけながら口にする。
「でも、最低な方法でならどうにかできる。それを強要される事態は避けたかったんだが、どうにも世界は俺に悪役を望んでやがる。だったらなってやるさ、世界で最低最悪の悪役に。それがどうやら俺の役割みたいだからな」




