act2-17
ロンファの戦いが勝利で終了したことにより、これで城に残る序列十番台の魔法士は二人だけ。各方面の戦闘が終了したことを確認しながら、女性は優雅な動作でティーカップをソーサーごとテーブルに置く。
「まさか序列二桁台が四桁台に揃って撃破されるとはね。フェイ女史の魔導書同時起動にも驚かされたが、ヨシュア、君たちは明らかに階梯や序列以上の実力を有しているみたいだね」
「リオ姉ぇに褒められると、何かしら裏があるんじゃないかって勘ぐっちゃうのは僕の気のせいかな?」
ビブリオ・ブルーメル。
序列十位に君臨する女性魔法士にしてレイニー・ブルーメルの双子の姉。そして幼少時のヨシュアに家庭教師という形で接していた人物でもある。
「気のせいだよ、これは私個人の評価だからね。だからこそ君の彼氏の勇姿を見ることができなかったことが非常に残念だ」
全ての戦闘を観戦したかったビブリオだが、どういうわけか白夜の周囲は魔素濃度が異常なまでに高いせいで観測することが叶わなかった。日本に渡ってからヨシュアと会うのはかなり久しぶり。実の妹がアレなだけに、彼女はヨシュアのことを妹のように思っている。そんなヨシュアと彼女が戦うことなどありえない。もとより彼女はグレゴリオ側が勝とうが侵入者側が勝利しようがどちらでもいいのだ。
「『連結魔導書』の実用化に『贋作使用』の魔法式。当人の素質が必要最低条件であることは明らかだが、それだけで済ませられるものではない。聞くところによればこの城に搭載されている『原子崩壊』も作成したのは君の彼氏。そんなことを聞かされたら君の彼氏に興味を持つなという方が難しい。違うかな?」
ビブリオは自分の魔法を完成させること以外に目的を持っていない。グレゴリオの誘いに乗ったのだってこの城を調べることができるという知的探究心を抑えきれなかったからで他の魔法士のことなど自分の妹以外は気にすら止めていない。
「白夜のことを話すのはいいけど、化物扱いはやめてほしい。白夜ってば人一倍傷つきやすいくせにそれを悟られないように隠そうとするからなおさら。手を出してくるなら、それ相応の覚悟が必要だよ?」
ビブリオがヨシュアに向けている感情と同じものを彼女はビブリオに対して向けていない。彼女の優先順位は自分を除けば白夜が最優先であってそれ以外は二の次。彼に危害が及ぶのであれば親友である伊月だって切り捨てる覚悟を持っている。口に出したことはないがおそらく伊月も彼女と同様の覚悟を持っていることだろう。だから決して裏切らないと信じられる。自分をではなく白夜を。
「それで、君の彼氏は皐月白夜君と言ったかな? 彼は一体何者かな?」
「評議会のデータベースにアクセスする権限を持っているのに随分と勿体ぶった言い方をするんだね。白夜は白夜、それ以外の誰でもないよ」
「ふむ。これは聞き方を間違えたみたいだ。彼はどんな人間なのかな?」
ここであえてビブリオは白夜のことを魔法士ではなく人間と言葉にする。魔法士としての彼のデータはヨシュアに言われるまでもなく既にチェック済み。だがそれでは彼の全体像が全く見えてこない。根底にあるものが全く見えてこない。こんなことは彼女にしても初めての経験。そのおかげでより興味を強く持ってしまう。自分の実力を誇る魔法士は数多く存在しているがその逆はほぼ皆無。劣等感の塊である魔法士が自分を更に下に見せる方法を選ぶことはまずないはずなのだ。
「どんな人間って聞かれると結構回答に困るね。そうだなぁ、人一倍傷つきやすい寂しがり屋で、冷静ぶってるくせに熱血で、変身ヒーローが好きな子供っぽいところがあって、素直になりきれない皮肉屋のツンデレで」
嬉しそうに指折り数え上げていくヨシュアを見てビブリオの心に嫉妬の炎が燃え上がり始める。今すぐにでもいらだちを壁にぶつけるために殴ってしまいそうだが、彼女の手前自制して耳を傾ける。きっと自分の大切な人から惚気話を聞かされるとこんな気分になるのだろうと感じながら。
「でも一番大事なのは、自分を押し付けずにありのままを受け入れてくれるところだと思う。僕も伊月も、新海くんや序列二位にロンファもきっとそう」
「ありのままを、ねぇ」
「望んで孤独でいるリオ姉ぇには多分わからないと思う。でも僕を含めた大半の魔法士は孤独が怖いんだよ。心に穴があくってよく表現するみたいだけど、僕は違うと思う。ひとりでも大丈夫って錯覚して自己完結するのが魔法士だけど、自分が確かにこの世界にいたってことを誰かに覚えていて欲しいんだよ」
魔法士は非常に面倒な生き物と言える。
自分の研究は知られたくないくせに他人の研究は気になり、人恋しいくせに魔法士である自分が格下であると思い込んでいる人類に自分から溶け込むことを嫌う。人類側からすれば魔法士は兵器という認識だが、その本質は子供に近いものがある。プライドや立ち位置の関係で素直になれない子供。
「私にはわかりかねるね。世界とは自分の力で変えるものでしかない」
「それは強い人だけが口にできるセリフだよ。誰も彼もが僕を含めてリオ姉ぇみたいに強くないんだよ」
世界を変える方法はたった二つしかない。
ひとつはビブリオが口にしたように自分で世界を変えようと動く方法。もう一つは世界に受け入れてもらえるように自分を変えること。多くの魔法士は彼女と同じように前者の方法をとって失敗を重ねたことで、自分の心に閉じこもって自分だけの世界を作り上げてしまう。だが白夜は違った。彼は魔法士であることよりも人間であることを選んで周囲を変えてきた。
「白夜はね、大魔法士に匹敵する力があるくせに人間であり続けようとするんだ。魔法士が完成するために捨て去ってしまう弱さを愛して、絶対に捨てようとしない。だから白夜の周囲はいつだって暖かくて優しくて居心地がいいの。魔法士の弱さも強さも、人間としての強さと弱さも知ってるから。自分を誇示することもしなければ、手に入れたものを捨て去りもしない」
白夜も他の魔法士と同じように孤独を嫌う。それが幼少時に両親を失った反動からくるものなのか、それとも兄を過去に独占されてしまったからなのかはヨシュアも知らない。正直に言って過去の彼に何があったか気にはなるがどうでもいいとすら思っている。どんな道を歩んできたかは知らないが、彼は今ここにいる。魔法士も人類も同じ人間だと誰に罵倒されても自分の考えを曲げない彼がいる。
「だからみんな、内心では白夜に嫉妬してるんだと思う。自分もこんなふうに優しくなりたかった、自分もこんなふうに強くなりたかったって。人間であり続ける魔法士。そんな空想の産物みたいなものだからね。もっと早く会いたかったって思うし、逆に絶対に会いたくなかったとも思う。僕も最初はそうだったけど、白夜の存在は魔法士にとって悪夢か汚点にしか映らないから」
「そりゃそうだろうね。私だってそう思うよ。魔法士でありながら人類側に擦り寄っていこうなんて考え、素直に認められる魔法士は一人もいない」
ビブリオの意見は魔法士の総意と言い換えてもいい。それぐらい両者の間には埋められない溝が存在している。どちらか、もしくは両者が歩み寄りを見せない限り決してなくなりはしない溝。
「伊月からだけじゃなくってロンファからもメールが来たからそろそろ行くね。お茶、ごちそうさまでした」
携帯の着信画面を確認したヨシュアは立ち上がってから、ビブリオに対してニッコリと柔らかな笑顔を浮かべながら軽く一礼して背中を向ける。ここで敵襲に遭う可能性を考慮していれば不意打ちを当然のように警戒するはずなのに、彼女の後ろ姿にはその様子が全くない。ここまで彼女が無防備だと悪戯ぐらいは許されるかと思い、軽く魔法を発動させようとした瞬間、そばにあった機動核が内側から衝撃を受けたと主張するように弾け飛ぶ。
「一つ言い忘れてた。ビブリオ・ブルーメル、今回は昔のよしみで大目に見ておいてあげるけど、次に僕の男を侮辱するような発言をしたら、その時は容赦なく殺すから覚えておいてね?」




