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トリガーウィザード  作者: PON
第一章後編 24時間の攻防
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act2-14

 レイニー・ブルーメルの人生はひたすら闘争の歴史。二十八年という時間の中で敗北はたった二回だけ。そのうち一回が双子の姉に敗北したという事実を隠せば、公的に申し込んで彼女が敗北したのは一度だけ。その時彼女は自分の底の浅さを体感させられた。今彼女が用いているように相手が使った魔法は『肉体強化』だけで、剣技で圧倒されて敗北。魔法士は例外を除けば知識を貪る研究者と魔法を自分の武器と捉えて闘争に身を置く者のどちらかで、彼女は間違いなく後者。自分を圧倒した相手に対する羨望と、自分もあの領域に到達できる可能性があると考えて彼女はひたすら一つの魔法を極め、武術の腕を磨いてきた。自分の魔法と武術は序列一桁台にも十分通用すると彼女は自負している。それなのに額に脂汗が浮かんでくる。記憶がフラッシュバックされ、伊月の姿と自分に勝利した相手が重なって見える。


 先に動いたのは伊月。両者に大きく距離がある状態で逆袈裟に振るわれた刀が閃く。回避する必要もない。不用意に飛び込む必要もない。肉食獣はじっくりと相手を見極め、隙を見せた瞬間に喉元を噛み千切って勝利を手にする。それなのに彼女はレイニーの対応が予想通りと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべている。


 少し遅れて聞こえてきたのは大質量の物体が地面に落下することによって生じた大きな音と、それを盛り上げるような連続する爆発音。先ほどの攻撃はレイニーを狙ったものではなく、最初から機動核を狙ったもの。戦いを純粋に楽しむ彼女は自分の攻撃を邪魔しないと判断して行った。背後を気にして少しでもレイニーが注意を自分から外せば、それと同時に打って出るつもりだったがそこまでうまく入ってくれない。諦めて左手を刀から離してスーツのポケット内で携帯を操作。予め打っておいた文面を送信する。


 左手を刀に戻すのとほとんど同時に伊月の死角から爪先が眼球めがけて飛び込んでくる。軽く首を振って攻撃の来た方に対して刀を振る彼女だったが、手応えは皆無。それどころか離れた距離でレイニーの姿を確認している。積極的に距離を殺し、相手を手数で圧倒するスタイルから一撃離脱のスタイルへどうやらレイニーは切り替えたらしい。もっともそれすら彼女の予想通り。警戒心を引き上げたことによって生まれた動き、力みを見逃すほど彼女は甘くない。


 今度は相手の攻めを待たずにこちらが打って出る。今までのリズムを自分から崩し、相手の虚を突く攻撃で少なからずダメージを与えられるはずだったのに、伊月の行動が分かっているというようにレイニーは体をひねって回避して距離を取る。おかしい。致命傷を狙っている攻撃が全て回避されている。あらかじめ打ち合わせた通りの場所に攻撃が来ていると言わんばかりの動き。


「なぁあんた、違ってたら悪いんだが、ひょっとして姫荻花奏の知り合いか何かじゃないかい?」


「祖母がどうかしたの?」


「やっぱりか。あんたの太刀筋に攻め手、あたいが七年前に敗北した姫荻花奏そっくりだったからもしかしてと思ったけど。眼光に殺気、見れば見るほど似てる」


 伊月の疑問に素直にレイニーが答え、彼女は頭を抱えたくなってくる。これでレイニーが自分の手の内や攻撃の組み立てを知っていることが理解できてしまう。レイニーは彼女の剣術の師である祖母、花奏と戦った経験があるのだ。しかも戦って敗北した上で生き残っている。魔法士同士で戦闘を行えば相手に手の内を知られてしまうので、よっぽどのことがない限り相手を殺害するのが常識。それを無視した自分の祖母に対して腹が立つ。殺さないのであれば魔法士としての生命を断っておくべきだった。そうすればここでレイニーは彼女と敵対していない。


「あの人はどうして好んで厄介事を残しておくのか、私は身内だけれど理解に苦しむわ。白夜も同じようなものだけど、どうして私の周りにはこういった類の人間しかいないのかしら。頭が痛いわ」


「何を悩んでるのか、あたいには理解できねぇし理解する気もねぇ。だが一つだけ感謝しておく。姫荻花奏の血統にもう一度挑めるんだからなぁ」


 意気揚々、残像すら生み出す速度で攻撃を仕掛けてくるレイニー。その攻撃精度と速度が歓喜で跳ね上がっているのだからタチが悪い。しかも相手はこちら側の返し技も知っていると考えたほうがいい。


「あなたは七年前、祖母に敗北したと口にした。悪いわね、私は十年前に祖母に勝利しているの。この意味がわかる?」


 腕が熱を持ったと思った時にはすでに遅い。すれ違いざまに伊月の刀をかすめた右肩に傷が刻まれ、それを産声と称して傷口が発火している。


 『始まりの女帝(アマテラス)』。

 日本神話で太陽を司る女神として広く知られている天照の名前を頂いたこの魔法は、刀身に触れるだけで周囲の分子結合を活性化させて炎を生じる。属性的には物質やエネルギーに干渉する仙属性に分類されるため、混同されがちだが自然界の物質やエネルギーを操作する導属性ではない。


「おもしれぇじゃねぇか。だったらあんたに勝てばあたいは姫荻花奏も超えたことになる。七年前とは違うってことを見せてやるさ」


「気づいていない時点であなたはもう詰んでいるのよ。悪いけど、私はもう目的を達成したから先を急がせてもらうわ」


 刀を鞘に収め、勝敗は決したと伊月はレイニーを視界から追い出して歩みをすすめる。まだ勝負はついていない。こんな中途半端なところでやめられない。彼女の頭蓋を砕くべく攻撃を繰り出そうとした瞬間、レイニーの体は自分の体を苗床とした血の華に彩られた炎を咲かせる。一体いつ切られたのかわからない。どこで勝敗が決したかもわからない。それでも生き残るためにレイニーは疑問を切り捨て、地面に転げまわって体の火を消そうと足掻き続ける。


「名前だけ教えておくわ。姫荻流抜刀術二の型、絶華繚乱。それがあなたの敗北した技の名前よ。あなたを生かした祖母に免じて、トドメはここで刺さないわ。この技を受けてもし生き残ったのであれば、その時もう一度会いましょう」


 自分もかなり祖母と白夜の影響を受けて甘くなったと反省しながら、新しいタバコに火をつけた伊月は白夜目指して歩き始めた。


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