act2-13
男性陣がフォーチューンと遭遇したのとほとんど同じ頃、女性陣はチームで動くよりもそれぞれ別行動したほうが目的を速く達成出来ると考えて三人バラバラに行動していた。その行動の裏には自分が一番早く目的を達成して白夜のもとに合流するという、譲れない女の意地があったことは間違いない。
「もぐらたたきに近いわね、これ」
『魔闘兵装』である刀で進路上にいた魔人の首を刎ね、伊月は走ることなく一歩ずつ確実に目標地点へと向かっていく。相手側の出方がわからない以上、不用意に突出しすぎるのは危険すぎるし、何より汗をかいてもこの場所にシャワールームなんてものはない。白夜が匂いフェチであれば気にしなくても構わないのだが、彼女の知る限り彼にそんな性癖はない。
彼女が担当することになったのは『原子崩壊』の起動システム。説明の順番で壊さなければならない為、予め連絡先は各自交換しておいた。ジャンケンというシンプルな勝負方法で厳正な結果勝ち取ったこの役割。位置的にもうまくいけば他の二人よりも先に白夜と合流することができる。何より伊月が失敗すればプラン通り進まないという重大な役割であることが大きい。ヨシュアに先行され、ロンファという伏兵まで出現した今、ポイントは稼いで置けるだけ稼いでおきたい。
正直、伊月はその場所に脚を踏み入れた瞬間に唖然としてしまう。敵側も守備戦力を割かなければならない場所は理解しているはず。それ相応の魔人が配置されていると彼女は予想していたのだが、配置されていたはずの魔人は全て頭部を粉砕されて地面に沈んでいる。
「なんだ、あんたがここに乗り込んできた魔法士か? 序列一桁台とやりあえると思ってたんだけど、別のやつにあたりを持ってかれちまったかぁ」
伊月の存在に気づき、のんきにもこの惨状を作り出した女性は声をかけてくる。
赤みがかかった茶色の髪を短く刈り込み、距離があってもわかるほど鍛え抜かれた筋肉。タンクトップにホットパンツという動きやすさ重視の格好と、両手に装着されているガントレットを見れば嫌でもわかってしまう。序列十番台で『狂戦士』の称号を受けた初の女性魔法士、レイニー・ブルーメルが拳を掌に打ち付けながら仁王立ちしていた。
「お初にお目にかかるわ、魔法士序列十七位レイニー・ブルーメル。私は漆原伊月。以後がないことを願って名乗っておくわ」
「へぇ、あたいのことを知っても縮こまってない。これからご馳走にありつく前につまみ食い程度にはなるかな?」
パンツスーツの胸ポケットからタバコとライターを取り出し、伊月は煙を吸い込むことで自分を落ち着かせる。レイニーは戦う前から自分のことを格下だと判断している。その証拠に視線は外していないが仕掛けてこない。こちら側が攻撃に移ってからでも対応できると余裕が表情からうかがえる。
「残念ね。つまみ食いどころか、あなたは食あたりを起こすわ」
その言葉と同時にレイニーの左頬がうっすらと裂け、紅い雫が頬を伝う。二人の距離は十メートル以上。彼女の拳が届く距離どころか、伊月の刀が届く距離でもないのに彼女は確実に攻撃を受けている。回避したわけではない。そこまでしか届かったのかもしれないし、逆に余裕を見せつけるために外したのかもしれない。ただ、伊月を完全に格下だと判断していた自分の判断を改めるだけ。目の前にいるのは戦いを楽しめる相手。一方的に蹂躙するのではなく、自分の命を奪う可能性を秘めている相手。それが嬉しくてたまらない。頬の血を拭うために伸ばした手が唇に触れたことでわかる。彼女は歓喜に打ち震えて喜びを隠せない。
「いいねぇ、実にいい。悪いけど、あたいはあんたがタバコを吸い終わるまで待てそうにない。今すぐいただくよっ」
言葉と同時に距離を一瞬で詰めたレイニーの拳が空を切る。それに対するカウンターで伊月が右腕を切り落とすつもりで出した居合はかすめただけ。接触の瞬間、金属音に似た甲高い音が聞こえたのはどうやら聞き間違いではない。レイニーの体は文字通り硬い。中国拳法に身体を硬質化させる秘伝があることを伊月は知っているが、彼女の肉体の硬さはその上を行っている。
「馬鹿げた硬さね。それを受けたらさぞかし痛いのでしょうけど、自分からあたりに行く程私は間抜けではないわよ?」
一応強がってみるが戦況はあまり芳しいものではない。レイニーの攻撃が知覚出来ている為、回避と同時に打って出ることは可能なのだが、先ほどの居合でわかったように彼女の肉体は途轍もなく硬い。決定打を与えることができなければ勝利は掴めないし、目的を達成することもできない。何よりこちら側には制限時間がある。どうしたって短期決戦を仕掛けるしかないのに突破口がない。おまけに彼女はまだ全力ではない。楽しむだけの余裕が残っている。伊月がカウンターの際に落としてしまったタバコを踏み消し、
「今のを回避するだけじゃなくカウンターで一撃入れてそこまで距離を取るなんてなぁ。確信したよ。試すように力を温存して戦ってちゃあんたに対して失礼だ。こっからあたいは全力で行く。あたい自身の底が見れるぐらい粘っておくれよ?」
レイニーの声が攻撃のあとから響いてくる。反射的に体を捻って攻撃を回避することができた伊月だが、今の一撃で自慢の髪が数本宙に舞っている。先程は小手調べどころか値踏みで実力の一割にも満たない動作。反応はできるが相手の姿がどこにあるかわからない。そのせいで回避動作が大きくなって反撃に転じることができず、防戦一方。むしろ逃げ回っている方が言葉的には正しいかもしれない。
「ほらほら、気を抜くんじゃないよっ。こっちはようやく体があったまってきたところなんだから、もっとあたいを楽しませろよっ」
レイニーが使用しているのは魔法士であれば誰でも習得している『肉体強化』だけ。他は使えないのか、使わないのか定かではないがそれだけに厄介極まりない。相手に奥の手があるという可能性、戦闘技術だけで圧倒されるという事実。元々、魔法士は魔法の優位性を疑っていないものが大半なので彼女のように武術を修めているものは非常に少ない。その為、ほとんど対策を打つことができない。できるのは同じように武術で対抗するぐらいしかない。
大きくのけぞって攻撃を回避し、追撃で繰り出されたケリをどうにか地面を転がりながら距離をとる。このままではジリ貧。ヘタをすれば次の攻防でレイニーの攻撃速度が伊月の反応速度を上回るかもしれない。
「本当に最悪ね。汗でベトベト。おまけにこんなところで時間をかけ過ぎたなんてあいつに知られたら、ポイントを稼ぐどころかマイナスになりかねないわ」
一旦刀を手放し、胸ポケットから取り出した紐で髪を一つに纏め始める。戦闘中に獲物を自分から手放すなど自殺行為でしかないのに、レイニーは攻撃に映ることができなかった。刀を手放した瞬間から伊月の雰囲気が変化している。先程までは冷たい刃という感想だったが、今は触れて熱さを感じるほどに冷たい。
「レイニー・ブルーメル、ひとつあなたに聞いておくわ。あなたは一体何のためにこの場所にいるの?」
「決まってんだろ? 戦いがこの場所にあるからだよ。あたいたちは社会に溶け込もうがどうやったってはじき出される異物でしかねぇ。だったら、兵器であることを受け入れて命の奪い合いを堪能するべきだ」
「なるほどね。概ねその意見には賛同できるけど訂正を願うわ。あなたのいうあたいたちに私達が含まれていることが不愉快よ」
一つに髪を纏め終えた伊月が再び刀を握り締めれば、彼女の怒りを代弁するような痛みすら伴う空気が発生している。凍てつくことによって発生する熱さがレイニーの野生を刺激してやまない。彼女の勘があたりを引けたと告げている。
「あなたと違って私は惚れた男のために動いてるわ。他の誰が死のうがどうだっていいぐらい、あいつに狂ってるのよ。だから、白夜が守りたがっている世界を壊すあなたたちの存在が許せない。白夜の為に着飾った私を汚したあなたを許さない。八つ当たりで悪いけど、あなたでストレス発散させてもらうわ」




