act2-10
白夜が神楽との戦闘を開始したのとほとんど同時刻。囮にして殲滅という役割を与えられた男性陣はその任務をほとんど完了しつつあった。数えることはできるかもしれないが、出来ることなら数えたくない元魔人と呼ばれたイモムシが周囲に散らかっている。
『空間振動』
物体には固有振動数というものが存在し、それをぶつければ物体は原型をとどめることなく粉砕される。これを応用して開発されたのがこの魔法であり、限定空間に相互干渉しない複数の振動波を発生することで対象の物体のみを破壊可能とする。
周囲に血液はほとんど飛び散ってはいない。刃物を使ったわけでもない。それでもこの場所には死が充満している。魔人の全身の骨、計二百六本を全て粉砕するという大技。使った本人である夜空はその場所で額の汗をハンカチでぬぐい、しまうのと同時に取り出した鏡で髪型を整えているのだからシュールでしかない。
「敵側はほぼ壊滅でこちら側の損耗は無し。正直うまくいきすぎている気がするけど、夜空さん相手じゃしょうがないか」
「これを見てそれで片付けられる二位も自分は大概だと思うっすけどね」
白夜と同じように胃の中身を全て吐き出してしばらく使い物にならなかった悠斗と、彼の介護を任せて戦場から一時的に離脱していたマルコが戻ってくる。幸い、心配されていた流血錯乱に悠斗が陥る事態は避けられ、彼を任された夜空は胸を撫で下ろす。
「白夜のほうは大丈夫だろうか?」
「シムなら大丈夫だって。本当に夜空さんは心配性だね。過保護は嫌われるよ?」
「自分も戦闘に関しては大丈夫だと思うっす。でも」
「「でも?」」
「無自覚フラグ乱立家にして、何故か昼ドラ展開に発展しないで全員から好かれるっていう視聴者側が納得できるかっていうキャラを地で行くのが白夜さんなんすよ? 相手が女性だった場合こっち側に引きずり込んでくる可能性しかみえないっす。ああもう、いい加減壁を殴る生活から自分抜け出したいんすよ」
後半血の涙でも流しそうな雰囲気で言葉を口にする悠斗だったが、彼の嘆きを夜空とマルコは理解していない。かたや新婚ほやほやの既婚者で、かたやジャパニメーションオタク。おまけに魔法士序列一桁台で重婚が認められているモテブルジョワ。その場で四つん這いになって地面を殴りつけている彼の痛みが理解できるわけがない。
「ああ、自分もモテキャラになれたらどんだけ幸せなんすかねぇ。ひとつ屋根の下で暮らしてるはずなのに、歳もひとつしか変わらないはずなのに。やっぱり世間一般ではロリコンに対する偏見ってやつは分厚いんすかねぇ」
「ちょっと待ってくれ。確か新海くんだったな? 君は白夜と一緒に生活しているのか?」
「そうっすよ。魔導書の作成だったり、共同研究だったり、距離があると面倒なことが多いんでルームシェアしてるっすけど、知らなかったんすか? むしろ白夜さんの家族だったら知ってると思ってたっす」
驚きの事実を聞かされて今度は夜空が着用しているスーツが汚れることも気にせず、その場で膝をついてしまう。大の大人二人が膝をついているという日常ですらほとんど見えない状況なのに、それでも気にせず話は進んでしまう。
「ちょっと待つんだ、ええと、ミスター新海? そうすると君はシムと一緒にお風呂に入ったり、同じ布団で眠ったり、僕が普段やりたくても我慢していることを日常的にやっているってことかい?」
「何を想像しているか想像つくんであえてここで断言しておきます。自分、ホモじゃないっす。そりゃ社員旅行で一緒に温泉入ったり、冬にコタツ出して二人してそのまま寝ちゃったり、そういうことはあるっすけど」
悠斗の言葉でマルコまでその場所で膝をついてしまう。ここまで来るともはやギャグでやっているとしか思えないのに、本人たちは誰ひとりとして狙ってやっていない。しかも三人とも立ち上がることなくそのまま会話が成立してしまう。
「なぁ新海君。よければなんだが、白夜の趣味を知っているなら教えて欲しい。もうそろそろあいつの誕生日も近いことだし、何かプレゼントを贈ってやりたいんだ」
「そういえばもうすぐクリスマスっすねぇ。確か、白夜さんの名前ってホワイトクリスマスからとってるんでしたっけ?」
「ああ、母が白い聖夜から取ったと言っていたな。実に懐かしい。そんなことより、君は白夜の趣味を知っているのか?」
十二月二十四日。日本ではクリスマスイブという恋人同士では欠かせないイベントと認知されている日。二十三年前のこの日に白夜は生まれた。正直、悠斗は夜空と白夜の兄弟関係を知らない。だからどうして一緒に暮らしていないのか、趣味を知らないのかといった疑問はある。それでもここまで真剣に聞かれては答えないわけには行かない。相手がたとえ四つん這いの状態であったとしても。
「白夜さんの趣味っすかぁ? 研究するか仕事するかいちゃつくか、あの人普段はそれのループっすからねぇ。あっ、でも一つだけあったっす。白夜さん変身ヒーローが大好きなんすよ。テレビなんて音楽番組やバラエティすら見ないでニュースばっかなのに、毎週欠かさずに日曜朝だけはテレビ見てるっす。予定があるときは録画してあとで見てるっすからあれはガチっす。名前忘れたっすけど、あのベルトで変身する奴っす。ベルト関連のグッズも集めてるから間違いないっす」
ようやくその場所であぐらをかき、頭をひねっていた悠斗の言葉を聞いて夜空は立ち上がる。彼の予想が正しければそれは子供の頃、白夜が欲しがっていたものを既に亡くなった両親に代わって彼が買い与えたもの。
「ひょっとしてだが、そのコレクションの中にこう、黒と白のコインを合わせるものはあったりするだろうか?」
「流石兄弟、詳しいっすね。それって白夜さんが一番大事にケースに入れて飾ってある奴っす。生産数が極端に少ないらしくって、ネットオークションで出回ることもない一品らしいんすけど、絶対手放さないって豪語してたっす」
涙が溢れそうになってくるのを必死で夜空は隠す。想像でしかないが、白夜が大切にケースに入れて保管しているのは彼が誕生日プレゼントで買ってあげたもの。当時はただ、弟のわがままを叶えてあげるつもりで送ったもの。だがそれが、白夜の宝物となっていれば話は別。おそらく、あの時に教えた言葉も白夜はきっと覚えている。
「オジサン達、お話は終わった?」
夜空が感傷に浸っている時、唐突に幼い声が響いてきた。
縦ロールにした金髪に黒と白を基調としたゴシックロリータ。右目には医療用の眼帯がつけられ、確実に中二病患者だと一般人に指さされるであろう少女が声の発信源。そして少女は自分の立ち位置を明確に告げるように、自分の身長と大差ない大鎌を両手でしっかりと握り締めて三人に向けている。
「はじめましてさようなら。あたしは魔法士序列十六位、レティシア・フォーチューンよ。あたしの玩具をこれでもかってぐらい好き勝手に壊してくれた代わりに、オジサン達をぐちゃぐちゃにしてあげる。いい声で鳴いてね?」




