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トリガーウィザード  作者: PON
第一章後編 24時間の攻防
28/45

act2-8

 戦闘というものには不確かながら流れというものが存在する。つかめれば大きく勝利に近づき、逆につかめなければ劣勢に立たされる。相性というものもあるかもしれない。神楽と白夜の両者において流れを先に掴んだのは神楽の方。序列十一位という最前線で戦う女性と彼では実戦経験の数が違う。


「素晴らしい魔法だと、敵ですが惜しみない賞賛を贈らせていただきます。ですが、私には届きません。それが全てです」


 神楽は『竜殺しの聖剣』が見えているように回避し、自分の獲物である刀で迎撃、あるいは破壊する。二つも認識を阻害する魔法を付加しているというのに彼女は正確に感知している。これでは白夜の攻撃手段が殺されているのと同じ。同様に『神封じの黒縛鎖』も認識されると考えれば使えない。『双子神の創造世界』なんて以ての外、使用する前に潰されて魔力を無駄に消費するという結果しか見えてこない。『月女神の夢幻牢獄』は自分よりも感知能力に優れている相手を前にすればどうやったって幻術に嵌める前の無防備な状態を狙われてしまう。確実な手詰まり。直接的な攻撃魔法を使うしか現状を打破するための手段は残されていない。


 碧流にも言われて実感しているように、相手を傷つけることを躊躇っているわけではない。その迷いは既に罪を背負って生きることと引き換えに捨て去っている。それでも白夜は神楽に攻撃することをためらってしまう。立ち位置が違うだけで同じ傷を抱えて生きてきた両者。彼女の寂しげな瞳が見えるたび、過去の自分を思い出して師匠を傷つけたトラウマがリフレインしてくる。傷つくのも傷つけるのも嫌で、この場所から逃げ出したいと心が敗北に引っ張られ始める。


「なぁ、あんたはどうしてそんな寂しい目をして刀を振るってるんだ?」


 気づけば思考するよりも先に思いが言葉として口から出ていた。神楽がこの質問に答えてくれる可能性は低い。彼女自身、白夜のこの質問を侮辱と受け取るかもしれない。それでも聞かずにはいられなかった。


「貴方の瞳にそう映っているのであれば、未来のために今を犠牲にしているからでしょうね。寂しいと思ったことなどありませんが」


「そこにあんたの幸せはあるのか?」


「凡庸で無意味な問いですね。あると信じていなければこの場所で刀を握ってはいません」


「ふざけんなっ」


 自分の首に迫ってきた刀の腹を左の拳で叩き、強引に軌道を変化させる。刀との接触で多少切れて熱を持ってきているがそんなことはどうだっていい。腹のそこから湧き上がってくる怒りが痛みを麻痺させてくれる。


「どいつもこいつも過去だ未来だって口にして今を見ようとしねぇ。自分犠牲にすればどうにかなるって本心から思ってやがる。今の自分が幸せじゃないのに、誰かを幸せにできるって信じてる。ふざけんなよ。手に入れるための犠牲? どうして自分を犠牲にして悲しむ奴がいないって思える」


 白夜自身、誰かの信念を否定したいと思うのは初めての経験。多種多様にして千差万別、人間の数だけ信念や考えがあっていいと思ってはいる。だが神楽の考えだけは認められない。彼女はかつて夜空が過去に囚われていたのと同じように未来に魅せられている。そこに自分を犠牲にする必要なんてない。彼女のことはほとんど知らない。どうしてその結論にたどり着いたのかもわからない。わからないことばかりしかない。それでも自己犠牲で自分を救える保証なんてどこにもない。


「悲劇のヒロイン気取るなよ。寂しいなら寂しいって叫んで、泣きたいなら人目も気にしないで泣けばいい。どいつもこいつも自分の殻に閉じこもって自分の力でどうにかできるって疑ってねぇ。できるかよ、馬鹿。自分すらさらけ出せねぇやつに変えられるものなんて何一つねぇんだよ」


 言葉と共に怒りを叩きつけて白夜は理解する。神楽は兄が存在しなかった自分なのだ。過去の不甲斐なく、無力でそのくせ自信だけはたっぷりで。だから過去の自分を見ているようで腹が立ってくる。自分が踏み出せたというのにその場所に留まり続けている彼女に憤りをぶつけずにはいられない。


「なかなかに饒舌ですね。その言葉は確かに心に響きます。が、ここで死ぬ貴方には何も変えられません。全てがもう手遅れです」


「死なねぇし、諦めねぇし、手遅れでもねぇ。俺は、あんたたちと違って今から目を背けて生きてねぇんだ。俺の居場所は過去でも未来でもなく、今だって胸張って言える。あいつらがいて、バカやって泣いて笑って、それでいいって思える今が幸せだって言える。そんな俺があんたみたいな弱虫に負けるかよ」


 繰り出された突きを、刀を左手で掴むという荒業で強引に受け止める。覚悟を決める。神楽は殺してはダメだ。勝って敗北を経験させ、そこから立ち上がらなくてはダメだ。だったらどうすればいいかなんて決まっている。


「迷いは消えた。今から俺はあんたをぶちのめしてこっち側に引きずり込む。あんたが自分の主張を貫き通すように、こっちも譲らねぇ。俺は俺の正義っていう我儘(えご)を貫かせてもらう」


 神楽の刀が左手一本の力で強引にへし折られる。変化は唐突だった。白夜が首から下げているネックレスが一瞬光っただけで、目の前には違う人物が存在している。白髪交じりだった黒髪は全て白へと変わり、瞳は黒から金色へ。最も大きな変化は袖が弾け飛んだことによって剥き出しになった両腕に巻きつくような蛇の刺青。その頭部は左目に対して顎を開いている。


 自分の獲物が半分になったこともあって、神楽は戦況を立て直すためにその場所から大きく後退する。肉体的な変化は別に構わない。あんなものは受け入れてしまえばその程度の認識でしかない。問題は急激に変化した魔力許容量と放出量。先程までの白夜はお世辞にも両方が優秀だという言葉を送れなかった。しかし今は違う。脅威と言いかえていい。十人並みだったものが一瞬で膨れあがる変化を見せれば動揺する。


 『世界喰らいの無限蛇(ウロボロスシフト)』。

 これは白夜が碧流を傷つけてしまったことにより作り上げた魔法で、効果は魔力許容量と放出量の減衰。必要以上の殺傷能力や威力範囲を付随しないように自分自身にかけた封印魔法。解除キーは彼が首から下げているネックレス。これは彼が自分に与え続けてきた自分本位の罰。


「この姿に戻るのは実に久しぶりでね、うまく加減するつもりだけど失敗しないとも限らない。だから、死なないでくれよ?」


 そこに存在しているというだけで空気をコールタールのように粘っこく、重いものに変化させてしまう。放たれているプレッシャーは先程までと段違い。本気で向かい合わなければ死ぬことを神楽は確信している。驚くべきことに両腕と左頬の蛇の刺青は脈打ち、大気中に存在している魔素を吸収して本人の魔力へと変換し、先程傷ついたはずの左手の傷が完全に治癒されている。しかもそれでとどまることを知らず、白夜の魔力許容量を肥大化させていく。


「遅れて悪かったと思いながら名乗っておくよ。俺の名前は皐月白夜。魔法士序列一位に本日付で帰還した男。称号は『蛇』。最高を目指し続ける人間だ」


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