act2-7
『竜殺しの聖剣』
白夜が名づけたこの魔法は『知覚阻害』と『不可視』と呼ばれる魔法を付加した十本の大剣を思考認識によって操り、自分の体の一部さえも動かすことなく対象の無力化及び殺害を可能としている。
チームで動いている者達と違って単独で玉座を目指す白夜は、原型を留めていない肉の塊と赤い血溜りに対して盛大に胃の中身を吐き出す。吐いたところで気分が楽にならないことは知っている。それでも吐かずにはいられなかった。
目的のため、戦争を回避するためにでたしょうがない犠牲。自分にそう言い聞かせたところで所詮は言い訳。相手が魔人と呼ばれる思考能力の欠落した言葉通り人型兵器だったとしても、人間を殺したことには違いない。自分が奪った命。この場所に来なければ奪わなくてもすんだ命。しかもこれで終わりというわけではない。奪った以上、罪に怯えて暗い部屋に閉じこもるか、罪を背負ってでも前に進む生き方を選択しなくてはならない。
この場所に来る前に覚悟は決めてきたはずだった。罪を背負ってでも前に進む生き方を選んだはずだったのに、いざ直面し見ればすぐにでも心がへし折られてしまいそうな重圧が両肩にのしかかってきて地面に屈しろと言わんばかりに膝を引っ張ってくる。
「筆おろしは終わったみたいですね。一応聞いておきますが、気分はどうですか?」
丁寧な口調と共に放り投げられたペットボトルを受け取り、中に入ってミネラルウォーターで口内に残った異物をまとめて吐き出す。
「気分も気持ちも最悪だよ。俺はどんな理由があっても人殺しは悪だと思ってる。そいつは今も変わっちゃいない。変わっちゃいないからこそ、これからもこんな重荷を背負って生きていく。そう思って気分が晴れやかなやつの方がどうかしてる」
白夜の目の前に現れたのは薄紅色の振袖にひと振りの刀を携えた女性。殺気も敵意もコントロールしているのか、女性は彼に対してぶつけてこない。それどころか心配するような素振りすら見せているのだから不可解でしょうがない。
「人殺し、ですか。おかしな方ですね? 貴方が原型もわからないほどに壊したのは魔人。魔法士の成れの果て、生ける屍と呼ばれる存在。そんなものを壊しただけなのに貴方は罪の意識を持ち続けるというのですか?」
「価値観の相違だろうよ。別に自分以外の価値観を否定するつもりはないけど、俺にとっては魔法士も魔人も人類も等しく人間だ。そこに差なんてない。あっちゃいけないと思ってる」
女性の口にした価値観は正しい。大半の魔法士は女性の言葉に相槌を打つか、同意を示すことは目に見えている。対して白夜の言葉は戯言。人類側からも賛同を受けることができず、魔法士側からも避難される考え。
「貴方の考えは面白いですが、間違っています。魔法を使える我々魔法士と人類とは別の種族。同列に考えることを認める魔法士はおらず、同様に人類側も同列だと意識することは未来永劫無いでしょう」
「そういう凝り固まった選民思想は好きになれないな。足が速い、頭がいい、力が強い。魔法が使えるなんてそれと同じぐらいだろ?」
白夜の問いかけに対する女性の答えは抜刀。赤い水しぶきを上げながら地面には一本の線が引かれ、
「貴方の言葉には重みがありません。貴方が口にしている言葉は子供の理想、現実を知らない平和ボケしたものです。そんなもので動かせるほど世界は甘くない。そんなものでは誰ひとり救えず、守れない」
刀の切っ先だけでなく言葉の刃を白夜に対して突きつけてくる。女性と彼とでは歩んだ道が違いすぎていると雄弁に告げている。
「本来このような場所で口にするべきことではありませんが、教えてきます。私の弟は殺されました。私が魔法士だというだけで魔法士ではない弟が人類に殺されたのです。この意味がわかりますか? 魔法士側がいくら融和の意を示したとしても人類は拒絶する。保身に駆られた者達は疑った段階で黒だと決め付けて動く。この世界はそうやって回り続けているんです」
魔法士は魔法士同士の婚姻、もしくは血縁関係に魔法士がいる場合しか誕生しない。魔法士が劣性遺伝である以上、魔法士の子供であっても魔法士でない可能性は存在している。それでも魔法士に対する人類側の恐怖と憎悪は根深く、魔法士の子供が集団暴行によって殺害される事件は連日発生している。発生しているにもかかわらず、増加は抑制できても減少は見えてこない。それが地球上で総人口の八割を占める人類側の対応。差別などという生ぬるいものではなく根絶を願って動く。
「えっと、不幸自慢はそれで終わりでいい? なんつ~か、俺には奪われて悲しいから自分と同じ気持ちに誰も彼もがなればいいって言うようにしか聞こえないんだけど」
「貴方は失ったことがないから。大切な人が目の前でいなくなったことがないからそんなことが言えるのです。わかりますか? 昨日まで、つい先程まで一緒にいたはずの人間に二度と会えないんですよ?」
あまりにも女性が真剣に怒ってくるので、ここで手札を伏せたままなのは後味が悪いと感じてしまう。仕方なく、白夜は自分の古傷にそっと指を這わせる。もう痛みはないが、自分と兄だけが背負っている傷。
「何か勘違いしてるみたいだから、不幸自慢に付き合ってやるよ。目の前で大切な人を失ったことならあるよ。俺と兄貴は忘れもしない十八年前、俺が五歳で兄貴が十二歳の時に両親を目の前で殺されてる。あんたも耳にしたことぐらいはあると思うんだ。『ベルリンの赤い夢』ってテロ事件。俺と兄貴は現場付近に止めてあった車の中にいて難を逃れたけど、あんな惨劇を忘れろってほうが無理な話だ」
『ベルリンの赤い夢』
ドイツ、ベルリンの壁付近にて行われた人類と魔法士の融和を唱える平和集会において起きたテロ事件。その時壇上にいた者達だけでなく、彼らの言葉に耳を傾けていた者達全てが一部のドイツ軍兵士によって制圧という名の虐殺を受けた。この事件を当時は粛清と称し、ドイツ政府は兵士たちに処罰を与えることをせず、魔法士連盟の引渡し要求に対しても拒否。マスコミにこの事件は大きく取り上げられたが、わずか一ヶ月でこの事件はどのメディアからも霧のように姿を消した。
「この世界が綺麗ごとで回ってないってことぐらい知ってる。嫌って言うぐらい、こっちは思い知らされてる。あんたは知ってるか知らないが、当時の魔法士連盟は赤字経営をどうにも出来ずにいた。だが魔法士連盟の記録上、赤字経営だったことは一度もない。今度は逆に俺が聞くけど、これがどういうことかわかるか?」
女性の耳に生唾を飲み込む音が響く。これから先は踏み込んではいけない領域だとわかっている。第一、目の前の人物が本当のことを口にしている確証などどこにもない。『ベルリンの赤い夢』に関する資料はごく一部を除いて全て消失してしまっている。
「連盟の連中は取引を持ちかけたんだよ。この件から手を引くから代わりに借金の一部を融通しろって。この事件だけじゃない。連盟にとって知られるとまずいと判断された事件は同様の取引を持ちかけてもみ消してる。『神無月の停滞』に関してだってそうだ。連盟も人類側も存続することが第一であって、命の価値なんて札束に変えられればいいって思ってるだろうからな」
白夜の言葉を受けて今度は女性が閉口してしまう。彼の言葉通り組織という形をとっている以上魔法士連盟も決して一枚岩ではなく、後暗い部分だってある。そのことに関する資料が極端に少ないことも調べていけばすぐにわかってしまう。それよりも女性が驚いたのは彼が彼女の予想以上の傷を抱えていたという事実。
「貴方に対する認識を改めさせてもらいます。貴方は、私の想像以上の痛みを知っている。ですが、それを踏まえた上で疑問があります。どうしてあなたはその場所に立っていられるのですか?」
疑問に思わないはずがない。白夜は女性と同じように理不尽に大切な人を奪われた被害者。人類に対して憎しみを抱いている同士とも言えるのに、彼は自分とは逆の場所に立っている。本来であれば同じ側に立っているはずなのに。
「価値観が違うってさっき言ったろ? 確かに俺はあんた達側に立ってたっておかしくない。五歳当時の俺だったらあんた達側に立ってたと思うよ」
「では、なぜですか?」
「俺には兄貴がいた。全部奪われちまってたら、どうやったって俺も復讐にとりつかれてそっち側に立ってた。もう一度言うけど、俺には兄貴がいたんだよ。大切な人がいなくなって悲しいって気持ちは俺と同じなのに折れなかった兄貴がいた。奪われた、亡くなった人たちのことは忘れない。でも、俺には残されたものが確実にあった」
過去は取り戻せないしやり直しがきかない。だから白夜は自分の心の支えである兄が大切な人を奪われて過去に囚われ続けることを嫌い、どうにか兄を救う方法を模索して救い出した。悲しみも痛みも押さえつけて、大切な人を救うことだけを願って動けた。
「あんたが何を思ってそっち側にいるのか、俺には大体わかった。んで、それを理解した上で聞く。グレゴリオの取った選択は魔法士のみを救済しようってものだ。俺の想像だけど、あいつは魔法士だけ救えればいいって考えてる。その考えを俺は否定も肯定もしない。でもよ、それであんたみたいな人間が出てきた場合はどうするんだ? 大切な人を奪われたから奪ってもいいのか? 俺には何度も同じこと言うようで悪いけど、奪われて悲しいから自分と同じ気持ちに誰も彼もがなればいいって言うようにしか聞こえないんだけど。自分と同じ境遇の人間増やして、大切な人奪い去って傷つけてそれで満足か?」
白夜の言葉が女性の心に突き刺さる。彼の口にしたことを考えていなかったわけではないが、それでも止まるわけには行かない。このままではダメだとグレゴリオに同調したのは自分。確かにグレゴリオの考えは魔法士のみを救う。魔法士の親族が人間であれば救わないかもしれない。だがそれは先の話。今も自分が味わった苦しみを受けている魔法士がいるかもしれない。そう思っているからこそ女性はもう止まれない。
「正直、貴方のような魔法士と戦わなければならないことは残念でなりません。ですが私も私が決めた道を簡単には譲れません」
刀の鞘から手を離し、女性は両手で刀を構える。言葉での対話は終了し、これからは魔法での対話に移行する。
「殺し合う前に貴方の名前を聞かせていただいていいですか?」
「皐月白夜」
「良き名前です。私は沖田神楽、魔法士序列十一位にして連盟より『魔法士殺し』の称号を与えられた者です。貴方が最後に殺し合う魔法士の名前、お忘れなきよう」




