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トリガーウィザード  作者: PON
第一章後編 24時間の攻防
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act2-6

「穏便に突入できるとは思ってなかったけど、さすがにこの状況で煽るとかお前何考えてんの? 馬鹿なの? ああうん、馬鹿だったのは前からだったわ。普通に考えたらわかるはずなのにあえて逆方向のアプローチするってどう考えてもおかしいだろっ」


「ふふっ、シムってば自分が宣戦布告できなかったからって拗ねてるね? 大丈夫だよ、君の凄さは僕が世界中で誰よりも知っている」


「会話がまったくもって成立してねぇ」


 緊張感にかける白夜とマルコの会話を魔法を通してリアルタイムで聞いているグレゴリオは皺だらけの表情をきつく怒りで引き締め、乱入者に対する怒りを玉座に拳をぶつけるという形で少なからず発散していた。


 グレゴリオが宣戦布告してからまだ半日も経過していない。それなのに相手側はもう手を打ってきたという事実。これが人類側であったならまだわかるが、乗り込んできたのは同士であるはずの魔法士たち。しかも序列二位に六位、加えて八位の一桁台三名を含む七人。自由奔放を気取っている二位に序列の人間に助力を買うという発想があるとは思えないし、彼が乗り込んでくること自体がイレギュラー。六位はこちら側に同調する筈の魔女主義を掲げていたというのに、こともあろうに男女混合のチームで突入してきていることがイレギュラー。八位には二位や六位程の求心力もなければ評議会に対する影響力もない。そんな三名が同時に乗り込んでくる事態をどうやって想定できるというのか。


 魔人およそ三千名に魔法士序列十番台がグレゴリオを含めて六名。加えて魔法士連盟に厳重な封印を施されて眠りについていた強力無比な兵器である飛空城。人類に対して不満を抱いていない魔法士はいないとたかをくくり、魔法士の立場向上を約束して魔法士側の決定機関である評議会に思考する時間という致命的なタイムロスを与えた。もとより人類側の兵器が通用しないこの城に人類側が対抗できる手段などない。考えうる最高の布陣を整えたはずだったのに、盤面は慌ただしく変化している。


 いかに魔法士序列一桁台が三名いたとしてもあとは有象無象。こちら側には物量という名の最強の武器が存在している。多少被害は増加するだろうが、グレゴリオ側の勝ちが揺らぐほどではない。そう思っている。そう確信しているというのに、彼の心は得体の知れない不安が浮上して居座っている。


 先ほど調べさせたところ、序列一桁台三名に付随しているのは序列四桁台で階梯も一番高くて第四階梯。第十階梯が評議会の魔法士にしか与えられないことを考えれば、それに次ぐ第九階梯を所持しているグレゴリオと他の五名してみれば雑魚でしかない。


 戦力を整えられなかったと考えれば納得がいく。あまりにも早すぎる強攻策を実行しているというのだから納得するにはそれが一番手っ取り早い。だがそれで納得できない何かが喉に引っかかっている。この強攻策を実行に移した魔法士がいったい誰なのかわからない。評議会の老人が立案したとは考えにくい。彼らにとって重要なのはいかにして魔法士を存続させるかの一点だけ。先に挙げた三名では自我が強すぎて足並みを揃えることすらできないはず。ならば一体だけがこのメンバーをまとめて作戦を実行に移したというのか。


「なかなかどうして楽しい状況になってきたとは思わないか? まさか不測の事態に備えていなかったなどとつまらない言い訳を私に対して口にするわけではあるまい。この状況を作り出したのは貴公であり、望んだのも貴公。違うか? 我が不詳の弟子グレゴリオ・ハーベント」


 疑問に頭を抱え始めたグレゴリオに響いてきたのは懐かしい声。気がつけば目の前に映像が映し出され、かつて自分が師として教えをこいた人物デューク・マルグリッド子爵とその婦人であるシルビア・マルグリッドが揃って自分を見下ろしていた。


「なぜあなたが、どうやって?」


「どうやっても何も、貴公がどこにいるか私には見えている。投影魔法を使って映像を送り込むなど造作もない」


 グレゴリオの師であるデュークが得意としているのは碧流と同じく『千里眼』。ただし比べることはおこがましく、デュークの方が数段優れていることは事実。彼に見つけられないものはなく、見通せない事象は存在しないとまで言われている。それゆえの魔法士序列第三位。


「久しぶりの弟子との邂逅は私としても喜ばしいことだが、今回の用件は別にある。よくぞ私の思惑通りに動いてくれたと礼を述べたくて映像を飛ばさせてもらった」


 デュークの言葉にグレゴリオの精神が揺さぶられる。齢九十に届く身でありながら未だ序列一桁台に居座り続けている怪物。その怪物が自分に対して礼を口にしている。ありえない。魔法士序列十三位という高みに上り詰めはしたが、自分は一桁台の怪物達が集う場所にはたどり着けてはいないし、おそらく残りの生涯を費やしたところで序列一桁に到達できる可能性は皆無。


「私は素直に貴公に感謝している。貴公が私の思惑通りに動いてくれたからこそ、ようやく舞台に立つことを嫌い、拒否し続けてきた者を引きずり出すことができた。貴公が動かなければこの先も舞台に上がることがなかった存在を舞台に立たせることができたのだ。この働きは非常に大きいものであると私は感謝せずにはいられない」


 目の前の人物が何を口にしているのかグレゴリオには理解できない。それを理解したのだろう。デュークの隣で控えていただけのシルビアがようやく口を開く。


「まさか、自分の能力ゆえに今回の行動を起こすことができたと思っているのかしら? それは思い上がりもいいところよ、グレゴリオ君。貴方も知っているとおり、私の主人に見通せないものは存在しない。貴方が人類と戦争する考えを持っていたことも、それに対して準備していたことも全て筒抜け。それなのに貴方は邪魔されることもなく、今の場所にいる。この意味が理解できるわよね?」


 微笑んでいるというのに目の前の老婆が悪魔のようにグレゴリオの瞳には映る。彼自身、うまくいきすぎていると考えなかったわけではない。だが事実として作戦は順調に進められていたのでその杞憂を切って捨てた。


「私たちはね、どう世界を動かせばあの子を舞台に上げることができるか様々な方向から試行錯誤して苦悩したわ。そこで白羽の矢が立ったのが貴方。人類と戦争を起こすことになればあの子の平穏は崩れ去る。当然、あの子はそれを良しとしないから嫌々ながらも行動に打って出る。脚本(シナリオ)通りに飛空城の警備を手薄にし、評議会最強の力を持っている序列二位を本来の担当地域から引き剥がせば流れは加速する。予定外のことも少々あったけれど、カバーできないほどのミスは起きなかった。貴方は本当によく動いてくれたわ、グレゴリオ君」


 自分の動きが第三者によって誘導されていたもので、その目的を達成するためだけに自分が舞台に上げられていたことを聞かされて激昂しない人間はいない。


「ふざけるなっ。例え貴方たちが描いた完成図通りにことが運んでいるとしても、既に貴方たちでもこの流れは止められない。負け惜しみで私の心を乱すことが狙いであることが一目瞭然。現に貴方たちは動いていない」


 そう、どれほど目の前でマルグリッド夫妻が戯言を口にしたとしてもこの流れを彼らは止められない。魔人と序列十番台で乱入してきた序列一桁台を掃討すれば全てが終わる。自分の、魔法士側の勝利は揺らぐことはない。


「なるほど、そういう見方をするのが貴公だったな。私としたことが失念していたらしい、歳はとりたくないものだ」


 マルグリッド夫妻は彼の勝利をあざ笑うように口元を隠して笑っている。どこにも落とし穴がないというのに、既に勝敗は決していてグレゴリオのことを敗北者だと断言するように笑っている。


「グレゴリオ君、貴方は演劇を見たことがないみたいね。脚本を書いた者が舞台に立つのは最初か最後だけと相場が決まっているの。私たちは後者。私たちが動くのは、私たちが望み描いたこの誕生劇が幕を引いてから」


「誕生劇だと?」


「そう、誕生劇だ。いつの時代も英雄が生まれるためには逃れられない流れと予想される悲劇が必要不可欠。貴公はその二つを作り出した。ならば必然的に英雄が生まれる。欲を言えば誕生の瞬間を見ることができないことだけが心残りだ。その点に関してだけ、私は心底貴公が羨ましい」


 年寄りの妄言と切って捨てたいのに、グレゴリオの心はマルグリッド夫妻の言葉に鷲掴みにされてしまっている。自分の心を惑わすことが彼らの目的だと判断を下したはずなのに、心は次の言葉を待ってしまう。


「英雄にして魔王。魔法士序列一位、『蛇』はこの物語をもって世界に産声を上げると同時に記録される。人類誰もが恐怖し、魔法士全てが嫉妬を禁じえない最高位の魔法士が舞台に上がるのだ。これ以上心揺さぶられる誕生劇が存在するだろうか? 正解は否。ありえない。我々は所詮驕っていただけの凡骨であると思い知らされる。その他大勢の一部であると打ちのめされる。絶望と羨望、悲嘆と恐怖、ありとあらゆる負の感情を向けられても怯むことも恐ることもない最凶の魔法士が生まれる瞬間をせいぜい盛り上げてくれたまえ。それが思い上がって舞台に上がってしまった三流役者(じょれつじゅうさんい)である貴公の務めだ」


 最大級の興奮とともに侮蔑の言葉を投げられ、師匠と弟子の数十年ぶりにして最後の会話は終わってしまう。宣戦布告と同時に引き金を引いたのはグレゴリオだけではなかった。評議会と呼ばれる魔法士連盟の決定機関の暗躍者たちも同時に引き金を引いてほくそ笑んでいた。その事実は彼の心を先程以上に荒立たせ、怒号とともに玉座に拳を叩きつけて立ち上がる。この舞台の主役は自分だと言い聞かせるように。


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