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トリガーウィザード  作者: PON
第一章後編 24時間の攻防
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act2-1

 良くも悪くもグレゴリオ・ハーベントの宣戦布告によって世界は大きく動く。手綱を握っているはずの魔法士によって引き起こされた反乱は全世界に波紋を呼び、人類側は対応しようにも各地で一斉に蜂起した魔法士の鎮圧に追われて対策会議を設けることすら困難な状況。完全な劣勢であり、魔法士側からしてみればこの一日の攻防を乗り切ることできれば勝利が確定する。


 緊急会議ということもあり、本来なら放浪癖のある序列九位や女癖の悪い序列七位が出席することすら稀な評議会が今横浜において行われていた。


「我々はどちらに付くべきか? もはや選択の余地はないだろうが、一応この場にて多数決を行おうと思う」


 重苦しい空気の中、声を上げたのは序列三位である初老の男性。

 彼らだってわかっている。この暴動を鎮圧することは自分たちでは荷が重く、人類と面と向かって敵対する道しか残っていないことを。融和を解く道はもはや残っていない。敵対した場合に残っているのは一方的な支配と虐殺。なす術など残ってはいない。


「ああ、やっぱりそっちの方面で話を進めてるわけか」


 そんな場所にいきなり乱入してきた白夜達を見て、評議会のメンバー全員の思考が停止してしまう。この場所で評議会が開かれているのは極一部の人間しか知らず、警護にも序列二桁台の武闘派を配置している。それをいともたやすくこの場所へ四人は侵入してきた。面識のあるマルコは口笛を吹き、夜空は頭を抱えている。


「普段この場所に滅多に姿を見せない七位と九位もいることだし、ちょうどいい。いや、本当に高い金支払ったかいがあったわ」


 そしてあろうことか白夜は空座となっている序列一位の席に腰を下ろす。この行動にはさすがのマルコと夜空も驚きを隠せない。一緒に来た三人も目をパチクリさせているのだから当然といえば当然だろう。襲名条件をクリアしている四位の席に座ったとしても驚きだというのに、よりによって一位の席に腰を下ろしたのだから。


「皐月白夜、お主、その席が誰の場所だか理解しているのか?」


「誰の場所? おかしなことを口にするなよ、ロンファ。自分が本来座る場所に座って怒られる理由が俺には全くわからん」


 内心の動揺を悟られないように疑問を口にしたロンファだったが、答えた白夜の口調はあくまで軽い。この場所の空気が一層悪くなったことに気づいていながらも彼には一切の悪びれた様子がなく、それどころかとても楽しげに全員を視界に収めている。


「長いこと空けといて悪かったな、爺さん」


「子供のわがままに付き合っただけのこと、別に構わぬ。だが、その場所に再び戻ったということは」


「ああ、俺もいい加減宙ぶらりんじゃいられないってわかったからさ。覚悟決めてきたよ」


「それがあなたの本当にしたいことだというのなら止めはしないけれど」


「そんなに心配してくれなくても大丈夫だよ、婆様。一人だったら重圧で潰されちまうだろうけど、見てわかるように今の俺は独りじゃない。本当にダメだと思ったら、自分からこいつらに助けを求めるさ」


 序列三位であるデューク・マルグリッド子爵に序列五位であるシルビア・マルグリッド子爵夫人に軽くウインクをして白夜は自分の後ろに立っている三人に目配せをする。


「では不肖、序列三位デューク・マルグリッドがこの場において序列一位である『蛇』の帰還を承認させて頂く。異存は認めぬ」


 室内にざわめきが起こる。

 魔法士序列一位が意味するのは最強の魔法士ということだけでなく、評議会における最高決定権を持つ。それどころか序列三位は昇格でも承認でもなく帰還と口にしている。この事実を知っているのは白夜と直接密約を交わしたデュークとシルビアの二人だけ。


「知ってる人間もいるけど、自己紹介しておこうか。俺の名前は皐月白夜。そこにいる序列八位皐月夜空の弟。得意な魔法は解析系統と幻術、こんなとこかな?」


「ふざけるなっ。貴様が四位の席に座ったのであれば不本意ではあるが、妾も納得ができる。だが一位だと? その座に座ることをどうしてこの場所で認められる?」


「そう言われてもな、俺がこの場所に座ることを認めたのは永久欠番を除く当時の評議会メンバー八名。異論云々はそっちに言ってくれ」


 開いた口が塞がらないとはこの状況のためにある言葉だろう。序列の一位に誰かが座ることを許したなど序列が制定されてから一度もない。それだけでなく、評議会のメンバー全員の意見が一致したことだってないのだ。


「さて、俺のことを認める認めないは面倒だから後回しにして。現状、戦争したいって考えてるのはこの場所にどれぐらいいる? 遠慮せずに手を挙げてくれ」


 促した白夜だったが、誰一人として手を上げようとはしない。この場にいる誰もが進んで戦争を起こしたいとは思っていない。できることなら戦争は回避したいと考えている。その考えを持っていても、時間に選択を迫られれば戦争に参加せざるを得ない。


「なるほど。全員が戦争を回避したいと。だったら話はすんなり行きそうだな」


 そこで白夜は立ち上がって室内の人間を見渡してから声を張り上げる。


「どいつもこいつも尻込みしてんじゃねぇぞ、くそったれ。戦争したくねぇってんならどうして我先にって動かねぇ。ここで話し合って自分たちの都合のいい方に身をすり寄せればいいとでも思ってやがったんだろ? 馬鹿言ってんじゃねぇ。現状を打破したいんならいつだって自分で動くしかねぇえんだよ。それすら忘れちまったって言うんなら今すぐ支配者になりたがってる馬鹿の足でも舐めに行けっ」


 それは全員の心を殴りつける怒号。

 白夜はこの場所に向かうと決めた時に覚悟を決めてきた。自分の大切なものを守るために戦って、罪を背負う覚悟を決めてきた。それなのにこの場所にいる人間は悩んで動かずにいる。動けばこの事態を変えられる可能性があるというのに尻込みして、逃げの思考に引っ張られて腰を上げられずにいる。


「爺さん、城が現在どの場所にあるかわかるか?」


「光学迷彩魔法を使用して移動しているが、私の目を欺けるほどではない。現在位置はおそらくこの場所だ」


 白夜の前に立体魔法で地図を展開し、城の移動経路と速度をデュークは表示してくれる。それを確認してから彼はシルビアに対して問いかける。


「婆様、人間側が結論を出すのにかかる時間はどれぐらいだと思う?」


「そうねぇ、首脳陣たちが結論を出す前に本当に自分たちの武力が通じるかどうかを試すでしょうし、各地の暴動に対しても対策を打つでしょうから。最速で残り二時間前といったところでしょうね」


「抵抗を諦めないあたり、人間側の方が俺としては好感が持てるよ」


「それで、残り時間であなたはどう動くつもりかしら? おおよその予想はついているけど、この場所で教えてちょうだいな。そのためにあなたはその座に戻ってきたのでしょう?」


 次の白夜の言葉を受けて予め説明を受けていた三人以外が絶句してしまう。それは考えてはいたが決して実行に移せると思っていなかった考え。


「こっちから喧嘩売りに行く。戦争起こすしか魔法士の立場を改善できないって、考えちまった馬鹿にゲンコツくれてやる」


「白夜、それは無謀だ。相手側には正確ではないが三千以上の魔人があの城で確認されている」


 魔人。

 それは体内の魔力蓄積によって中毒症状に陥ってしまった魔法士を指す言葉であり、自我を失うことによって魔法を行使するためだけの存在に成り果ててしまった魔法士を侮蔑するために使用される。


「ああそうだな、兄貴の言うとおり俺たち四人だけだったら無謀だろうよ。でも、広範囲の振動魔法を得意とする兄貴が俺達に手を貸せば無謀じゃない」


「あの城を包む魔力障壁に関してはどうするつもりなのさ? さすがにあれほどの魔力障壁をシムとはいえ簡単に突破できるとは僕には思えない」


「マルコ、お前の言うとおりだよ。あんな馬鹿みたいな数の魔力障壁は俺じゃ突破できない。けど、お前がいれば話は別だろ?」


 白夜の言葉を聞いてマルコと夜空の顔に喜びが混じってくる。彼は最初から自分たちだけで物事を解決できると思っていない。この場所にいる魔法士の力を借りるために現れ、自分たちを頼りにしていることが分かってきたから。


「なるほど、この場所には最初から戦力補充に来たというわけか。だが、六人で制限時間付きのこの状況を打開できると本当に思っているのか?」


「いや、出来ると思ってねぇよ。俺のプランじゃ六人じゃ足りない。最低でももう一人は欲しい。そんなわけでロンファ、お前が手を貸せ」


「なぜ妾が手を貸さねばならない? お主も妾が魔女主義であることは知っているはず。戦争に発展しようが、人類が隷属しようが妾の望みはどちらにしても叶う。それをどうして妾自ら壊さねばならぬのか、理由を説明してみよ」


 扇子で口元を隠しながら尊大に口にするロンファに対し、白夜は楽しげに口元を釣り上げる。彼女がこの言葉を口にするのは既に彼の予想範囲内。切り返しの言葉だって用意してある。自分の想定通りに物事が進んでいることが楽しくてしょうがない。


「じゃあいいや、メンバーは多少なりとも目星付けてあるし。爺さんと婆様、あとはよろしく。俺たちが失敗したら向こうさんに尻尾振るなり、弁明するなり、出来ることして生存の方向で話し合い進めて」


「ちょっと待て、白夜。お主、戦力として妾を必要としているのだろう? なぜそうもあっさりと引く。本当に妾を必要としているのであれば取引に応じてやらぬこともないぞ?」


「時間が押してるから、ふたこと返事で了承してくれるような人間じゃなきゃいらねぇ」


 そこまで口にしてこの場所から去っていこうとする白夜一行。その背中を視線で追いながらロンファは思考する。その思考すら彼の手玉に取られているということすら気づくことができないまま。


「くっ、仕方ない。それならば白夜、妾が手を貸してやる。その代わり、事が終わったらきちんと妾の話を聞くのだぞ? これが譲歩できる最大だ」


「だったら最初からそう言えよ。行くぞ、こっからは時間との勝負だ」


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