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トリガーウィザード  作者: PON
第一章前編 神無月の停滞
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act1-2

 ガードレールに腰掛けて携帯を操作しながら、ヨシュア・ヴァレンタインは誰にでもわかるぐらい大げさにため息をつく。背中に届くか届かないか程度の金髪に碧眼、自分が世間一般で男性受けしやすい顔つきや体型であるということも自負していれば、それで同性にやっかみを買ったことだってある。だがさすがの彼女もひっきりなしに声をかけられればいい加減耳栓が欲しくなってくる。


「本当にイヤホンぐらい買ってくるべきだった」


 いつもであれば自分の友人である漆原伊月がひと睨みすれば自分に声をかけてきているような男性達は雲の子を散らすように去っていく。残念ながら彼女は本日別行動。あてにしているというわけではないが、今日みたいなことになれば嫌でも彼女の存在のありがたみを実感してしまう。


「ヨシュア、受け取れっ」


 言葉が聞こえたのと同時、自分に声をかけてきていた男性の一人が白目を向いてその場に倒れこむ。あまりにも突然だったのでヨシュアもびっくりしてしまったが、彼女の足元に中身をアスファルトにこぼしながら変形したスチール缶が転がってくれば事態が理解できてしまうことが悲しい。中身の入っていたスチール缶は男性の後頭部に激突し、衝撃で男性は昏倒、スチール缶は中身を吐き出したのだろう。こんなことを平然とやってのける人間を彼女は一人しか知らない。知っているというよりも現在進行形で自分に対して近づいてきている。


「白夜、どうして君がここにいるのか説明を要求してもいいかな?」


 倒れた男性を担ぎ上げながら去っていく男性達。結果的に自分を助けてくれることにつながったせいか、無意識のうちにヨシュアの口元がほころんでしまう。


「どうしてもこうしても、配置場所についたら戌亥さんに配置変更聞かされてここまで歩いてきたんだよ」


「なるほどね」


 ヨシュアの隣に腰掛け、ビニール袋から新たに取り出した缶コーヒーを彼女に手渡し、自分もカフェオレを取り出してプルタブを白夜は開ける。彼の行動を見る限り、あらかじめ三本缶コーヒーを購入していたのだろう。


「僕、ブラックって好きじゃないんだけど」


「お前、奢ってもらっといて文句言うなよ」


「そっちのカフェオレと交換してくれない?」


「少し飲んじまってるし、こういうの普通は女って嫌がるもんじゃねぇの?」


「いいからっ」


 強引に白夜にブラックコーヒーを握らせ、ヨシュアは彼の手からカフェオレを奪い取って口を付ける。新しいものを買いに行くのが億劫なのか、渋々彼はブラックコーヒーのプルタブを開ける。


「そう言えば、白夜ってパスポート持ってるかい?」


「いきなり唐突だな。確か、魔法士のライセンス取った時に同時作ったはずだけど。それがどうかしたか?」


「君、所長の話覚えてないのかい? 年末年始、大規模な作戦が展開される予定があるから全員作っておくことって言ってたじゃないか」


「ああ、そんなことも言ってた気がするな」


 魔法士。

 一昔前であれば空想の産物と世間に認識されていた者たちは、今では人の形を保っているだけの兵器という認識にすり替わっている。彼らは国家によって管理され、最低限の生活と自由を保証する代わりに国民の生活を守るための行動を義務化され、二ヶ月に一度健康診断と称した定期的に国家機関に招集を受けることが徹底されている。これを破れば厳重な注意勧告を受け、それでも応じない場合には魔法士によって強制的に処理される。事故死に病死、国家機関によって様々な偽装工作をされた上で。


「それにしても、ただ配置場所で待機させられるっていうのも暇だね」


「暇って言うなよ。こうして俺たちがこの場所にいることに意味があるんだから」


 国家機関の決定に従わなかった、もしくは罪を犯した魔法士は同じ魔法士によって処理されるが、彼らもただ処理されることを良しとはしていない。魔法士は大まかに四つの属性に分類され、自分とは違う属性を持つ魔法士を感知することができる。故に魔法士を処理する場合、周辺に別属性の魔法士を大量に配置して移動ルートを限定した上で同じ属性の魔法士をぶつけるというのがセオリー。


「白夜、不躾なことを聞いてもいいかな?」


「暇だから話に付き合えってお前はかまってちゃんかよ。子供じゃないんだから少しの時間ぐらい大人しく静かにしてろ。んで、何?」


「嫌味言いながらも付き合ってくれるんだから、君っていいやつだよね」


「お前、俺をおちょくってんのか怒らせたいのかどっちだ?」


「ごめんごめん。それでさ、君はどうして魔法士としての道を選んだんだい? 今の世の中、魔法士は必要悪の嫌われ者。進んでなりたいと思うようなものじゃない。でも所長や戌亥さんの話だと君は大学への進学もすることなく迷わずにこの道を選んだって聞いてる。大学に進学するための学力や資産が足りなかったわけじゃない。何が君をそこまで駆り立ててるんだい?」


 覗き込んでくるヨシュアの視線を遮るように缶コーヒーを空にして、白夜は見えないように右手でパーカーのポケット内にある懐中時計を握り締める。


 彼女の言葉通り、いなければ困るが進んで魔法士としての道を選ぶものは絶対的に少なく、同じように国民を守る警察と比べて社会的地位もかなり低い。この道を選ぶ者たちは他に選択肢がなく仕方なく選んだものが多い。その為、ひねくれ者やすねに傷を持つものが多いというのが世間一般の認識。


「俺としては、大学進学して別の社会が見えてるっていうのに、好んでこっち側の社会を覗き込もうとしてるお前や漆原のほうが気がしれねぇけどな」


「はぐらかすつもりかい?」


「別にはぐらかしてる気はねぇよ。かっこよく言えば過去との決別、子供っぽく言えばズルズルと引きずってるってだけだ。俺はいい加減、決着をつけたいんだよ。十年前の出来事だっていうのに今も直面させられる過去と。それが、俺がこの道を選んだ理由」


 十年という月日の流れで諦めを覚えることができた白夜。だがそれは彼だけができたことであり、他の当事者たちは彼の兄を含めて過去に囚われ続けている。彼らは過去を引きずって今を生きているのではない。手の届かない過去に囚われたまま、過去を過去にできずに生きている。


「もしなんだけど、君は十年前の悲劇の原因がわかったときに復讐したいとは思わないかい?」


「ないな」


 言いづらそうに口にしたヨシュアの言葉に迷うことなく白夜は即答する。


「他の当事者連中がどう答えるかは知らんし、子供のままの俺だったらどうだかわからんけど。あれはもう俺の中で過去。復讐したところでどうやっても戻ってこない。復讐にとりつかれちまった連中にはどんな言葉投げかけても無駄だと思うけど、俺は諦めってやつを覚えちまった。だから、復讐なんて考えねぇよ。そんなものにとりつかれて人生棒に振りたくねぇし」


「君は強いね」


 白夜の言葉に偽ることなくヨシュアは感想を述べてしまう。その人を思えば思うほど、愛情が深ければ深いほど復讐にとりつかれてしまうのが人間であり、それは誰もが同じで避難されることなどない。それは諦めを知った、覚えたからといって簡単に振り切れるようなものではない。


「って、どうやら終わったみたいだな」


「そうみたいだね」


 二人はほとんど同時に振動する携帯電話を取り出して届いたメールの内容を確認。内容は簡潔に今回の仕事が終了したので一度事務所に集合とのこと。


「自分の伝えたいことだけ伝えるためにメールって、戌亥さんは相変わらずだな」


「そうだね。いまもう一件メール来たけど、次の仕事の件でミーティングしたいから食事はこっちで用意するって」


「こっちの予定ガン無視って、唯我独尊すぎだろ」


 愚痴をこぼしたところで戌亥に反論するほどの度胸を白夜は持ち合わせていないため、渋々ながら歩き出す。そこでいきなり左側から軽い衝撃とシャンプーの香りが漂ってきたので視線を移動させてみれば、そこには彼の腕に抱きつくような体勢でヨシュアがいた。


「歩きづらいんで離れてほしんですけど」


「そうは言うけど、君と距離を開けて歩くとさっきみたいに男性に囲まれて動きづらいからね。少しぐらい我慢して欲しい、かな?」


「それにしたってくっつきすぎだとおもうんですが?」


「さっきから不自然な敬語になってるところを見ると、照れてるね? ふふっ、安心したよ。君もれっきとした男の子だったんだって。ちなみにこれは前払い報酬で、わざとあててるんだよ?」


 腕に伝わってくる柔らかな感触とあざといヨシュアの笑顔。これはもう何を口にしても彼女は引くことがない。そう判断して白夜は的はずれなことを考えながら、それ以上口を開くことをやめて歩き出す。


「冷めたピザは嫌だなぁ」


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