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トリガーウィザード  作者: PON
第一章前編 神無月の停滞
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act1-19

 目の前に広がるのは時の流れから外れてしまった氷の世界。生命の鼓動はなく、日光が照らしているというのに極寒の地にいる方がまだ温かみを感じてしまう。


 東京二十三区。

 十年前までは日本の政治経済を動かす中心地であった場所を前にして、その場所に集った魔法士たちはそれぞれ思いを馳せる。警官隊が周囲を固めてはいるが音声を遮断できるわけもなく、彼らの耳に届いてくるのは罵詈雑言だけ。警官隊の包囲する隙をついて腐った卵にトマト、中には火炎瓶を投げ入れてくるデモ隊。


 全ては魔法士がやったこと。彼らは自分たちと同じ形を保っただけの悪魔。もう一度同じような悲劇が起きないとは限らない。疑心暗鬼が恐怖を呼び込み、本来であれば称えられるべき立場の仕事がどうしようもない汚れ仕事にしか思えなくなってくる。それなのに魔法士たちは抵抗ができない。声を上げて訴えることもしなければ、魔法で鎮圧に参加することもしない。自分たちが魔法士であるからこそ、この悲劇の責任を取らなければならないと恐怖に屈することなく、罵詈雑言を浴びても佇まいを崩さずにしっかりと前を見据える。


「やっぱり嫌われてるっすよね。気持ちはわからなくもないんすけど、流石にこれだけおおっぴらにやられるとどうしていいか分かんなくなっちゃいそうっす」


「一人が悪ければ全員悪いって、連帯責任しても酷すぎるよね。医療魔法士に資源魔法士、世界に役立っている魔法士は山ほどいるっていうのに」


 険悪どころで済まない雰囲気に飲まれて悠斗とヨシュアもつい愚痴をこぼしてしまう。彼らがぶつけようのない怒りを魔法士という存在にぶつけている現状。本当の敵がいないから仮想の敵を作り出して敵意をぶつけ、自分たちは被害者なのだと大義名分を背負って集団で行動する。一歩間違えばこの場所は惨状にすぐさま変化してしまう。それが起こらないのは彼らが魔法士を鎖に繋がれ、檻によって捕らえられた存在だと勘違いしているからだろう。


「愚痴をこぼしたくなる気持ちはわからなくもないけど、それは心の中だけにしておきなさい。でなければ私たち自身が、私たちの行動に泥を塗ることになるわ」


 伊月の言葉で二人は慌てて口を塞ぎ、自分たちの前にいる魔法士たちを見る。

 謂われない避難を受けて平然としていられるほど自分たちは人間ができていない。だが自分たちの前にいる魔法士たちはそんな非難の声を受けてもしっかりと前を見据えている。仕方ないことだと諦めてしまっているのかもしれないが、それでもこの事件を解決することができれば自分たちを受け入れてくれる人たちが少しでも出てきてくれるのではないかという希望を頼って。


「そうっすね。自分が間違ってたみたいっす。ちょっとでも魔法士に対する偏見が緩和してくれるならそれに越したことはないっすよね」


「それはそうと、所長は戌井さんと一緒に作戦本部に召集されたからまだわかるとして、白夜はどこに行ったの?」


「それは私も知りたいわ。さすがにこの状況で無茶するほど馬鹿じゃないと信じたいけど」


「白夜さんならやりかねないっすね」


「白夜ならやりかねないね」


「あいつならやりかねないところが怖いのよ」


 三人は白夜という人間の行動原理を嫌というほど知っている。普段は冷静で頭の回転も速いため、チームとして動くときには司令官の役割を担うことが多い。だが実際は自分よりも仲間を優先して自分ひとりで危険な場所に突出してしまうことが多々ある。ロンファの時もそうだったが、仲間のこととなると彼は沸点が異常なまでに低い。この状況で下手をしたら一般市民に危害を加えることだってあり得る。


「お前ら、俺のことなんだと思ってんだよ。確かに頭ごなしにお前ら魔法士の存在が悪いって言われんのは頭にくるけど、ここでそんなことに構ってられるほどの余裕は俺にはねぇよ」


 ついにこの日が来てしまったと、三人の前に姿を現した白夜は大きくため息をつく。何事もなければそれでいいが、彼の推測では必ず何かが起こってしまう。それが起きた場合、優先するべきは自分と仲間の命。周囲にどれほど影響が出たとしても、一般市民が巻き込まれたとしてもそれは二の次。助けを求める他人の命を見捨ててでも、それだけは絶対に失うわけにはいかない。


「作戦の事前説明の時からいなかったっすけど、どこ行ってたんすか?」


「琴乃さん、ああ、もう籍入れたから義姉(ねえ)さんって呼んだほうがいいか。なんでも兄貴を見送りに来たらしくってな。さっきまでベヘモスに入れってしつこく言ってくる二人に捕まってた。いくらなんでも約束破るの早すぎだろ」


 琴乃を救うときに白夜が出した条件を夜空が忘れているわけがない。ひょっとすると忘れているかもしれないが、彼女が言い出した手前彼は引くに引けなくなってしまったのだろう。白夜も夜空も彼女に自分たちが別々にいることの理由を話していないことも原因の一つ。


「ひょっとして、白夜のお兄さんってブラコン?」


「私も面識があるわけじゃないし、はっきりとしたことは言えないわ。でも、家族なら一緒にいたいって考えてもおかしくなんてない」


 琴乃の件があったからこそ溝が生まれてしまった兄弟。それが元の仲のいい兄弟に戻れるならそれに越したことはないと彼女は思っているが、十年の歳月は兄弟という関係を取り戻すにはあまりにも長すぎた。二人にはそれぞれ背負っている立場と命が有り、可能性としては低いが対立すれば確実に敵対してしまう。


「単純に義姉さんが時間の変化に気づいてないだけだと思うんだけどな。誰が好き好んであんなバカップルのそばに行くかっ。電話越しに惚気話聞かされるのにだってうんざりしてきてるのにこれ以上はゴメンだね。それに、俺の居場所はもうあそこじゃねぇ」


 最後顔を背けて口にしたところを見ると、最後だけは彼の本音だったと理解できる。少しだけ殺伐とした空気を忘れることができた四人は、平穏を一時的にわすれて魔法士として緊張を高める。


 だが、一瞬で世界は彼らの意義を奪い去ってしまう。

 先頭にいた連盟の対魔法士部隊がすぐさま足を止める。それだけではなく、その場にいたほとんどの魔法士が呼吸を止めてしまう。なぜなら、凍りついていた世界が一瞬で更地へと変化し、彼らの目的を奪い去ってしまったから。


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