act1-15
ロンファが意識を失って前のめりに倒れたことを確認し、白夜は魔法を解除すると同時に大きく欠伸をしてそのまま倒れそうになるのをどうにか壁に手をついて支える。いかに相手の空間魔法を利用したといっても『双子神の創造世界』は膨大な魔力を消費する。魔法を使用している間はいいが、魔法を解除したのと同時に一気に疲労感と虚脱感が襲ってくるのだ。ただでさえ三日間の徹夜という精神的に危うい状況でおいそれと使っていいものではない。
「シム、君ってやつは本当のところどちらにいるんだろうね? 君を世界で一番知っていると断言できる立場の僕でさえその部分だけはわからないよ」
大げさに両手を広げながら近づいてきたマルコに気づき、その場所で腰を下ろした白夜は彼を見上げる格好になってしまう。
「君はどうだったかしらないけど、間違いなく彼女は君を殺すつもりでいた。それだけで一般人と違って魔法士同士では正当防衛が成立してしまう。一度あいまみえれば互いに殺しあったとしても周囲に迷惑さえかけなければ黙殺されてしまうのが僕たちだ。君は彼女を殺したいとは思わなかったのかい?」
魔法士を人間と呼ぶには危険すぎる。それゆえに魔法士連盟は魔法士にのみ適用される法律として魔法士断罪法を制定している。全十条からなるこの法律は全ての魔法士に適用され、遵守せずに違反した場合は魔法士としての資格を連盟によって剥奪される音だってある。
「死んじまったらそこで終わり。やり直すことも再び歩き出すことだって出来なくなっちまう。俺は誰かの命を背負えるほど強くないんでね、人殺しはゴメンだ」
壁伝いに力を入れて立ち上がった白夜だったが、足にうまく力が入らずすぐにその場所で倒れそうになってしまう。そんな彼に肩を貸す形で立ち上がらせたのは悠斗で、ヨシュアと伊月の二人も彼へと歩み寄ってきている。
「矛盾してるとか、甘いとかそういう大人な意見はいらねぇ。俺らが戦ってる相手は化物でも怪獣でもない、俺らとおんなじ人間だ」
白夜に先に口にされてマルコは黙ってしまう。彼が口にしているのは子供の考えであり、失ったことを知らない人間の戯言だと万人に嘲笑されることだろう。それでもその考えを忘れ去ってしまった自分が遠い位置にいると錯覚してしまうことは間違いではない。誰とも分かり合えると思わない人間が分かり合えないと同じように、本当は持っているべき筈の考えを捨て去ってしまったと思えてしまうのだから。
「魔法士も人間、か。いつから僕らは魔法士とそうでない人間を区別するようになってしまったんだろうね。言葉も通じて同じように血液が流れているっていうのに」
「普段のノリを無視して哲学的な考えに思いを馳せんのは勝手だけど、当初の目的が済んだわけだから俺帰っていいか?」
「ええっ、それは酷すぎるよ。君のためにこのあとオーケストラの演奏や世界びっくり人間ショーを用意してあるんだよ? ホテルのスイートルームだって予約してあるし、一緒にお風呂に入って背中を流してもあげたいし」
「そこまで付き合うなんて俺はひとっことも口にした覚えなんてねぇぞ」
マルコの言葉を聞いてただでさえ疲れている状態の白夜は更に疲れてしまう。マルコの言動はかまって欲しいと願ってやまない子供そのもの。そんなのに付き合っていれば押し付けられる愛情で自分の心がいつか圧殺されてしまう。
「ねぇ伊月、一応彼も白夜を繋ぎ止めるメンバー候補に入れておいてあげたほうがいいのかな? 日本じゃどうか知らないけど、ほら、同性愛ってどこの国にもあるものだし。なんかあそこまで好き好きオーラを出してると、不思議と悩んじゃうんだけど」
「それだと皐月が攻めになるのかしら? ヨシュア、外国とは違って日本ではカップリングっていうものがかなり重要なの。逆だった場合、かなりの高確率で煽りと反感をくらうこと必至。ちなみに私は皐月のヘタレ攻めしか容認できないわ」
「ベッドの上での白夜は野獣だよ? 相性や技術だけじゃなくって体力もあるから、途中で僕の意識が何度飛んだか覚えてないもん。絶対に強気攻めだよ、これだけは伊月が相手でも譲れないよ」
「今はそうかもしれないけど、残念ながら私は最初の頃の慣れてないあいつしか知らないのよ。お互い初めてだったから下手だったり、痛かったりで大変だったわ。その時どっしり構えていればいいのにあたふたしてたあいつは確実にヘタレ攻めよ」
何やら女性陣の話題に自分が上がっているのはわかったのだが、背後のオーラがいろんな意味でどす黒すぎるので白夜は聞くに聞けない。聞いてしまえば自分の大切なものが何かしら欠けてしまうような気がする。
「なぁ悠斗、俺結構無茶したから腹減ってんだけど、この辺でいい店しらねぇ?」
「おふたりの読みは凄いっすねぇ。さっき、六位が乱入してきた時にそうなるんじゃないかっていろいろ調べておいたっす。なんでも海鮮パスタが美味しいお店らしくって、四人から六人のテーブル席を予約済みっす」
すっかりしょぼくれてしまっているマルコを視界に入れながら悠斗の言葉を聞いた白夜は、一人で歩き出して背中越しに言葉を口にする。
「そんじゃ行くとしますか」
白夜に追従するように移動した三人だったが、そこで彼は振り返って言葉を口にするかどうか迷いながらも口にする。
「行くっつってんのに突っ立ってるってお前は馬鹿か? こっちは今すぐにでも飯にありつきたいんだ。ボケっとしてんなら置いてくぞ」
「えっ、僕もかい? でも僕はこれからいろいろな後始末が残ってるし、僕なんかが行ってもかえって場の雰囲気を悪くしちゃうんじゃ」
「どうでもいい時は自信たっぷりなくせして、なんでこういう時だけ弱気なんだよ。従者がいんだからそいつらに後始末頼めよ。贔屓目で見なくなってわかるぐらい優秀なやつらばっかりだろうが。第一、お前は俺にメンテナンスの料金を払ってねぇ」
「料金って。金銭で成り立つ関係は友人関係とは言えない。そう口にして一度たりとも料金を受け取ってないのは君じゃないか」
「よく覚えてんじゃねぇか。でもそれだけじゃ半分だ。俺は言ったはずだ。金は受け取る気がないから、代わりに飯を奢れって。ついでにお前の話も聞いてやるよ。俺が解決できない問題の糸口が見つかるかもしれないし」
そこまで口にした白夜に対し、瞳を涙で潤ませたマルコが勢いよく抱きついてくる。彼の体を支えることができない白夜は残念ながら、押し倒されて床と板挟みになってしまう。
「ああ、シム。君ってやつは本当にツンデレなんだね。僕が一緒にいないと寂しいんならそう素直に口にしてくれたなら僕はどこにでも、いつだって一緒にいるっていうのに。でもこういう風にいじらしい一面があるから未だにツンデレという概念が消えないとも言える。素晴らしいよ、君は僕にとって最高のツンデレだ」
「どうでもいいけど、重たいからとっとと退け」




