act1-14
どこまでも傲岸不遜に言い切った白夜に対していらだちを募らせ、今にも怒り爆発しそうなロンファ。それでも彼女は衝動に身を任せて動きはしない。どんな状況であっても冷静さを欠いた方が敗北へと引き寄せられる。歴戦の経験からそのことを理解している彼女は相手の手の内が読めず、自分の魔法が発動しない不利な状況で積極的に仕掛けようとはせずに相手の出方を伺う。
「なんだ、こっちの挑発に乗って勢い任せに突っ込んできてくれてもいいのに。案外冷静というか臆病なんだな、六位殿。でもさ、この状況で動かないのは失策以外の何物でもないぜ?」
言葉と同時にロンファの体が左方向からの衝撃で壁に叩きつけられる。白夜がどのような攻撃方法をとったのか彼女は理解できていない。視界どころか知覚にすら今の攻撃は引っかからなかった。これが同じ属性であるのならまだ納得は行くが、彼女は彼の魔力を知覚出来ているため同属性であることはまずない。
「この状況で相手を分析しようって考えは賞賛に値するよ。まぁ、さっき言ったみたいに失策以外の何物でもないけどさ」
白夜は先程から一歩も動いていない。それどころかズボンのポケットに両手を突っ込んだまま。それなのにロンファの体はピンポン玉よろしく上下左右、壁と天井を行き来してダメージを蓄積していく。見てみれば強引に吐き出させられた空気に血が混じっている。骨はまだ折れていないが内蔵にかなりのダメージを受けているらしくうまく彼女は呼吸ができない。
「こうも一方的な状況だとつまらなすぎて眠くなってくるな。とっとと何かしらの対策を講じてくれよ。あんたの言葉を借りるなら、あんたは魔法士序列六位の大魔法士で俺は四桁台の塵芥。圧倒的に強いのはあんたなんだろ?」
見下ろされているのであればロンファは自分の体の震えを自覚することはなかっただろう。白夜の瞳には彼女の姿が映っていない。金色に輝く瞳は吸い込まれてしまうような怪しい輝きを放っているというのに。
「妾は、魔法士序列六位。支配する側の存在であって、決して蹂躙される側ではないわっ」
「『時間逆行治癒』。自分の体のみを対象とした時間軸を過去に戻すことによって行う治癒魔法。高位魔法使って立ち上がったのはいいけど、対策のひとつぐらいは思いついたのか?」
興味がなさそうに大きな欠伸をしながら白夜は問いかける。事実として立ち上がったはいいがロンファは彼の魔法がどんなものなのか理解していない。
「その様子だと俺が使ってる魔法が全く理解できてないみたいだな。じゃあしょうがない。サービスで教えてやるよ。俺が今使っている魔法は『双子神の創造世界』。分類はあんたお得意の空間魔法。効果は使用者の創造を具現化し、空間内にいる相手の外部放出魔力を抑制する。簡単に言っちまえば、こっちは好き勝手できるけどあんたは自分単体に作用させる魔法以外使用不可。ここまで説明してやったんだ。今の状況、理解できるよな?」
白夜の言葉を受けてロンファは愕然とする。彼が口にしたとおりの魔法だというのなら尚更。
魔法は基礎魔法から始まり高位魔法、大魔法、封印魔法、禁呪と難易度が上がっていくもの。彼女がこの場所で用いた空間魔法は隔離結界であり、五段階で中間の大魔法に値する。しかし白夜が用いている魔法は、空間魔法と創造魔法だけでなく干渉魔法まで混ぜ込んでいるので最低でも封印魔法、ヘタをすれば禁呪の指定を受けるレベル。禁呪の指定を受ける魔法を使える魔法士は現在、評議会に一名たりとも登録されていない。
「俺の貧困な想像力じゃあんたが勝つ見込みは限りなく皆無。自分よりも下位の魔法士や人間が塵芥って言うんなら、今のあんたはどうなんだろうな? 魔法を奪われた魔法士である今のあんたはさっきまで自分で見下してた塵芥そのもの。反論があるんならどうぞ。この状況を打破して証明してくれ」
できるわけがない。白夜がそう思っているのと同じようにロンファも実感している。魔法士の戦いをかつて白夜はとてもシンプルなものだと表現していた。勝敗を分ける要因は相手の魔導書をいかにして奪取、破壊するかにかかっていると。だがそれ以外にも勝敗は勝手に着くことがある。相手を精神的に屈服させた時や絶望を与えたとき、魔法士は魔法を発動できなくなってしまう。魔力許容量にどれだけ差があっても、序列にどれだけ差があったとしてもそれは等しく同じ。勝てないと一瞬でも思ってしまえばそれが魔力や魔法に多大な影響を及ぼす。
「妾はなぜ負けた? 勝者ならば要因ぐらいは教えよ」
「やけにあっさり敗北を認めるんだな。肩透かしくらった気分だ」
つまらなそうに白夜が指を鳴らせば彼の瞳の色が金色から黒へと戻る。それをロンファは待っていた。自分が圧倒的不利な状況であるなら状況を覆すために偽りの敗北を演じきる。他人の為に怒るようなあまっちょろい人間であればこの作戦に必ず引っかかる。魔法さえ自在に使えるようになればこっちのもの。先ほどの返礼を体に嫌というほど味わわせてやる。狂気に歪んだ顔で彼女が扇子を振るおうと右手を動かす。誰かが声を上げたがもう遅い。回避行動に入るよりも先に彼女の魔法が当たる。
「どうせ魔法が自在に使えるようになれば、なんて考えてたんだろ? 甘いんだよ、どいつもこいつも。この平和ボケした国で生まれ育った奴らならともかく、俺は徹頭徹尾油断も慢心もしねぇ」
ロンファの体は何かに固定されたかのように動かない。空間魔法が解除されていることは明白。ならば彼女の体の自由を奪っているのは一体なんなのか。
「さっきまで自分がどうしてボコられてたかもわかってないのに、不用意に動こうとするからそうなる。いい加減理解しろよ。魔法を知覚できなくなる魔法が存在してて、それを俺が使ってたってどうして考えない? 自分の魔法の種明かししている時点で、何かしら罠を仕掛けているとどうして考えない?」
白夜がもう一度指を鳴らせばロンファにも理解できる。彼女の体は漆黒の鎖に絡め取られて自由を奪われているだけでなく、鎖が触れている部分から魔力と体力が奪われている。そして彼の背後には計十本の両手剣が空中で停止している。
「『竜殺しの聖剣』に『神封じの黒縛鎖』。これがさっきまで攻撃に使ってたのと、今あんたを拘束している魔法の正体だ。感謝しろよ? 俺が手の内こんなに晒すなんて滅多にないことなんだから」
魔法士が手の内を相手にばらすということは決着がついたことと同じ意味を持つ。それを認められないロンファはどうにか拘束を抜け出して一矢報いようと歯を食いしばって体を動かそうとするが、自分の体が自分のものであることを否定するように指一本動かない。それどころか魔力と体力を同時に吸われているので意識を保つことすら危うくなってきている。それを知っているからこそ白夜はため息をついてからゆっくりと近づいてきて、
「このままでも意識失うけど、それじゃあんたは納得しないだろうからとどめさしとく。俺が言うのもなんだけど、敗北覚えてから出直してこい」
振り抜いた右拳がロンファの顔面に突き刺さり、敗北の烙印を刻み込むのと同時に意識を奪い去った。




