act1-12
白夜とマルコ、ゲオルグの三人がエレベーター内に閉じ込められるよりも数分前。エリシアによってパーティーホールへと案内された三人だったが、先程自分たちが魔法士序列二位に対して勝手に抱いていたイメージが粉砕されてしまったこともあり、緊張することなくすんなりとパーティー内に溶け込むことができていた。
「ヨシュア、さっき皐月に何か耳打ちされていたみたいに見えたけどドレス姿でも褒めてもらえたの?」
「よくわかったね。次のデートで見られる姿も期待してるって言われたよ」
「バレバレよ。態度でも表情でもあなたを一喜一憂させられるのなんてあいつぐらいなものだもの」
ボーイから受け取ったグラスを少しだけ傾けて伊月は瞳を閉じる。ヨシュアが日本に来たのは四年前大学入学より少し前。大学入学時期に起きたとある事件をきっかけに知り合えたわけだが、出会ったばかりのヨシュアは今ほど感情表現の起伏が激しくはなかった。勿論白夜をきっかけに彼女が変わったことを伊月は知っている。それでもここまで変化するなんて思ってもみなかった。
「皐月の襲名に関してあなたはどう思ってるの?」
「僕個人の意見を言わせてもらえれば、今の時期に襲名はかなり困るね。できれば白夜が僕なしじゃ生きられないぐらいってところまで行かないと。伊月は?」
少し悩んだ素振りを見せてからグラスに口を付け、ヨシュアはグラスの液体越しに世界を見ながら問い返す。
「私としてはあいつの意思を尊重したい。でもそれはきっと建前であって、本心では襲名してもらいたいと思ってるから複雑なところよ」
「未練があるから? それとも目標であり続けて欲しいから?」
魔法士序列一桁台は例外的に一妻多夫、もしくは一夫多妻が許可されている。これは優秀な魔法士の子孫は必ず優秀であるという科学的根拠が示されており、後の世代を考えた上で優秀な魔法士を少しでも多く確保したいという連盟の圧力が大きい。面識はないが魔法士序列一桁台にいる女性魔法士は夫が両手両足の指を足してもまだ足りないらしい。
「半分半分といったところよ。今あなたが襲名をやめてほしいと口にすれば、あいつはきっと襲名を断固拒否する姿勢をとる。あいつ、冷静さを売りにしてる割に身内に関してはとことん甘いから」
「冷静ではあるけど冷徹にはなりきれない。自分の命と大切な人の命どちらかしか救えないって場面で躊躇しないし。そこが怖くて白夜から距離を置こうとして別れたんでしょ?」
「あいつから直接聞いたのかしら? 私自身口にした覚えはないのだけれど、勘?」
「勘であればよかったんだけどね。この前白夜が入院したとき、僕もおんなじように置いていかれる恐怖を感じたから。この人はしっかりと繋ぎ止めておかないとどこか遠くに勝手に行ったまま帰ってこないんだって」
戻ってきてくれるのであれば問題はない。だが戻ってきてくれると信じたいが戻ってきてくれる補償がないというのが現状。白夜は決して博愛主義者ではなく、どちらかといえば現実主義者。自分の関与しない範囲で起きた問題に好き好んで手を差し出すような人間ではないが、自分が関わっている範囲内ならどれほど難題が待ち受けていてもためらわずに手を伸ばしてしまう。
「僕は伊月ほど頭良くないし、大人じゃないから割り切って考えられないんだよ。好きな人には自分のそばにいて欲しい。自分のことを見て欲しい。わがままを押し付ける形になっちゃうのはわかってはいるんだけど。ダメだね、僕の中ではもう白夜がいなくても大丈夫って思えないぐらいのめり込んじゃってるから」
「それは別にいいんじゃないかしら。あいつなんだかんだ言って譲れないこと以外、最後は結局折れるタイプだし。迷惑なんて山ほどかけてやればいいのよ。私だって付き合ってた時にどれだけあいつに対してわがまま押し付けてたなんか思い出せないわ」
「だろうね。じゃなきゃそれでもいいかって納得できる人間になんてならないだろうし」
そこで一度言葉を区切ったヨシュアはグラスの中身を一気に煽って空にし、問いかける。迷っていたらいつまでだって聞けやしない。この場はアルコールの力を借りてだって問いただしておくべきだと。
「伊月は白夜のこと、今でも好き?」
「ええ、好きよ。今はあなたという彼女が隣にいるから自制してはいるけど、あいつがもしフリーだったとしたら私の方から寄りを戻すために動いていたでしょうね」
「ストレートに答えてくれるんだね。結構意外だった」
「あなた相手に隠していたとしてもしょうがないでしょ? 自分の気持ちに蓋して日常を過ごせるのなんてフィクションの中でだけよ」
「なら、やっぱり素直に生きるべきなんじゃないかな?」
思いがけないヨシュアの言葉を聞いて伊月の表情が若干険しいものに変化する。自分の心の中を探られるような感覚。苛立ちを覚えた心を落ち着かせるためにバッグからタバコとライターを取り出して火をつける。
「ヨシュア、あなた一体何が言いたいの? 自己完結しているだけでは会話とは呼べないことぐらいあなたもわかっているでしょ?」
「白夜を繋ぎ止めるのを手伝ってほしいってことだよ。自分ひとりで止められればそれがベストなんだろうけど、心配しすぎる分には別に迷惑にならないだろうし。それに伊月だったら白夜の隣にいても僕はヤキモチ焼かないかな? 二人のこと大好きだし」
「先日のお見舞いの件を引き合いに出して悪いけど、あなた、絶対私相手でもヤキモチ焼くと思うわ。それに、私相手に余裕を見せたことを後悔することになる。私はね、今でこそ自制できているけど元々奪い取る女なのよ?」
「それぐらい白夜に対してもストレートに思いを伝えられたらいいのに。未練残して、自分の心に蓋をして、大人になったって錯覚してるよりはだいぶマシでしょ? でも伊月は勘違いしてるよ。僕は繋ぎ止めるのを手伝って欲しいって言ったけど、奪い取られることを容認するほど自分のことを卑下してないよ」
タバコの煙を吐き出しながら立ち上っていく紫煙を見送るように伊月が呟いた言葉と、新しいグラスに口をつけたヨシュアの言葉は奇しくも同じものだった。
「「負けないから」」
その言葉が誰にとっての引き金だったのか今となってはわからない。ただこの瞬間を持ってこの場所は世界から切り離された。




