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第五章 ~思惑~

朝早くから働き詰めだったアールマンが一旦自室に戻ると、寝台の上で寝息を立てているユウリを発見した。リィンの説教の甲斐もなく、毎日のように潜り込んでくるので、今朝も放置していたのだが。

「……まさか、ずっと寝ていたのか?」

いや、まさか──と思いつつ、ユウリの肩を揺らし起こしにかかる。まだ付き合いの短い仲ではあるがこの娘、寝ているか食べているかの印象しかない。

「ん……む……?」

既に眠りが浅い状態にあったのか、ユウリはすぐに目を覚ました。そしてアールマンの姿を認めると、目を擦りながらその袖をぎゅっと掴んだ。

「おはよ」

「……おはよう。よく眠れたか?」

「…………」

その沈黙はどちらなのか。

とりあえず、今朝見たときから眠り通しだったのは間違いないようである。寝る子は育つというが、彼女の場合寝過ぎなのではなかろうか、とアールマンは思う。

「まあいい。話がある。部屋に戻って身だしなみを整えたらここに来い」

「…………愛の告白?」

「……違う。どうしてそんな結論が生まれたのか知らないが、事態はもっと深刻だ」

「むぅ……、じゃあ、子供の名前?」

「よし、寝惚けてるんだな。早く顔を洗って出直してこい」

「…………おはようのちゅーは?」

「放り出すぞ?」

「……残念」

寝台から降り、小さく欠伸をしながら部屋を出ていくユウリを見送る途中、『もしかして、からかわれてるんじゃないだろうか?』と少し不安になって溜め息を吐いた。

「ユウリはどうすればいい?」

国境の動きを聞いたユウリは、開口一番にそう言った。

「ここに残ってもいいし、グラン公国に帰ってもいい。ユウリの意思を尊重する」

「……アールはどうするの?」

真っ直ぐに見つめてくるユウリに、少し考えるような間を置いて問い返す。

「……どうしてそんなことを聞く?」

この一大事に、城で座して待てるほどアールマンは平和ボケしていない。本隊の編成が終わり次第、リィンと共に戦地に赴くつもりである。

「ユウリはアールと一緒にいる」

そう言って、ユウリは自分の胸に手を当ててアールマンの目を見つめる。

「アールはみんなの大事なひと。ユウリの大事なひと。危ないところにいくなら、ついていかないと、だめ」

それに、とユウリは目を開けてまだ成長途中の小さな角に触れた。──温かく硬い角は竜人族の証。ユウリは人ではなく、今では幻想種となった竜の末裔である。

「ユウリは強いよ。いくさはまだだけど、狩りならしたことある。だから」

「狩りと戦は違うだろう」

遮るように、アールマンは言った。

種族の違いがあるとはいえ、戦は同じ人の形をした者の命を奪う。生存技術を高める訓練の一面を持つ狩りとは違い、戦には高尚な意味など無い。

「わかってる。ユウリも姫なんだよ、アール」

その一言が効いた。

「…………はぁ」

自分も元々の立場は同じだと、言外にそう言われてアールマンは抵抗を諦めた。

「分かった。ユウリも連れていこう。その代わり、お前にも色々と働いてもらうぞ」

「ん」

「出兵の準備が出来たらすぐに城を出る。使いを回すから、支度を終えたら自室で待機していろ」

頷いたユウリを部屋から見送り、自身も軽く支度を整えて兵の詰所へと向かう。

一息入れたいところではあるが、アールマンが動かなければ出兵が遅れることになる。自分がもう一人いればな、などと一人ごちつつ兵舎に入ると、本隊の編成作業を行っているリィンを見つけた。

進行具合の確認をしつつユウリの件を話すと、

「いいんじゃないですか?」

あっさりと承諾された。

「意外だな。反対されると思ってた」

「竜人族の頭の硬さ……もとい意志の強さは知っていますから。ついて行くと言っている以上、必ず無理を通すでしょう。それならば、例の新聞のおかげで強引ながらも正式な妃のような扱いになっていますし、連れていって現場の兵たちに激励の言葉でもかけてもらえれば、士気が高まる要因となるでしょう」

反対どころか「あぁ、原稿でも用意しますか」と乗り気にも見える。

リィンもこう見えて一国の将。勝つために役立つようなら、多少難があろうとも使うのが信条である。

「ユウリの鼓舞か……。効果あるのか?」

「大事なのは容姿ですよ、陛下。同じ王族であってもむさ苦しい男性が演説をするより、可愛らしい女の子が目に涙を溜めて〝お願い〟をした方が兵士には効果的なんですよ」

「…………そうか」

何気に自分では効果が薄いと言われたような気がして、アールマンは胸中に複雑な思いを抱えつつ話を本題に切り替える。

「それで、兵はどのくらい揃いそうだ?」

「城の守りにも置いていきますから、連れていけるのは魔術師が二千、騎兵が三千、歩兵が新兵含めて一万と四千ほどですね。これに各地の軍を含めたとしても、やはり数では劣るかと」

多少荒れていようとも、エンピス王国は大国だ。そもそもの人口が圧倒的に違う。

しかしイーヴィスには魔術がある。故にただの大軍相手であればさほど不利にはならない──のだが、今回は魔術大国ルーフェがエンピス側に付いている。

「厳しいな」

「ええ」

ルーフェの魔術師は優秀だ。彼らを出し抜けなければ、エンピス軍の兵力で圧倒される可能性がある。

「……そういえば、ルーフェは何故、エンピスに手を貸しているのでしょうか?」

眉を寄せるアールマンに、リィンは今朝から気になっていたことを口にした。

「我が国とルーフェは隣接しているわけでもなく、国家間も険悪というほどではありません。エンピスの方も、かの国とは良好とはいえない関係だったはず……」

むしろ、外交において独善的なルーフェと友好関係にある国は存在しないと言ってもいい。そんなルーフェの行動には、なにとも言えない違和感が残る。

至極まっとうなリィンの疑問だが、アールマンにしてみればルーフェの思惑はそう悩むこともなく分かることだった。

「ああ。耳長族の本質は知識欲の塊なんだ。エンピスを利用してイーヴィスの魔術や開拓技術を奪っていく腹積もりなんだろう」

特にイーヴィスの本城には転移魔術を応用した転移装置がある。正統派の術式しか知らないルーフェの魔術師にしてみれば、新しい魔術は邪道であるとともに未知の知識でもある。その知識を得る為に必要なら、見下している相手にだってへりくだる。それがルーフェという国の国民性なのだ。

各国からはじき出された者達の集まるイーヴィスではそれぞれの国特有の技術も集まりやすい為に新しい技術が生まれやすい。その新技術目当てに手を伸ばしてくる国は多く、ルーフェもその一つであった。

「ああ、なるほど。しかし、魔術知識が欲しいのは分かりますが、開拓技術もですか? ルーフェは〝森の国〟と言われるほど、森林を維持することに拘りを見せていると聞いた覚えがあるのですが」

開拓とは荒れ地や山林を開いて、住居や農地等の生活圏を広げることだ。森と生きる彼らの主義には反しているように思える。

「なにも自身の領土では扱わなくとも、ルーフェには荒れた土地を持つ不倶戴天の敵がいるだろう」

その言葉にリィンは「あ」と声を漏らした。

「まさか、ルーフェは〝砂漠の国〟を攻めるつもりなんですか?」

ラピス大陸の北東にある〝砂漠の国〟。国土の大半を砂と鉱山に覆われ、かつてあったであろう国名すら失った〝名も無き国〟である。

国民は地面の下や鉱山内に集落を持ち、小人族や巨人族が暮らしている。彼らは高度な技術力を有しているが、その風土からか自然環境に無頓着な面があり、それが気にくわないルーフェとは何度か小競り合いを起こしていた。

「その可能性がある、といったところかな。──まあ、この戦で各地の均衡が崩れだすのは間違いないだろう」

各地、各種族の間で燻っている火種は決して小さくも弱くもない。エンピスが口火を切った以上、何処かの国が動きを見せるだろうことは想像に難くない。

「……こういう時のために修練を積んできた身ですが、現実にこうなってしまうと複雑ですね」

気落ちしたように言うリィンに、アールマンが苦笑する。

「だから向いてないんだよ、リィンには」

「それはどういう意味ですか?」

「リィンは優しいって意味だよ」

貶されたのかと思いきや「優しい」と言われ、リィンは結局どういう意味かと首を傾げた。


出兵の準備が整ったアールマンたちは、ファルン卿ら城に残る面々に見送られ、城下町を抜けて街道へ出た。

街道を北西に進み、国の真ん中にある都市コルビンまで行き、そこで夜を過ごしつつ南西部からの友軍と合流。夜が明けると北上し、昼には宿営地であるエルデ平原へと到着した。

──イーヴィス国内有数の草原地帯、エルデ平原。普段は緑豊かな放牧地として、人も動物も隔てなく穏やかな時を過ごす憩いの地には今、イーヴィスの軍旗を掲げた軍勢がひしめき合っていた。

アールマンの呼び掛けに集まった諸侯は国内全体の七割半。残りは他の国境、沿岸部の守護のため、この場にはいない。

「今回の兵の総数は八万八千五百程。緊急の召集にしては集まった方ですが、やはりエンピス軍には及びませんね」

兵士の全てが常に戦に備えているわけではない。大多数は農業や漁業、林業や開拓業などの仕事の傍ら、国の危機に際して徴兵されている。今回のように徴兵と出兵までの間に時間がない場合、どうしても数は減ってしまうのだ。

対するエンピス軍の兵数は約十八万。倍以上の兵力差がある。

「ここまでとは予想外だったな。こちらに悟らせず、どうやって集めたのか気になる所だが」

「それは後回し、ですね。──ルーフェの魔術師団ですが、確認できただけで三千弱。依然として能力が未知数ではありますが、偵察兵の調査結果と我が方の魔術師の見解を照らし合わせたところ、対魔術用の結界を張るつもりだろうとの結論が出ています」

陣地の中央に立てられた大天幕の中、アールマン、リィンを始めとした主要人物達が集まって軍議を開いていた。

「こちらの作戦としては、開戦と同時に我が方の魔術師団が大魔術を展開した後に突撃を仕掛け、私リィン・ツァンバの部隊が〝盾〟を足止めし、陛下の部隊が主戦場を迂回しつつエンピス国王に向かって進軍します」

作戦の概要を説明するリィンに、将の一人が手を挙げて質問する。

「〝勇者〟はどうするのですか?」

「現在、〝勇者〟はエンピス王の側から離れる様子はなく、戦の最中も護衛に務めると予想されるため特別な対策は取りません」

「それでは国王へと軍を進める陛下が危険なのでは? それに、もし前線に出てきた場合はどうするのです」

「〝勇者〟が前線に出てきた場合、乱戦状態に持ち込んでの時間稼ぎを。聖剣による魔術は高火力の物が多いらしいので、敵味方入り乱れる乱戦を維持するしか方策がありません。あと陛下は、腹案があるので心配はない、とのことです」

リィンが横目で見る。アールマンは頷いて口を開いた。

「俺は父上と〝勇者〟が戦っていた場に居合わせていたから、他の誰よりも知識がある。俺一人では不安な者もいるだろうから、念のためにユウリも連れていこう。竜人族の中でも特に実力を持つ大公の娘だ。護衛として不満はないだろう」

その言葉に、アールマンの隣に座っていたユウリも頷く。

「……確かに、現状我が軍で〝勇者〟と対峙するにはツァンバ将軍か陛下くらいしか」

「しかし流石に陛下の身を危険に晒すわけには……」

集まった将兵が口々に呟く中、一人の中年男性が挙手した。

「ユウリ様の実力を疑うわけではありませんが、しかしまだお若い。戦場に連れていって戦えるとは、とても……」

その声に数名が頷く。

実はコルビンに滞在していた間、ユウリは兵士を相手に組み手紛いのことを行っていた。その様子を見ていれば、その力に頼りなさを感じることはない。

だが、戦場では殺人を前提に剣を振るう必要がある。年若いユウリに血の臭いを覚えさせる、というのは良心が咎める。

「ユウリは大丈夫だよ」

アールマンの袖を握りしめ、リィンが渋い顔をしている男性を見つめる。

「血は狩りで馴れてるし、ユウリはアールが死んじゃうの、嫌だから。心配してくれて、ありがと」

そう言って頭を下げるリィンに、男性を含め、頷いた全員が何も言えなくなる。

彼らを甘いと責めることなかれ。

大小の違いはあれど、戦場を知る彼らでも今回のような大戦は初めてなのだ。自分達の子供と同年代といっても差し支えないユウリを、自らも不安になるような未知の戦場に連れていくことに気が咎めて不思議はない。

士気が低いとリィンは思う。それと同時に、仕方ないとも思う。

リィンとてイーヴィスの魔術師を過小評価するつもりはないが、作戦通りに大魔術を行使出来たとして、もしルーフェの結界を破れなければエンピス軍に大した損害を与えることはできない。そうなると、十八万の大軍勢に真正面から当たらなければならなくなるのだ。

そういった負の想定が、皆の不安を煽っている。

どうにかして空気を変えないと。

「勝機はある」

──と、リィンの思考をアールマンの声が妨げた。

皆も同じ状態だったのか、驚いたような表情で一様にアールマンを見ていた。

「皆が不安に感じているだろう魔術戦だがな。ルーフェの魔術師は優秀だが、数は三千。対するイーヴィスの魔術師は一万だ。単純に数で我が軍が圧倒的に上回っている。さらにこちらにはルーフェにとって未知の魔術がある。俺が作った魔術だぞ?ルーフェには絶対に勝つ」

その言葉に、聞いた者達から覇気が蘇ってくる。

アールマンは王位を継ぐ前から魔術の研究を専攻しており、その実力と功績は国内一とまで言われていた。

そのアールマンが絶対と言ったのだ。心強いことこの上ない。

「だが作戦の性質上、二度目は無い。よって魔術による支援は初撃に全霊を費やす。後はお前達の働き次第となる。頼りにしているぞ。お前たちの武勇に期待する」

頼りにしていると言われ、参加者達が次々に「おお!」と声を上げる。

不安材料だった魔術戦の勝率が高いと分かったのも大きいが、やはり魔王直々に必要とされたことに対する喜びの方が大きい。

その後、軍議は部隊の詳細な組分け等を話し合い終了した。

解散した後も天幕に残ったアールマンとリィン、ユウリの三人はリィンの淹れたお茶を飲んで一時の休憩を過ごしていた。

「……ちょっと、うすい?」

首を傾げるユウリに、リィンが苦笑して答える。

「軍部にあるものは大体質より量ですから。陛下や貴族が個人的に用意してある物以外は基本的に安物なんですよ」

「そっか。戦、お金かかるもんね」

「ええ。まあ、馴れればこれはこれで良いものですよ」

「…………そう?」

「はい」

こういう場所での和やかな雰囲気は貴重だ。無駄に疲弊することもなく、精神的に落ち着きも持てる。

二人のやり取りを眺めつつ、アールマンは薄いというお茶を一口含んで口元を緩めた。


ユウリの言う通り、味はかなり薄かった。

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