幕間
〝旅人〟の少年──シロがアールマン達に同行することが決まったその日。
深夜のウルク湖西南イーヴィス岸に、奇怪な物音が響き渡る。
──ずる、ずる、ずる。
這うような、引きずるような物音は、何処でもないウルク湖から聞こえてくる。
この夜は雲が多く、月が隠れてしまっていて非常に暗く、更に遅い時間帯ということもあり、それは誰に見咎められることもなく上陸を果たした。
一応は人らしき形状を保ってはいるが、よく見るとその表皮は沸騰し続けている熱湯のように泡立ち、泡が割れると蒸気のような煙を排出している。
──■■■■。
例えるならば、それは身の毛もよだつような女の悲鳴。しかしそれは声と呼べるものではなく、砂嵐の中で叫んでいるような、得体の知れない雑音が混ざっている。
──■■……、■■……。
聴く者があれば耳を塞ぐような不協和音を放ちながら、ゆっくり、ゆっくりと水辺から離れて、それは周辺を徘徊する。その姿は何かを探すようでもあり、奇怪な声も相まって迷子の子供のようにも見える。
──────。
ぴたり、と。それは動きを止めた。
腰を折るように身体を折り曲げ、足元に顔を近付ける。──瞬間、
──■■■■■■■■■!
発条のように身体を戻し、そのまま天を仰いでそれは絶叫した。そこに先程の迷子じみた不安定な様子は無い。あるとすれば、それは──歓喜だ。
──■■■■■■■■■!
幾度も繰り返し放たれる不協和音。
そのうちに、雲が流れ月が地を照らし始めた。
闇夜より炙り出されたのは、灰色とも紫色とも言い難い奇色の怪物。顔にあたる部分にあるのは、申し訳のない程度に穿たれた五つの窪み。身に纏うものは何もない、人の影を型どったような泡立ち続ける粘土細工。
──■■■■。
再び怪物が動き出した。
ずる、ずる、ずると足を引きずるように、粘土細工が森へと入っていく。
やがてその姿が完全に森の中へと消えた頃、湖畔に風が吹いた。地面をさらい、空中へ巻き上げるような風は、先程怪物が立ち止まった場所に残されていた、小さな布切れも持ち去った。
布切れの色は白。そしてその場所は、ウガルがシロを引き上げた場所のすぐ側だった。