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─調印式─

戦いから一月後。イーヴィス城城下町の大広場に、歴史的瞬間をその目で見ようと群衆が押し寄せていた。異形揃いの有象無象に混じり、比較的少数だが人間族の姿も点在している。

『静粛に』

広場の中央、新設された台座の下からファルン卿が襟元に取り付けた拡声器によって増幅させた声を民衆へと響かせる。

『これよりイーヴィスとエンピス両国代表による調印式を執り行います。署名者は台座の前へどうぞ』

角を丸められた白い石の台座を挟むように、アールマンとブランが立つ。台座の上に敷かれた赤い布の上に、取り決めの内容と空白の署名欄が記された紙が、上辺を突き合わせるように二枚並べられている。

『一枚目の署名をお願いいたします』

二人とも同時に筆を取り、迷いのない筆跡で名を記していく。名前を書き終わって筆を置くと、ファルン卿が二枚を入れ換えるように並べ直した。

『二枚目の署名をお願いいたします』

これも先程と同様、相手が書いた名前の下に自分の名を書き連ねていく。そうして二枚共に『アールマン・ハイトン』と『ブラン・エンピス』の名が記され、ファルン卿がそれを手に取り確認して、群衆へと見せつけるように掲げた。

『これをもって調印完了とし、イーヴィスとエンピス王国の二国間による同盟締結と致します!』

ワァ────!

ファルン卿が宣言し、群衆が歓喜に沸いた。歓声の中、アールマンとブランが握手を交わす。

「この熱が冷めないことを祈ろう」

「ああ。世論は熱しにくく冷めやすい金物だからな」

「胸に刻んでおくよ、先輩」

顔には満面の笑みを、声にはからかいを含んだブランに、微笑を浮かべたアールマンが小さく舌打ちする。

「やめろ、気持ちが悪い」

「じゃあおとう」「妹を叩き戻されたくなければ黙れ」

笑顔なのに殺気立つ器用さを見せるアールマンに、ブランが「すまなかったよ」と謝る。式典の場とは思えない雑談を交わす二人に、それぞれの護衛を務めるリィンとディアンが声をかける。

「陛下、そろそろ」

「殿下、お時間です」

声が揃ったことで両者の視線がぶつかり、火花が飛ぶ。先の戦では敗北を喫したものの、個人の武威では勝っているとリィンを軽んじているディアンと、実力は認めていてもその横暴な性格が肌に合わないリィンの、二人の間に横たわる溝は狭くて深い。

「ああ、分かった」

「すぐ行くよ」

代表の二人が群衆に歩みだすと、熱気に包まれていた広場が静まり返る。誰もがこれから始まるであろう彼らの演説を聞き逃すまいと、耳を澄ましていた。

『長い──とても長い戦いの日々だった』

ファルン卿から拡声器を受け取ったアールマンが語り始める。

『半年前の事件を覚えている者も多いだろう。だが、この戦いはそれよりも以前から──そう、ラピス大陸が八つの国に分かたれたときから始まっていたと言える。

これまでにも、そして先の戦でも大勢の命が失われた。その事を忘れようとは言わない。数多の犠牲の上に、今日の同盟が成り立ったことは紛れもない事実だ。だが嘆くことも無い。嘆くかわりに、笑おうではないか。今日に至れなかった彼らの意志も共に、笑いながらこの平和を楽しもう。

我らを隔てていた壁は崩れ去った!魔族と人間族はもう敵ではない!これからは友として肩を組み、杯を交わし、夢を語らいながら生きていこう!』

ワァ──────!

拳を振り上げたアールマンに賛同するかのように、観客達が沸き上がる。そして拡声器を手渡されたブランも拳を突き上げ、叫んだ。

『みんな!これからは仲良くやっていこう!よろしくな!』


「なんなんだ『よろしくな』って。もっとらしい言葉はなかったのか?」

「いや、君があんなに煽るからだろう。あそこで粛々と演説なんかしたら気まずいじゃないか」

「だからって、あれは軽すぎるだろう」

「盛り上がってたんだからいいんだよ。気さくな感じが出てただろう」

城内に開かれた祝賀会の会場で、アールマンの杯にブランが葡萄酒を注ぎ足す。お返しにとアールマンも、なみなみとブランの杯を満たしてやる。

「セリスの件だが」

「ん?」

「お前、本当にいいのか?」

二人の視線が、隣の卓でリィンやユウリと料理に舌鼓を打っているセリスに向けられる。しばらくその様子を眺めていたが、ブランは目を離して硝子の杯を傾け、葡萄酒を喉に流し込む。

「これでも十六年間見守ってきたんだ。あちらとこちら、どちらが楽しそうか──幸せそうなのかなんてすぐに分かるんだよ」

エンピスにいた頃も笑ってはいたが、楽しそうではなかった。いや、楽しそうに見えなかった、というのが正しいか。羽ばたくことを知らない籠の鳥は傍から見ていれば哀れなものでもあった。以前と比べて、今のセリスは活き活きとしているように見える。

「それにあの子自身が、ここに残りたいと望んでいるんだ。生まれた時からずっと箱庭で飼われていたあの子だからこそ、僕は自由に生きてほしいんだよ」

「ずいぶんと妹思いなんだな」

「それは違うな」

即答するブラン。

「これは僕なりの贖罪なんだよ。妹として扱いながらも、今回の一件では父を討つための道具として扱っていた。同じ城に住んだところで会わせる顔がない、と言った方がいいかもね」

それと気付かれぬように、セリスをイーヴィスへ向かうよう唆したのはブランだ。そして城を抜け出す手引き、道中の護衛や案内役など、セリス自身には察せられないように手配してアールマンの元へと送り届けて火種とした。必要だからそうした。そこに後悔はしていないが、肉親を利用した罪悪感が胸にしこりをうんでいるのは事実だ。

「なるほどな」

誰も彼をも欺いているアールマンが同意を示す。その目は隣の卓に向けられてはいるが、誰を見ているのかブランには計り知れない。寂しそうで冷たい眼差しに喝を入れるかのようにアールマンの背中を二、三回叩く。

「まあ、これからもあの子のこと、よろしく頼むよ。なんなら娶ってもいいぞ」

「ぶっ」

効果は覿面だったようで、アールマンの口から空気の塊が飛び出す。水分を含んでいたなら、さぞかし遠くまで飛んだだろう。

「あれ、もしかして脈ありか?」

「阿呆か。黙れ」

「あーれー?」

にやにやと追及を始めたブランの顔を押しのけ、アールマンは杯に残っていた葡萄酒を口に含む。

──今日という日を迎えたことで、アールマンの計画も歯車を動かし始めた。いつかアールマンの目的が明るみに出れば、非難は免れないだろう。

だからそのいつかまで、自分は嘘をつき続けよう。

たとえ世界が滅びようとも。

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