表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侍女に転生した私、悪役令嬢お嬢様の“悪役の台詞”を全部言い換えます【連載版】  作者: 星渡リン
第2章 お嬢様は悪役に向いていません

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/26

第24話 基準はあります。たぶん、都合のいい形で

 承認印の欄を見つけたあと、私はしばらく紙から目を離せなかった。


 食堂、温室、図書室。

 筆記者は違う。なのに最後に通した印の癖が似ている。押し込む角度も、かすれ方も、妙に揃っていた。


「基準はあるのか」


 低く落ちた声は、アルベルト殿下のものだった。


 紙に殴られて、ようやく痛みの場所を掴んだ人間の顔をしている。ほんの少し前までの、曖昧な困惑とは違った。


「高圧的。威圧的。糾弾」

 私は綴りを机の上へ揃えた。

「同じように止めても、こちらは“適切な指導”。どういう基準で、この語を選ぶんです」


 ユリウスは、綴りの背を軽く叩いた。


「基準はありますよ」

 妙に素直な答え方だった。

「綺麗なものではありませんが」

「どう汚いんです」

「記録魔法は、騒がしい方から先に拾う」

 私はそこで遮った。

「つまり、誠実に配慮するより、大声でわめいた方が“正解”になる仕組みなわけですね」

 喉の奥がひりつく。

「ゴミ同然の欠陥品だわ」


 ユリウスの口元がわずかに歪んだ。


「魔法だけなら、まだ可愛い方です」

「まだ?」

「そこへ人の要約が入る。短く、早く、分かりやすく。読む側が考えなくて済む形へ」

「それで“高圧的”」

「ええ。たった数文字で済みますから」


 私は綴りの端を、指先が白くなるまで押し潰していた。

 こんな杜撰な帳簿、前の職場なら即差し戻しだ。理由欄に赤を入れて、提出者の机へ叩き返してやる。


「短い語は便利ですものね」

 私は吐き捨てる。

「順番を弄り、主語をぼかし、都合のいい理由だけ末尾へ落とす。そうして出来上がるのが“高圧的な婚約者候補”ですか。反吐が出る」


 ロザリア様が、その時初めて口を開いた。


「わたくしの名前は」

 視線は紙に落ちたままだった。

「その程度の数文字で塗りつぶせるほど、安いものだったのね」


 私はすぐに返した。


「安くありません」

 声が思ったより冷たくなる。

「ただ、記録を作る側の仕事が三流なだけです」

 ロザリア様がわずかに目を上げる。

「リネット」

「私の管理下で、こんな杜撰な帳簿を“最終決定事項”にさせるわけにはいきません」

 私は綴りを押さえたまま言う。

「美学に反します」


 ロザリア様は何も言わなかった。

 ただ、ほんの少しだけ睫毛が揺れた。


 アルベルト殿下が比較綴りへ手を伸ばす。

 私は待たなかった。食堂の頁と別の上級生の記録を並べ、指先で行を叩く。


「これです」

 私は殿下に向かって言った。

「お嬢様は“高圧的注意”。こちらの令嬢は“適切な指導”。やっていることはほとんど同じだ」

 さらに次の頁を開く。

「こちらは“強い糾弾”。あちらは“厳格な注意”。手順不備を止めた、それだけの話です」

 紙を押さえる指に力が入る。

「どうして、こっちだけ人柄の欠陥みたいに書かれるんです」


 殿下の頬が、自分の無能を突きつけられたみたいにひどく醜く引きつった。


 言い訳は出ない。

 否定もできない。

 紙が並んでいる以上、それは当然だった。


「僕は……」

 やっと出た声は掠れていた。

「こんな紙を読んで、彼女を判断していたのか」


 今さらだ、と思う。

 思うが、そこへ慰めを差し出すほど私は優しくない。


「紙の方が楽でしょう」

 私は言った。

「人ひとりを理解するより、数文字で済みますから」


 ユリウスがそこで、承認欄を指先で示した。


「面白いのは、そこだけではありません」

「何です」

「筆記者が違うのに、語彙の癖だけが揃っている」

 私は承認印の並びへ目を落とす。

「ええ」

「つまり、どこかで“通していい語”が選ばれている」

「承認者がいる」

「少なくとも、頷く役はいるでしょうね」


 私は綴りの端を折り曲げかけて、ぎりぎりで止めた。


「気分で選んでいるんですか」

 殿下が低く問う。

「半分は」

 ユリウスが答える。

「この人物にはこの語が“しっくりくる”という感覚。残り半分は、運用です。短くしたい。早く通したい。読む側に一目で分からせたい」

「その結果がこれ」

 私は吐き捨てる。

「欠陥品扱いの帳簿ですか」


 ユリウスは否定しなかった。


 補助閲覧室の奥で、インク瓶の蓋が閉まる。

 乾いた小さな音だった。なのに妙に耳障りだ。


 ロザリア様は、その音の方を一瞬だけ見てから、また紙へ視線を戻した。


「便利なのね」

 お嬢様が静かに言う。

「強い言葉を使う。婚約者候補で目立つ。少し言い方がきつい。そういう人間は、短く悪くまとめるのにちょうどいい」

 私は返事をしなかった。

 否定の言葉が役に立つ段階は、もう過ぎている。


「分かりやすい悪役の方が、処理しやすい」

 ユリウスの声は静かだった。

「記録はそういうものです」


 私は顔を上げた。


「なら、その“処理”をした人間を洗います」

 声はひどく落ち着いていた。

「誰がどのインクで通し、どのタイミングで承認印を押したのか。筆圧の癖から印のかすれ方まで、一秒も逃さず拾って差し上げる」

 ユリウスの目が細くなる。

「本気ですね」

「当然でしょう」

 私は承認欄を指で叩いた。

「こんな雑な仕事で、お嬢様の名前を潰されてたまるものですか」


 そして、もう一度その印を見た。


 押し込みが深い。

 インクの乾き方も、他より荒い。

 苛立っていたのか、面倒で乱暴に処理したのか。どちらにせよ、痕跡は残る。


 私は口元だけで笑った。


「覚悟しておきなさいな」


 誰に向けた言葉か、自分でも分かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
現代のAIにかかるバイオスにも通じるものがあると思います。 そして支えてくれる人がいるか、いないかで、立ち向かう力が違って来ることも伝わって来ました。 どいつやねん!はよ出てこいや( `д´) 続き…
ようやく反撃のターンですね。楽しみです。
前回犯人見つけたのに今回も犯人見つけている?大丈夫ですか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ