第21話 公開記録の日は、少しだけ息が詰まる
書記局の前まで来たところで、ロザリア様の足が止まった。
月に一度の公開記録閲覧日。回廊には普段より人が多い。けれど誰もが妙に静かで、ひそひそ声だけがやけに耳につく。
自分は正当な理由でここにいるのだと、薄ら寒い言い訳を顔へ貼りつけたまま俯いている連中ばかりだ。その静けさが鼻についた。
「……ロザリア様」
私が小さく呼ぶと、お嬢様は振り向かなかった。
「やっぱりご本人まで」
「見たいのかしら」
「怖いもの見たさでしょう」
声は小さい。小さいくせに、耳の奥を汚いインクで塗りつぶしていくみたいに不快だった。
ロザリア様の肩が、ごくわずかに固くなる。
そのまま踵を返しかけたところで、私は袖口をそっと引いた。
「行きましょう」
私が言う。
「見ないままの方が、あとで腹が立ちます」
お嬢様は何も言わなかった。
ただ一度だけ息を吸って、それから、逃げたい時に限ってそうするように、ほんの少し顎を引いて背を伸ばす。
なら私も決まっている。
その無駄に高い背筋を支えるのが当然みたいな顔をして、半歩後ろへ自分を叩き込むだけだ。
「こちらです」
嫌な声がして顔を上げると、ユリウスが書記局の扉を押さえていた。今日は書記補助の腕章つきで、腹立たしいことに、この場では完全に向こうの人間である。
「あなたの仕事の跡を見に来ました」
私が言うと、ユリウスは口元だけで笑った。
「それはどうも」
それだけ言って、扉を開いた。
その態度がいっそ気に障る。
「どうせ、ろくな書かれ方ではないでしょう」
ロザリア様が、扉の前でぽつりと言った。
「強い口調。場に緊張。高圧的。そういうのが好きでしょう、こういう紙は」
私は返事の代わりに、申請札の角をきつく握った。紙が折れそうだった。
「だからこそです」
声が自分でも驚くほど真っ直ぐ出た。
「お嬢様がどこで削られて、どこに余計な見出しをつけられたのか。私はそれを見ます」
ロザリア様がこちらを見る。
数拍の沈黙のあと、細く息を吐いた。
「……あなた一人で見るのも癪だわ」
「お嬢様」
「どうせ見るなら、私がいるところで見なさい」
その言い方に、少しだけ救われる。
「後から、変な顔で報告される方がよほど気分が悪いもの」
私は黙って頷いた。
書記局の中は、窓が少なく、古い紙とインクの乾いた匂いがこもっていた。棚は几帳面すぎるほど整っていて、その整然さがかえって薄気味悪い。補助生徒たちは黙々とペンを走らせていて、横顔には驚くほど感情がなかった。
ここでは紙の方が人間より偉いのだと、そんな顔をしている。
ページをめくる音が、静かな部屋に骨が折れる音みたいに響く。
「関係者閲覧はこちらです」
ユリウスが奥の机を示した。
「茶会当日で?」
「ええ」
補助生徒の女子が申請札を受け取り、ロザリア様の名前を確認し、私の顔を一度だけ見た。その視線も事務的で、余計に居心地が悪い。
「少々お待ちください」
机の上には何もない。
なのに、もう息苦しい。
「今ならまだ帰れます」
私は小声で言った。
「遅いわね」
ロザリア様が返す。
「ここまで来て逃げたら、余計に腹が立つでしょう」
「……はい」
その返事をした時にはもう、補助生徒が戻ってきていた。
薄い革紐で綴じた記録束が、机の上へ置かれる。
思ったより薄い。
それが、たまらなく嫌だった。
「こちらです。茶会当日の要約記録、および補助整理綴り」
表紙の文字が見える。
茶会当日。
それだけで、あの日の傾いたカップも、紅茶の熱も、息を呑む音も、まとめて喉元まで戻ってきた。
ロザリア様は黙っている。
ユリウスも、今は余計なことを言わない。
私は申請札を机へ置き直した。
指先が、怒りで小さく震えている。
こんな紙切れ一枚に、お嬢様の何が書かれているというのか。
私はその震えごと、最初の頁を剥ぐようにめくった。
真っ白な余白の中に、吐き気を催すほど整った文字の列が、こちらを嘲笑うように並んでいた。




