表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侍女に転生した私、悪役令嬢お嬢様の“悪役の台詞”を全部言い換えます【連載版】  作者: 星渡リン
第2章 お嬢様は悪役に向いていません

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/24

第20話 侍女は、お嬢様の未来まで翻訳したい

 お嬢様が、冷めきった紅茶のカップを見つめたまま動かない。


 小応接室は静かだった。焼き菓子は手つかずのまま皿の上で乾きかけ、机には今日集めた紙が何枚も広がっている。温室利用簿。実習の摘要。書記局から回ってきた連絡紙。白い紙ばかりが、夜の部屋で妙に明るい。


 私はその端を揃えながら、横目でお嬢様を見る。


 髪は少しだけほどかれ、昼間より輪郭がやわらいでいた。けれど、今はそのやわらかさがかえって頼りない。視線はカップの縁に落ちたまま、そこから動こうとしない。


「リネット」

「はい」

「多少ましに言えたところで」

 ロザリア様はそこで一度だけ息を止めるように黙った。

「……わたくしがどう足掻いても、紙の上では一生、悪役なのね」


 その響きに、私は無意識に爪を掌へ食い込ませていた。


 まただ。

 お嬢様が、自分で自分へその札を貼り直そうとするたび、喉の奥が焼ける。誰より先に剥がしてやりたいものを、本人が静かな顔で貼りつけてしまう。そのたびに腹が立つ。


「変わります」

 気づけば、口が先に動いていた。


 ロザリア様が顔を上げる。


「変わらないなら、変えます」

「……ずいぶん言うのね」

「言います」

 私は机の上の摘要を引き寄せた。

「茶会で何をしたか。図書室で誰を守ったか。実習で何を止めたか。そこを紙の端へ追いやって、“強い口調でした”だけ前に出すような真似、認める気はありません」

 お嬢様は黙って私を見る。

「お嬢様が少しずつ言葉を選ぶようになっているのに、そのあとで勝手な見出しをつけて、勝手に“悪役”へ戻す。あんな汚い記録、私の美学に反します」


 ロザリア様の睫毛がわずかに揺れた。


「……そこまで言うの」

「ええ」

「わたくしのために?」

「それもあります」

 私は答える。

「でも、それだけではありません。雑な摘要が嫌いなんです。誰かのしたことを勝手に削って、読みやすい形へ丸めて、わかった気になった顔で並べる。ああいう手つきが我慢ならない」


 言っていて、自分でも驚くほど声が冷えていた。


 お嬢様の言葉をその場で整える。

 それは必要だ。今でも、もちろん必要だ。


 けれど、あとから別の手が入って、お嬢様のしたことを好き勝手に切り分けるのなら。そこまで見なければ意味がない。どの紙に、誰のインクが乗ったのか。どの一行が先に立ち、何が後ろへ押しやられたのか。


 そこを放っておける性格では、私はない。


「お嬢様」

 私は続ける。

「これからは、その場で言い換えるだけでは終わりません」

「……」

「どこで削られたのか、見に行きます」


 ロザリア様は、ただ細く息を吐いた。


 その瞳には、熱に浮かされた子供を見るような色が一瞬差して、それから別の光へ変わる。暗い場所でようやく灯りを見つけた人の目だった。


「あなた、本当に面倒な侍女ね」

「存じております」

「でも」

 ロザリア様はカップへ落としていた視線を、ようやく私へ戻した。

「そこまで言われると、少しだけ……救われるわ」


 私は返事をしなかった。

 ここで余計なことを言えば、たぶん壊れる。


 代わりに、机の上の連絡紙を一枚引き寄せる。学園の予定表だ。普段ならつまらない顔をした紙だが、今日は違う。


「お嬢様」

「何」

「来週、書記局が棚を開けるそうです」

 ロザリア様の眉が上がる。

「棚を?」

「公開記録閲覧日です」

 私は紙を差し出した。

「補助番号つきの記録も、申請が通れば見られる」


 ロザリア様は紙を受け取った。目が走る。数息のあと、その目つきが変わった。


「……なるほど」

「立会いは必要ですが」

「構わないわ」

 その声には、もうさっきの諦めはなかった。

「面白いじゃない」


 私は冷めたままだったカップへ手を伸ばした。指先で確かめるまでもなく、もうぬるい。無言で立ち上がり、新しい茶を淹れ直す。お嬢様の前のカップも入れ替える。


「今さら気を利かせるのね」

 ロザリア様が言った。

「今の話のあとで、冷めたお茶は似合いませんので」

「……そう」


 私は新しいカップを机へ戻し、公開記録閲覧日の紙を一番上へ置いた。


「ちょうどいいわ」

 ロザリア様が言う。

「閲覧日には、記録担当の教師も出入りするはずよ」

「ええ」

「補助番号から辿れそうね」

「辿ります」

「過去数ヶ月分も?」

「必要なら」

 私は頷いた。

「全部」


 ロザリア様はそこで、今度こそはっきり笑った。


 茶会の時とも、図書室の時とも違う。もっと静かで、もっと危うい笑みだった。獲物の喉元を見つけた獣が、牙を見せる前に口元だけを歪める、ああいう笑い方だ。


「少し言い方を選んだところで」

 お嬢様が、さっきと同じ言葉をもう一度口にする。

 けれど、今度はその続きを自分で変えた。

「……まあ、紙の方を黙らせられるなら、話は別ね」

「黙らせます」

 私は答える。

「あいつらがデタラメに並べた嘘を、本来あるべき場所へ叩き返しに行くだけです」


 お嬢様はもう何も言わなかった。

 ただ、指先で紙の端をなぞる。


 夜の庭はすっかり暗い。

 小応接室の中では、広げた紙だけが白く浮いている。


 私は公開記録閲覧日の紙をもう一度まっすぐ揃えた。

 来週。まずはそこからだ。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


 この章では、茶会のあとの余波から始まり、日常の小さな出来事を通して、

ロザリアとリネットの関係、そして学園の空気の歪みを少しずつ積み重ねてきました。


 言葉ひとつで人の見え方が変わること。

 けれど同時に、言葉だけではどうにもならない残り方があること。

 第2章で描きたかったのは、その両方です。


 ロザリアは少しずつ、自分でも言葉を選ぼうとし始めました。

 けれど、ただ上手に話せるようになればそれで解決するわけではない。

 誰かの印象は、噂や空気や記録の書かれ方で、思った以上に簡単に固定されてしまう。

 今回の章は、そのことがはっきり見えてくる章だったと思います。


 一方で、個人的には、

ロザリアが不器用なまま少しずつ前に進んでいくこと、

それをリネットが“補う”だけではなく“見守れる”ようになってきたことを、きちんと書けたのがとても嬉しかったです。


 ミレイユとの距離も、王太子の認識も、まだほんの入口です。

 けれど、少しずつ空気は変わり始めています。

 その変化が、今後どう広がっていくのかを見守っていただけたら嬉しいです。


 そして次章では、いよいよ

「言ったこと」そのものだけではなく、

「それがどう記録され、どう残され、どう使われるのか」

という側へ踏み込んでいきます。


 リネットがこれまで整えてきたのは、お嬢様の言葉でした。

 でも次に向き合うのは、その言葉の“あと”にあるものです。


 ここまで追いかけてくださって、本当にありがとうございました。

 感想や反応、ひとつひとつに励まされながら書いています。


 次章も、どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ