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侍女に転生した私、悪役令嬢お嬢様の“悪役の台詞”を全部言い換えます【連載版】  作者: 星渡リン
第2章 お嬢様は悪役に向いていません

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第18話 お嬢様は、優しくしたいのです

 回廊の端、石柱の影に、紙束が見えた。


 ひどい有様だった。角は潰れ、紐は少し緩み、抱え直した指の跡まで残っている。あんな持ち方をしていれば、嫌でも分かる。

 何かありました、と全身で言っているようなものだ。


 午後の実習終わり。温室脇の細い回廊には、湿った土の匂いと、まだ昼の熱が少し残っていた。私は記録帳を抱え、ロザリア様の半歩後ろを歩いていた。


「本日の記録、苗床の札の件も添えておきますか」

「ええ。入れ替わっていた二つは、先に直しておいた方がいいわ」

「承知しました」


 そこでロザリア様の足が止まる。


 石柱の影にいたのはミレイユ様だった。壁際に立ったまま、観察帳と記録札を胸元へ抱え込んでいる。目元は赤くない。だが、泣かなかっただけで、平気ではない顔だった。


 自分のせいではないところまで拾ってしまって、それでも最後には自分のせいだと思い込む。

 ミレイユ様の失敗は、だいたいいつもそんな形だ。


「……フォルナ様」


 ロザリア様が呼ぶ。


 ミレイユ様がはっと顔を上げた。逃げたいのに逃げられない顔だ。けれど、茶会の頃のようにそのまま縮こまってしまわないのは、ここまでの積み重ねがあるからだろう。


「あ、ロザリア様……」

「そんなところで立っていても仕方がないでしょう」


 やはり最初は少し硬い。


 ミレイユ様の肩が小さく揺れた。


「すみません……」

「謝っても戻らないわ」

 ロザリア様はそこでほんのわずかに詰まり、それでも続けた。

「……泣いても、仕方がないでしょう」


 私は反射で半歩出かけた。けれど、その足を止めた。喉まで上がった言葉を、無理やり飲み込む。


 ここで口を挟んだら、たぶん駄目だ。


「私、うまくできなくて……」

 ミレイユ様が小さく言う。

「見ていれば分かったわ」

 ロザリア様の声はまだぎこちない。だが、さっきより少し低かった。

「今日の件、あなた一人のせいではないでしょう」

「でも、私がもっと早く確認していれば」

「ええ。そこはそうね」

 ロザリア様はあっさり頷く。

「でも、だから何」


 ミレイユ様が目を瞬く。


「失敗は失敗でしょう。戻らないわ」

 ロザリア様はまっすぐ言った。

「だったら次を考えなさい」


 甘くも柔らかくもない。ただの硬い事実だ。

 けれど、今のミレイユ様には、それでよかったのかもしれない。沈んでいく人間を引っ張るのに、ふわふわした花びらでは頼りない。


「……次を、ですか」

「ええ」

「でも私、また混ぜるかもしれなくて」

「パニックになって、手当たり次第に抱え込んで、自爆した」

 ロザリア様の声が少しだけ強くなる。

「……ただそれだけの話でしょう。そんなことで、自分が無能だなんて思い上がらないでちょうだい」


 ミレイユ様が、はっきりと顔を上げた。


 ……言った。

 お嬢様が、自分の言葉で。


 私はただ、記録帳の角を掌に食い込ませて、その背中を見ているしかなかった。


「でも、私……」

「昨日も言ったわ」

 ロザリア様は続ける。

「手を出しすぎるのよ。頼まれるたびに全部受けるから、どこで崩れたのか自分でも見えなくなる」

「……はい」

「困っている方を手伝うのは結構。でも、自分まで沈むほど抱えるのは違うでしょう」

 そこで少しだけ間があった。

「必要なら、手伝えることはある」


 ミレイユ様の唇が、かすかに開く。


「ロザリア様が、ですか」

「嫌ならやめるけれど」

「い、いえ」

「ならそうしなさい」

 ロザリア様は視線をそらし、付け足した。

「一人で詰まっているよりは、そちらの方がまだましよ」


 不器用だった。

 きれいでもないし、優雅でもない。

 でも空ではなかった。ちゃんと手を伸ばしている言葉だった。


 ……届いただろうか。私は黙ったまま、ミレイユ様の顔を見る。


 次の瞬間、その瞳の奥に、さっきまでなかった光が差すのを見逃さなかった。


「……ありがとうございます」

 声はまだ細い。けれど、もうさっきの沈んだままの声ではない。

「次は、ちゃんと順番を決めてからやります」

「そうしなさい」

「一人で抱え込まないようにも、します」

「ええ。分からないなら先に聞けばいいわ」


 それでようやく、ミレイユ様は少し笑った。失敗そのものは消えていない。それでも、立ち直る方を向いた顔だった。


「では、失礼します」

「ええ」


 ミレイユ様が回廊の向こうへ歩いていく。さっきより、まともな足取りで。


 しばらくしてから、ロザリア様が小さく息をついた。


「……難しいわね」

「何がでございましょう」

「慰めるということが」

 私は危うく笑いそうになって、唇の内側を噛んだ。

「かなり届いておりました」

「最初は失敗した気がするのだけれど」

「少しだけ」

「そこは否定しないのね」

「事実ですので」

「本当にあなたは……」


 そこでロザリア様が、ふとこちらを見る。


「途中で口を挟まなかったわね」

「はい」

「珍しい」

「お嬢様がご自分で探しておられましたので」

「……そう」

「信じて待っておりました」

 ロザリア様は一瞬だけ言葉を失って、それからそっぽを向いた。

「待たれていると、妙に緊張するわね」

「次からは少し離れて待ちましょうか」

「それはそれで腹が立つわ」

「難しいですね」

「ほんとうにね」


 でも、その声は少し軽かった。


 私はお嬢様の手元を見た。気まずかったのだろう。手袋の縫い目が、ほんの少しだけずれている。


 直したい、と思った。

 けれどそれをしたら、今の空気まで整えすぎてしまう気がして、私は何もしなかった。


 あんな不格好な慰め方をされたら、そのうち私の仕事が減るではないか。


 少しだけ不機嫌なふりをして、私はさっきよりほんの少し早足になったお嬢様の背中を追いかけた。

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― 新着の感想 ―
本当に良い主従だなぁほっこりする
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