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侍女に転生した私、悪役令嬢お嬢様の“悪役の台詞”を全部言い換えます【連載版】  作者: 星渡リン
第2章 お嬢様は悪役に向いていません

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第16話 殿下は、まだ気づいていないだけかもしれない

 茶会のあとからだ。


 朝の回廊を歩いているだけで、妙に肩に力が入る。石床を白く洗う朝の光が、まだ残っている砂まで容赦なく浮かび上がらせていた。その先に、見慣れた銀金の髪が見えた瞬間、アルベルトは自分の歩幅がずれたのをはっきり感じた。


「殿下」


 隣のレオンが声をかける。


 すぐには返事ができない。


「……本当に、分かりやすい」


 からかう声ではなかった。そこが気に障る。


 前を行くのはロザリアだ。背筋を伸ばし、朝の空気まで切りそろえるみたいに、まっすぐ歩いている。その半歩後ろにはリネット。


 その距離が、妙に目につく。


 前からああだった。今さら気づくような並びじゃない。何度も見てきたはずなのに、今日は視線が引っかかる。ロザリアの歩き方も、振り向きもしない首筋も、その後ろを当たり前みたいについていくリネットの足取りも。


 自分は、あの背中をどんなふうに見ていた。


 きつい女。面倒な婚約者。そういう雑な札を貼って、それで見たつもりになっていたのではないか。そんな考えが浮かぶだけで、足元から冷えが這い上がってくる。


「まだ引きずっておいでですか」

 レオンが低く言った。


「……うるさい」


 否定はできなかった。


 黙り込んだまま前を見ていると、少し先の広間前で人の流れが引っかかっているのが見えた。


 実習前の準備らしい。箱や資料が入口近くへ寄せられ、生徒たちがそこをすり抜けようとしては小さく肩をぶつけ合っている。まだ何も起きていない。だが、見ているだけで苛立つ詰まり方だった。誰かが一人つまずけば、そのまま雪崩れる。そんな、悪意みたいな置き方だ。


 何を見て並べた。


 アルベルトが眉をひそめた、その一拍先で。


「誰、この無能な配置を考えたのは」


 ロザリアの声が飛んだ。


 係の生徒が、手にしていた名簿を取り落としかける。


 容赦がない。

 朝から聞くには鋭すぎる。なのに、その一言で広間前のざわつきが止まった。全員がそちらを見る。


「始まったら詰まるわよ。抱えたままぶつかったら、落とすでしょう」


「え、ですが……」

「ですが、ではないの」


 短く切られた声に、係の生徒の肩がびくりと揺れた。


 そこでリネットが半歩前へ出る。


「お嬢様は、このままでは危ないと仰っています」


 それだけだった。


 長い説明もない。飾った言い換えもない。ただ、その一言が落ちた瞬間、係の生徒たちが弾かれたみたいに動き出す。箱が持ち上がり、資料束が引かれ、入口近くで絡まっていた流れがみるみるほどけていく。さっきまで、誰かの袖が引っかかれば全部崩れそうだった場所に、人の通る筋が一本、すっと通った。


 アルベルトは目を離せなかった。


 ロザリアは、最初からこれを見ていたのだ。今ここにある箱ではなく、その先で誰が足を止め、誰がぶつかり、誰が取り落とすかまで。


「次からは、人がどう動くかまで見て置きなさい」

 ロザリアが冷たく言う。

「並べて満足するなら、飾り棚でもできますわ」


「も、申し訳ありません」

「謝るのは後。手を動かして」


 アルベルトの足が、勝手に前へ出かかった。


 半歩も進まないうちに止まる。


 何だ、その半端な動きは。庇うつもりか。今さら。

 喉の奥が焼ける。


 ロザリアの白い指が、片づけ直された箱の跡をひとつ示した。その仕草を見た途端、別の光景が勝手に重なる。長机の上に広げられた紙。そこをなぞる細い指。ここでは人が詰まる、と言って眉を寄せていた顔。


 あの時も、たぶん同じだった。


 不機嫌だったんじゃない。気づいていたのだ。気づいたから、言わずにいられなかっただけだ。


 なのに自分は何を見た。

 うるさい。細かい。機嫌が悪い。

 その程度だ。笑えるくらい浅い。


 心臓のあたりへ、冷えた銀の皿を押しつけられたみたいにじりじり痛んだ。


「殿下」


 レオンの声が近い。


 返事はしない。できない。返したら、認めることになる。自分が見ていたものの薄っぺらさを。


 広間前はもう整っている。ロザリアは用が済んだとばかりに踵を返し、リネットも何のためらいもなくその半歩後ろへ戻る。


 その半歩が腹立たしかった。


 リネットは知っている。ロザリアの言葉がきつすぎることも、そのくせ中身は先回りしすぎていることも。だから場が凍る前に、意味だけを拾って通してしまう。


 何なんだ、あの侍女は。


 侍女ごときが、どうしてあんな顔で堂々と隣に立っていられる。どうして自分の知らないロザリアを、あいつは最初から知っている。どうして。


 婚約者は自分だったはずだ。


 そのはずなのに、今この場で役に立っているのは自分じゃない。

 立ち尽くして見ているだけだ。

 ただの観客だ。


 王子のくせに。


 人を見る目があるつもりでいた。誰が使えて、誰が使えないか、誰が誠実で、誰が飾っているか、それくらい見抜けると思っていた。自信があった。少なくとも、侍女一人に負けるとは思っていなかった。


 胸の内側を、鈍い刃物で雑にこじ開けられているみたいだった。


「お顔が」

 レオンが言う。


「放っておけ」


 思ったより低い声が出た。自分でも嫌になる。


 ロザリアたちはもう回廊の角へ近い。呼べば届く距離だ。数歩、速めれば追いつける。そんなこと、分かっている。


 それなのに、仕立てのいいブーツが底なしの泥に沈んだみたいに重い。


 声を上げろ。


 そう思った瞬間、喉がひきつった。


 何も出ない。


 ロザリアの銀金の髪が、角の向こうへひるがえる。

 そのすぐ後ろを、リネットが迷いなく曲がった。


 アルベルトの手は、空のままだった。

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― 新着の感想 ―
男の子だものその感情は当たり前 ただそれをどう昇華させるかあるいはそのまま腐らせるかでその男の価値が決まる
 見栄張るな見習え。
くだらないプライドが邪魔するタイプかー。
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