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第1話:SkyPhoenix

俺は画面に「おつかれー」と打ち込み、配信を終了した。


視聴者数のカウンターが、ゆっくりとゼロに戻っていく。最終的な同時接続数は十四人。先週の十一人から三人も増えた。大躍進だ。まあ、そのうち五人くらいは自分でタブを開いて放置していた分だろうけど。


今日の配信は二時間半。ギターの弾き語りを中心に、リクエストに応えて何曲かカバーを歌い、最後に俺のオリジナル曲「夜明けのカラス」を披露した。三ヶ月前に作った、俺の中では最高傑作のつもりの曲だ。サビの「カラスが鳴いた 朝が来た でも俺の夜は終わらない」という部分で声を張り上げたら、隣の部屋から壁ドンされた。午後十一時。深夜に絶叫する高校生、完全に近所迷惑だ。


配信サイトのダッシュボードを閉じようとした時、チャット欄に一件だけコメントが残っているのが見えた。


『最後の曲、鳥肌立った。あの曲、どこで聴ける?』


知らないアカウントだ。アイコンは青い炎を纏った狐。名前は「白狐こはく_蒼炎」。どこかで聞いたことがある気がする。俺は少し考えてから、返信を打った。


『ありがとう。オリジナルだから、ここでしか聴けないよ』


送信してからダッシュボードを閉じ、Discordに切り替えた。明日提出の宿題をやらなければならない。でも、その前にちょっとだけ——そう思ってゲームのアイコンをクリックした瞬間、DMの通知音が鳴った。


◆◆◆

好的!我在后面加入主角犹豫、思考的部分:


---


送り主は、さっきのアカウントだった。


『突然すみません。さっき配信見てました。「夜明けのカラス」、あなたが作ったんですか?』


俺は少し警戒しながら返信した。ネットで知らない人から突然DMが来る時は、大抵ろくなことがない。詐欺か、宗教の勧誘か、あるいは「あなたの曲を○○万円で買い取ります」系の怪しいビジネスか。


『そうだけど。何か?』


『すごくいい曲だと思って。特にサビの転調、あれどうやってるんですか? 普通にコード進行追ったら絶対あんな風にならないんですけど』


俺は目を瞬いた。転調のことを聞いてくる人は珍しい。というか、初めてだ。普通は「いい曲ですね」「感動しました」「頑張ってください」——そういう当たり障りのないコメントしか来ない。技術的なことを聞いてくるやつは、少なくとも俺の配信では一人もいなかった。


『理論とかよく分からないんだよね。感覚で作ってる』


『マジですか。あのコード進行、理論で説明しようとしたら教科書三ページくらい必要ですよ』


『そうなの?』


『はい。うちの事務所の作曲担当に聴かせたら「これ作ったやつ頭おかしい」って言ってました。褒め言葉です』


俺は「事務所」という言葉に引っかかった。


『事務所?』


『あ、すみません。自己紹介してなかったですね。私、「月燈籠」っていうVTuber事務所所属の、白狐こはくって言います』


俺はその名前を検索してみた。YouTube。白い狐の耳と尻尾を持つ、銀髪の少女のアバター。歌ってみた動画がずらりと並んでいる。登録者数——十二万人。


『え、ガチの人じゃん』


『ガチかどうかは分からないですけど……』


『いや登録者十二万人は普通にすごいだろ』


『ありがとうございます』


『ところで、もし良かったら——私の新曲、書いてもらえませんか?』


俺は目を疑った。何度読み返しても、書いてあることは同じだった。VTuberに曲を書く。登録者十二万人のライバーに。俺の曲が、何万人もの人に聴かれるかもしれない。


『……マジで言ってる?』


『マジです。報酬もちゃんと払います。クレジットもつけます。作詞作曲——今のハンドルネームでいいですか? SkyPhoenixで』


俺は、首から下げているシルバーチェーンを握りしめた。母さんの形見。炎を模したペンダントトップが、手のひらに食い込む。


十二万人。


俺の配信の視聴者は、十四人だ。そのうち五つは自分で開いたタブ。実質九人。それが、いきなり十二万人の前に晒される。


正直——怖い。


俺の曲が「いい」と思ってくれる人が増えるかもしれない。でも、「大したことない」「素人の曲だ」「こんなのより○○に依頼しろ」——そういうコメントが溢れるかもしれない。


ネットは怖い。俺は知っている。


親父のライブ映像についたコメント欄。「全盛期に比べて声が出てない」「もう引退しろ」「息子に才能は遺伝しなかったな」——そういう言葉を、俺は中学の時に見てしまった。それから、親父の名前でエゴサするのが怖くなった。


俺の曲が、そうやって叩かれるかもしれない。


でも——


『考えさせて。明日、ちょっと用事があるから』


俺は逃げた。即答できなかった。


『はい、もちろん。急かすつもりはないので 、また連絡待ってます』


こはくはあっさりと引いた。その軽さが、逆にありがたかった。


俺はDiscordを閉じて、椅子の背もたれに体を預けた。


◆◆◆


その時、スマホが鳴った。


画面を見ると、「親父」と表示されている。こんな時間に珍しい。俺は通話ボタンを押した。


「もしもし」


「蒼真」


電話の向こうから、親父の低い声が聞こえた。いつも通り、無駄のない話し方だ。


「配信、終わったか?」


親父、やっぱり見てたのか。十四人の視聴者の中に、親父がいたのかもしれない。それとも、姉ちゃんから聞いたのか。どっちにしろ、ちょっと恥ずかしい。


「……ああ、今終わったところ」


「そうか。明日、家に来い」


突然すぎる。何かあったのか?


「明日?」


「ああ。昼過ぎでいい。話がある」


「何の話?」


「会ってから言う」


親父の声は、いつも通り冷静だが——何か、いつもと違う雰囲気がある。少し、重い。


「それと——」


親父の声が、一瞬だけ柔らかくなった。


「お前の母さんも、妹も、お前に会いたがってる。一ヶ月も顔出してないだろう」


母さん——継母の梢のことだ。そして、妹——霖。ああ、そうだった。最後に家に帰ったのは一ヶ月前。その時も、霖に無視されて気まずい思いをした。また、あの冷たい視線を浴びるのか——考えただけで気が重くなる。


「……分かった。明日、昼過ぎに行く」


「ああ。待ってる」


親父は、それだけ言って電話を切った。


◆◆◆


俺はスマホを置いて、深く溜息をついた。


「……家か」


正直言うと、帰りたくない。いや、親父や梢さんに会うのは別にいい。問題は——霖だ。


俺と親父は、同じ東京に住んでいる。でも、うちから実家までは電車で二時間かかる。俺が住んでいるのは渋谷区のマンション。姉ちゃんの家だ。親父と継母と霖が住んでいるのは、東京の西の外れ、八王子の一軒家。同じ東京といっても、端から端。月に一回帰るのが精一杯だ——というのは、半分言い訳だけど。


俺の母——鷹取千紘——は、俺が四歳の時に事故で亡くなった。それから六年間、親父は男手一つで俺を育ててくれた。厳しかったが、音楽の道を選んだ俺を、最終的には応援してくれた。


でも、俺が十歳の時、親父が再婚した。相手は、エンタメ業界でマネージャーをしていた水瀬梢。優しくて、俺にも分け隔てなく接してくれた。そして、梢さんには当時四歳の娘——水瀬霖——がいた。再婚後、霖は鷹取霖となった。俺の、義理の妹。


最初は、普通だった。霖は人見知りが激しくて俺を避けていたが、露骨に嫌うわけでもなかった。むしろ、小さくて可愛い妹ができて、俺も少し嬉しかった。


でも——梢さんが俺を「実の息子のように」可愛がるようになってから、すべてが変わった。


梢さんは本当に優しかった。弁当を作ってくれて、学校の行事に来てくれて、新しいギターを買ってくれて——実の母親以上に、俺のことを気にかけてくれた。でも——その分、霖が俺を見る目が、どんどん冷たくなっていった。


ある日、霖が自分の部屋で泣いているのを見つけた。


「霖? どうした?」


霖は涙目で俺を睨んで、小さな声で言った。


「ママを、返して」


あの時の霖の表情が、今でも忘れられない。


それから六年。俺は高校入学と同時に、姉ちゃんのマンションに転がり込んだ。表向きの理由は「学校が近いから」だが、本当の理由は——霖との気まずい関係から逃げたかった。月に一回くらいは家に帰っているが、霖との関係は改善していない。むしろ、悪化している。最初は単に避けられるだけだったが、今では明確な敵意すら感じる。


俺だって、好きで嫌われてるわけじゃない。何度も歩み寄ろうとした。でも、その度に拒絶される。もう、疲れた。


「……考えても仕方ない」


俺はDiscordの画面に戻った。蒼炎からのメッセージが続いていた。


『ところで、もし良かったら——私たち白狐こはくの新曲、書いてもらえませんか?』


俺は目を疑った。何度読み返しても、書いてあることは同じだった。VTuberに曲を書く。登録者十二万人のユニットに。俺の曲が、何万人もの人に聴かれるかもしれない。


『……マジで言ってる?』


『マジです。報酬もちゃんと払います。クレジットもつけます。作詞作曲SkyPhoenixって』


俺は、首から下げているシルバーチェーンを握りしめた。母さんの形見。炎を模したペンダントトップが、手のひらに食い込む。


『考えさせて。明日、ちょっと用事があるから』


『はい、もちろん。急かすつもりはないので。また連絡待ってます』


俺はパソコンをシャットダウンして、椅子の背もたれに体を預けた。一日に二つも大きな出来事が起きた。VTuberからの作曲依頼と、親父からの呼び出し。どっちも、俺の人生を変えるかもしれない。


——いや、考えすぎか。


俺は立ち上がり、部屋を出た。明日のために、少し何か食べておこう。


◆◆◆


リビングは、戦場跡のような有様だった。


テーブルの上には昨夜の残り物——半分食べかけのピザ、空になったケーキの箱、飲みかけのワインボトルが三本。床には金色の紙吹雪が散乱し、ソファにはクッションが無造作に投げ出されている。昨日は姉ちゃんの誕生日パーティーだった。会社の同僚やら友人やらを呼んで、深夜まで騒いでいたのだ。


俺は溜息をつきながら、冷蔵庫を開けた。残り物のカレーがある。これでいいか。電子レンジで温めて、リビングのテーブルで食べ始めた。散らかった部屋で食べるカレーは、なんとも言えない味だ。


その時、姉ちゃんの部屋のドアが開いた。


「蒼真ー? まだ起きてるのー?」


姉の声だ。寝起きの、だるそうな声。


「カレー食ってる」


「私もー」


ふらふらとリビングに現れた姉——**鷹取千夏**——の姿を見て、俺は思わずカレーを吹き出しそうになった。


薄いキャミソールに、短パン。それだけなら普通だ。問題は、キャミソールの下に透けて見える、黒いレースの——


「……姉ちゃん、それ」


「ん?」


姉ちゃんは自分の格好を見下ろして、あっけらかんと言った。


「あー、これ? 昨日、友達からもらったの。誕生日プレゼントで」


「いや、そういう問題じゃなくて」


「何よ、弟の前で下着姿になったらダメって法律でもあるの?」


「法律の問題じゃないだろ……」


俺は目を逸らした。姉ちゃんは二十四歳。父さんの会社で、社長秘書兼タレントという謎の肩書きで働いている。顔は整っているし、スタイルもいい。問題は中身——と、この壊滅的な生活力だ。


姉ちゃんは俺の向かいに座り、俺のカレーを横から奪おうとした。


「ちょっと、自分の分取ってこいよ」


「面倒くさい。一口ちょうだい」


「やだ」


「ケチ」


姉ちゃんは頬を膨らませて、しぶしぶ立ち上がり、冷蔵庫に向かった。その後ろ姿を見ながら、俺は思った。


この人と暮らし始めて二年。最初は「姉弟で同居なんて最高じゃん」と思っていたが、現実は甘くなかった。掃除はしない、洗濯物は溜め込む、冷蔵庫には謎の瓶詰めが増殖する。俺は完全に姉ちゃんの家政婦と化している。


でも——まあ、嫌いじゃない。姉ちゃんは、俺の音楽活動を応援してくれている。親父に内緒で機材を買ってくれたこともある。だらしないけど、根は優しい人だ。


「そういえば、さっき親父から電話あった」


「え、お父さんから? 何だって?」


「明日、家に来いって」


姉ちゃんの手が、一瞬止まった。


「……何の用?」


「分からない。会ってから言うって」


「ふーん」


姉ちゃんは、カレーを皿に盛りながら言った。


「霖ちゃん、元気かな」


「……さあ」


俺は曖昧に答えた。姉ちゃんは、俺と霖の関係を知っている。何度か相談したこともある。でも、姉ちゃんにもどうしようもないことだ。


「まあ、行ってらっしゃい。お土産よろしくね」


「……ああ」


俺はカレーを食べ終えて、皿を流しに置いた。明日は早起きしないといけない。八王子まで二時間。昼過ぎに着くには、午前中に出ないと。


「おやすみ、姉ちゃん」


「おやすみー。あ、蒼真」


「何?」


姉ちゃんは、カレーを食べながら言った。


「さっきの配信、聴いてたよ。最後の曲、よかった」


「……ありがとう」


俺は少し照れくさくなって、自分の部屋に戻った。


ベッドに横になり、天井を見つめる。明日、親父は何を話すんだろう。そして、霖は——また、俺を無視するんだろうか。


考えても仕方ない。目を閉じて、眠りに落ちた。


十六歳の春。俺の人生が、動き始めようとしていた。


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