第11話:コネ
「おい、おい!」
やっぱり和彫りは効く。さっきまで粋がっていた三人組が、一瞬で二人は怯んだ。両手を上げて、手のひらを龍司に向けて開いた。
「落ち着けって、落ち着けって……!」
だが、坊主頭だけは引かなかった。首を突き出して、龍司と睨み合っている。荒い息を繰り返しながら、何度も龍の刺青に目をやっている。
「やんのか、あ?」
龍司が顎を上げて、歯を剥き出しにした。わざとTシャツをさらに捲り上げて、龍の全身を見せつける。
コート全体が静まり返った。
他のプレイヤーたちもボールを止めて、こちらを見ている。ドリブルの音が消え、静寂が降りてきた。
一、二、三、四、五、六、七——。
この七秒間、時間が凍りついたようだった。
「……もういい、行こうぜ」
最初に怯んだ二人が、坊主頭の肩を掴んで引っ張った。
「やめとけって、マジで」
坊主頭はまだ睨んでいたが、やがて一つ大きく息を吐いて、力が抜けた。仲間に引きずられるようにして、後ずさっていく。
Kenが龍司の後ろから身を乗り出そうとした——その瞬間、TAKUがKenの腕を掴んだ。
「Ken、やめろ」
低い声だった。
「お前が手を出したら、全部パーになる」
Kenは舌打ちをしたが、それ以上は動かなかった。
坊主頭たちは、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
◆◆◆
龍司が何事もなかったようにTシャツを下ろし、刺青を隠した。
「——終わりだ、何見てんだよ!」
コートでまだ様子を見ていた連中に向かって叫ぶと、ドリブルの音が再び響き始めた。
KenがTAKUに向かって吐き捨てた。
「……チッ、ムカつくな。あいつら、絶対わざとだろ」
「分かってる。でも、ここでお前が暴れたらどうなる?」
TAKUが冷静に言った。
「今の時代、誰がスマホで撮ってるか分からねえ。『新人ラッパー、路上で暴行』——そんな記事が出たら、デビュー前にキャリア終了だ」
「……」
「契約書に何て書いてあるか、忘れたか? 『アーティストは品行方正であること』——暴力沙汰起こしたら、違約金払わされてクビだぞ」
Kenは黙った。
拳を握りしめて、去っていった三人組の方を睨んでいる。
「……分かってるよ」
ようやく、Kenが口を開いた。
「分かってるけど——自分の地元で舐められて、黙ってるのはキツいんだよ」
「だから龍司が出たんだろ」
TAKUがちらりと龍司を見た。
「感謝しとけ。お前の代わりに、泥被ってくれたんだから」
◆◆◆
龍司が肩をすくめた。
「別に大したことしてねえよ。墨見せただけだ」
「それがデカいんだよ」
Kenが龍司に近づいて、拳を合わせた。
「サンキューな、龍司。マジで助かった」
「おう」
「お前がいなかったら、俺、絶対キレてた。そしたら全部終わってた」
Kenが自分の胸を拳で叩いた。
「この借り、忘れねえから」
「おう。ダチだろ」
龍司がニヤッと笑った。
「Kenが売れたら、俺のことも使ってくれよ」
「当たり前だろ」
Kenが即答した。
「お前みたいな奴、マジで必要なんだよ。俺が売れたら、絶対声かける。ボディガードでもマネージャーでも、何でもやらせてやるから」
「マネージャーは無理だろ、俺」
「じゃあ運転手」
「免許ねえよ」
「取れ」
二人が笑った。
TAKUは腕を組んだまま、黙って二人を見ていた。
◆◆◆
KenがTAKUに笑いかけた。
「体力戻った? 戻ったら続けようぜ」
TAKUが頷くと、Kenは他の連中にも声をかけた。
「マッチアップそのまま?」
「そのままで。蒼真——」
龍司が俺に目配せをした。
結局、俺たちはそのまま四、五十分くらい、だらだらとバスケを続けた。
コートには、さっきより人が減っていた。何人かは荷物をまとめて帰り支度をしている。危険な空気を察したんだろう。
皆、何事もないような顔を装っているが、会話が減っている。動きが硬くなっている。Kenのドリブルからも、さっきまでのキレが消えていた。
でも、誰も「帰ろう」とは言わなかった。
ここで帰ったら、負けを認めることになる。
◆◆◆
『ブーッ、ブーッ』
ベンチに置いてあったTAKUのスマホが鳴った。
「——悪い」
TAKUが荷物の山からスマホを取り出し、画面を確認した。
「レーベルから呼び出しだ。急ぎのミーティングらしい」
「マジかよ、今から?」
Kenがボールを俺に投げてきた。
「悪いな、蒼真くん。今日はここまでだわ」
「いや、全然」
「また遊ぼうぜ」
Kenが龍司に近づいて、拳を合わせた。そのまま抱き合って、互いの背中を拳で叩く。
「龍司、今日はマジでサンキューな」
「おう」
「さっきの話、本気だからな。俺が売れたら、絶対お前を呼ぶ」
「期待してるわ」
Kenが自分の胸を拳で叩いた。
「お前のことは、俺のことだから」
龍司も同じように胸を叩いた。
「お前のことは、俺らのことだ」
Ken、JIN、TAKUの三人が去っていく。
俺たちも荷物をまとめて、コートを後にした。
◆◆◆
「おい、おい!」
やっぱり和彫りは効く。さっきまで粋がっていた三人組が、一瞬で二人は怯んだ。両手を上げて、手のひらを龍司に向けて開いた。
「落ち着けって、落ち着けって……!」
だが、坊主頭だけは引かなかった。首を突き出して、龍司と睨み合っている。荒い息を繰り返しながら、何度も龍の刺青に目をやっている。
「やんのか、あ?」
龍司が顎を上げて、歯を剥き出しにした。わざとTシャツをさらに捲り上げて、龍の全身を見せつける。
コート全体が静まり返った。
他のプレイヤーたちもボールを止めて、こちらを見ている。ドリブルの音が消え、静寂が降りてきた。
一、二、三、四、五、六、七——。
この七秒間、時間が凍りついたようだった。
「……もういい、行こうぜ」
最初に怯んだ二人が、坊主頭の肩を掴んで引っ張った。
「やめとけって、マジで」
坊主頭はまだ睨んでいたが、やがて一つ大きく息を吐いて、力が抜けた。仲間に引きずられるようにして、後ずさっていく。
Kenが龍司の後ろから身を乗り出そうとした——その瞬間、TAKUがKenの腕を掴んだ。
「Ken、やめろ」
低い声だった。
「お前が手を出したら、全部パーになる」
Kenは舌打ちをしたが、それ以上は動かなかった。
坊主頭たちは、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
◆◆◆
龍司が何事もなかったようにTシャツを下ろし、刺青を隠した。
「——終わりだ、何見てんだよ!」
コートでまだ様子を見ていた連中に向かって叫ぶと、ドリブルの音が再び響き始めた。
KenがTAKUに向かって吐き捨てた。
「……チッ、ムカつくな。あいつら、絶対わざとだろ」
「分かってる。でも、ここでお前が暴れたらどうなる?」
TAKUが冷静に言った。
「今の時代、誰がスマホで撮ってるか分からねえ。『新人ラッパー、路上で暴行』——そんな記事が出たら、デビュー前にキャリア終了だ」
「……」
「契約書に何て書いてあるか、忘れたか? 『アーティストは品行方正であること』——暴力沙汰起こしたら、違約金払わされてクビだぞ」
Kenは黙った。
拳を握りしめて、去っていった三人組の方を睨んでいる。
「……分かってるよ」
ようやく、Kenが口を開いた。
「分かってるけど——自分の地元で舐められて、黙ってるのはキツいんだよ」
「だから龍司が出たんだろ」
TAKUがちらりと龍司を見た。
「感謝しとけ。お前の代わりに、泥被ってくれたんだから」
◆◆◆
龍司が肩をすくめた。
「別に大したことしてねえよ。墨見せただけだ」
「それがデカいんだよ」
Kenが龍司に近づいて、拳を合わせた。
「サンキューな、龍司。マジで助かった」
「おう」
「お前がいなかったら、俺、絶対キレてた。そしたら全部終わってた」
Kenが自分の胸を拳で叩いた。
「この借り、忘れねえから」
「おう。ダチだろ」
龍司がニヤッと笑った。
「Kenが売れたら、俺のことも使ってくれよ」
「当たり前だろ」
Kenが即答した。
「お前みたいな奴、マジで必要なんだよ。俺が売れたら、絶対声かける。ボディガードでもマネージャーでも、何でもやらせてやるから」
「マネージャーは無理だろ、俺」
「じゃあ運転手」
「免許ねえよ」
「取れ」
二人が笑った。
TAKUは腕を組んだまま、黙って二人を見ていた。
◆◆◆
KenがTAKUに笑いかけた。
「体力戻った? 戻ったら続けようぜ」
TAKUが頷くと、Kenは他の連中にも声をかけた。
「マッチアップそのまま?」
「そのままで。蒼真——」
龍司が俺に目配せをした。
結局、俺たちはそのまま四、五十分くらい、だらだらとバスケを続けた。
コートには、さっきより人が減っていた。何人かは荷物をまとめて帰り支度をしている。危険な空気を察したんだろう。
皆、何事もないような顔を装っているが、会話が減っている。動きが硬くなっている。Kenのドリブルからも、さっきまでのキレが消えていた。
でも、誰も「帰ろう」とは言わなかった。
ここで帰ったら、負けを認めることになる。
◆◆◆
『ブーッ、ブーッ』
ベンチに置いてあったTAKUのスマホが鳴った。
「——悪い」
TAKUが荷物の山からスマホを取り出し、画面を確認した。
「レーベルから呼び出しだ。急ぎのミーティングらしい」
「マジかよ、今から?」
Kenがボールを俺に投げてきた。
「悪いな、蒼真くん。今日はここまでだわ」
「いや、全然」
「また遊ぼうぜ」
Kenが龍司に近づいて、拳を合わせた。そのまま抱き合って、互いの背中を拳で叩く。
「龍司、今日はマジでサンキューな」
「おう」
「さっきの話、本気だからな。俺が売れたら、絶対お前を呼ぶ」
「期待してるわ」
Kenが自分の胸を拳で叩いた。
「お前のことは、俺のことだから」
龍司も同じように胸を叩いた。
「お前のことは、俺らのことだ」
Ken、JIN、TAKUの三人が去っていく。
俺たちも荷物をまとめて、コートを後にした。
◆◆◆
駅に向かう途中。
翔太が口を開いた。
「龍司、さっきの話——本気にしてんの?」
「何が?」
「『売れたら呼ぶ』ってやつ。あれ、本当に来ると思う?」
龍司は少し黙った。
「……五分五分かな」
正直な答えだった。
「Kenはいい奴だと思うよ。でも、売れたら周りの環境も変わる。レーベルの人間とか、マネージャーとか、色んな奴が口出してくる」
龍司が肩をすくめた。
「『元不良を側に置くな』って言われたら、Kenも従うしかねえだろ。ビジネスだからな」
「じゃあ、なんで——」
「期待するだけならタダだろ」
龍司がニヤッと笑った。
「それに、今日みたいなことがあれば、Kenは俺に借りができる。借りが積み重なれば、いつか返してもらえるかもしれねえ」
「……」
「まあ、ダメだったらダメで、別の道を探すさ。俺には音楽もあるしな」
龍司が空を見上げた。
「でも——Kenが売れて、俺を呼んでくれたら、それが一番楽だろ? 音楽業界に入れるし、給料ももらえるし。悪くねえ話だ」
翔太が黙った。
俺も黙っていた。
龍司の言っていることは、ある意味で正しい。
音楽業界で生きていくのは難しい。才能があっても売れない奴は山ほどいる。コネがなければ、スタートラインにすら立てない。
龍司には、Kenというコネがある。
それを活かすために、今日みたいな「汚れ仕事」を買って出る。
悪い戦略じゃない。
でも——それでいいのか?
俺は、何も言えなかった。




